転生令嬢 9
王国の東の海沿いの街にある小さな神殿ーーーその神殿長を務めるモーリスは、現状がとても不満だった。彼は若い頃に神官見習いとして王都の神殿に長いこと務め、神官となってからは有力な次席神官に媚を売ることでその立場を固めていっていたのだが、やがて次席神官がとある地方の大きな神殿の神殿長として異動することになると、依る場を無くした彼の立場はもろくも崩れ去ったのだ。
モーリスと同時期に見習い神官だった者たちは着実に順調に、王都や少なくとも他の大都市で出世の道を進んでいるというのに、自分はこんな田舎の小さな神殿の長になるのが相応しいとでもいうのか。
同期たちはみなそれぞれ徳と研鑽を積んで、それが認められての出世だというのに、モーリスにはそれがどうしても理解できない。
(どうせ皆、わからぬように上手い汁を吸っているのだ。私が無能なわけがない)
神殿は世俗から切り離されているというが、そんなものは建前だ。貴族から多額の寄付を受ければ、なにかあればそちらを優先するのは当然だし、神職にあるとて人間だ。欲から無縁でいられるものか。
地方貴族の3男だったモーリスは、家督を継げなかった。騎士なんて乱暴な職業につくのも嫌だったし、商売をするにも自由になる金も無い。行く当てが無くなって仕方なく神殿に入ったのだが、ここなら身分に関係なく上を目指せる。
そう思っていたのに、40歳近くなった今ですらこんな小さな神殿の長でしかない。
どうにかして王都に上級神官として返り咲いてやろうと、彼はずっとそう考えていた。
「こちらが洗礼の間です。中で神殿長様がお待ちです」
少年神官がそう言って扉を指し示した。
「中にはお父様も一緒にお待ちになってますよ」
私を安心させるように笑ってくれた神官は、扉をノックして「失礼します」と声をかけた。
扉の向こうは小ぢんまりとした部屋で、中央に水盤があり、水に浮かぶ透明な板があった。その向こうには神殿服に身を包み紫の帯を締めた小太りの男と、やや緊張した面持ちの父がいる。
ルーナは水盤の近くまで歩み寄ると、「よろしくおねがいします」と言って頭を下げた。
不機嫌そうに眉を顰めている神殿長は、「うむ」と頷くと、手に持つ錫杖を床で打ち鳴らした。
「祈るが良い」
ルーナは両手を組んで、いつものように神に、そして精霊に祈る。
平民にとっては、神や精霊は王族や貴族の存在よりも遥かに身近な存在だ。農民は豊作や好天を神に祈るし、漁師は豊漁と海の平穏を祈る。商いをやっているルーナの家でもそれは同様だ。
だが、今日はいつもとは違った。祈りの最中に、誰かの呼び声が聞こえたような気がするのだ。思わず目を開けて周りを見ても、僅かに光を放つ水盤と浮かぶ魔法の板の向こうに小太りの神殿長と、いきなり祈りを止めたように見えるルーナの様子に困惑した顔をしている父の姿が見えるだけだ。
無作法なルーナにさらに苛ついたような神殿長に言われるがまま、水盤の水で手を清めて魔石板に触れると、その瞬間ーーー
真っ白で清洌な光が小さな洗礼の間を満たしたのであった。
視界を埋め尽くす真っ白な光に包まれると、ルーナの耳にまた先ほどの呼び声が聞こえてきた。近く遠く脳裏に直接響いてくる不思議な声だ。周囲にいたはずの神殿長も父も姿が見えない。
「あなたはだれなの!」
・・・ル・・・ナ、呼・・んで・・・我を・・・
「よぶ?」
名前を?でも私は誰の名前を呼べばいい?
そう思った途端、心の中にひとつの名前が浮かぶ。そうしてルーナは何かが溢れそうな心のままに叫んだ。
「ルミエ!!!!!!」
途端に周囲の光がひとつの塊に収束し、目を開けていられなくてルーナはまた瞼を閉じる。やがて恐る恐る目を開けると、そこにはルーナと同い年くらいの男の子がいた。白銀の髪、紫の瞳をした、真っ白で恐ろしいくらい美しい少年だった。
「やっと会えた。我のルーナ」
初めて会ったのに、やっとと言う。でもルーナも同じように感じる。
「・・・ルミエ?」
美しい少年は無表情だが、それでも紫の瞳が嬉しげに輝いた。
「そう。我はルミエ。ルーナの精霊」
私の精霊?まさか私が精霊の愛し子だというの?
ルーナがそう聞くと、ルミエと名乗る少年は少し首を傾げてみせた。
「ルーナは我の半身。我はルーナの半身」
ルミエの言葉は片言で、ルーナには意味がわからない。
「じゃあ、ルミエはなんのせいれいなの?」
何の、と聞かれてぽかんとする少年に、ルーナは根気強く説明する。
「ひのせいれい、みずのせいれい。しゅるいがあるでしょ?」
少年はやっと納得したというように頷いた。
「ああ。ヒトは我らを区切る」
「?」
「それなら、我は光だ」
「ひかり?ひかりのせいれいなの?ルミエ」
こくりと頷いた少年は、ふと目を細めてルーナを見た。
「久方ぶりに会えて嬉しい。ルーナ。でも今は、ここまで」
「ここまで??」
「ここにいると、ヒトのルーナは削れてしまう。戻らねば」
「もどるって・・・」
ルーナの問いかけに答える前に、ルミエは両手を上に掲げた。途端にまた目が眩むほどの光がその手から発せられ、ルーナの意識を呑み込んでいった。
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