転生令嬢 7
自分よりも遥かに背の高い本棚が立ち並ぶその間を、セシリアはゆっくり歩いていた。さすがに神殿の蔵書は豊富で、読んだことのない本がたくさんある。公用語の本ばかりなのは、ここに集められるのが子どもばかりだからだろう。それでも貴族でなければ読むのは難しそうだが、挿絵が美しい本もたくさんあるので、それを眺めるだけでも楽しいだろう。
そうして本棚を眺めていると、一番上の棚に気になるタイトルの本を見つけた。どう頑張っても届きそうにない高さだが、本棚の一番端に踏み台が用意されていることに気づいた。なら、もう少し他の本を物色して、他になければ踏み台を持ってきてあの本を手にとってみよう。
そう考えて、本棚の端からその裏にある本棚のほうへ回りこんだその時、セシリアのほうに向けて金髪の女の子が倒れこんできた!かわす事もできずにその女の子とぶつかり、その場に尻餅をついてしまう。
ぶつかる瞬間、セシリアの視界いっぱいに広がった金髪の輝きと女の子から感じた不思議な波動が、セシリアの奥底に眠っていた『生まれる前の記憶』を呼び覚ましーーーセシリアの脳裏を埋め尽くした。
その昔・・・自分は平民の娘だった。商家だったので生活にはゆとりがあるが、それでも貴族に比べるべくもなく、でも何不自由なく暮らしていた。寡黙な父、陽気な母、年子の兄と5つ歳の離れた妹がいて、幸せだった。
6歳になる年に、洗礼式に出向いた。そこで自分の人生は大きく変わった。両親や兄妹とは二度と会うことができなくなり、いつの間にか貴族の家の養子とされ、両親からもらった名前も改名された。いろんな人が私をいいように利用しようと様々な企みをもって私を巻き込み、私はそれに抗いきれなかった。
命の炎が燃え尽きる間際、私は誓った。
もし再び生まれ変わることがあるならば、もう2度と誰にも利用されたりしないと。
私は、私の人生を私の意思できちんと生き切ると。
記憶の奔流にさらされて呆然としていた私だったが、金髪のきれいな女の子が必死に話しかけてくれている声に気づいて我に返った。
人を呼ぼうと今にも走り出そうとしている少女に慌てて声をかける。
「あの!わたしはだいじょうぶです!」
振り返った少女は藍色の瞳に心配げな光を浮かべている。
「すみません、すこしおどろいてしまって」
セシリアが頭を下げると、少女も謝りながら頭を下げる。
ぶつかられて驚いたというよりは、忘れていた魂の記憶が強烈でそちらに驚いただけだ。まだ頭の中は混乱していたが、セシリアは努めて冷静に『セシリア』らしく振舞う。
改めて少女を見ると、金色の髪と藍色の瞳を持ったとても美しい少女だった。それにーーー過去の自分の記憶を揺り覚ましたのは、間違いなくこの少女から感じる不思議な力の波動だ。
この子は一体誰なんだろう、と思っていると、怪我の心配をしてくれている少女が自己紹介をしてくれた。
「ほんとうに、ごめんなさい。もしあとでどこかいたむようなら、わがやにごれんらくいただけますか?わたしはリリアナ・アラモンドともうします」
アラモンド、ということは公爵家のご令嬢なのか。大貴族のご令嬢なのに気さくで優しい人柄のようだ。自分の今の身分を華麗に無視してセシリアはそう思う。
「ほんとうにだいじょうぶなので、おきになさらないでください。わたしは・・・」
自分の名前を名乗るとき、過去の名前を口走りそうになって急いで言い換えた。今の私は『セシリア』だ。
「セシリア。セシリア・ヴェルリンドともうします」
目の前にいる不思議な力の気配を感じる少女・・・リリアナは、まだ申し訳なさそうな、どこか緊張した顔をしている。セシリアにとって懐かしい気配に似たものを纏う少女の笑顔が見たくて、セシリアはわざとおどけて明るく振舞ってみせた。
「びっくりしたけど、きんちょうがどこかにとんでいってしまったわ!」
その後、セシリアはリリアナと彼女が洗礼で呼ばれるまで色んな話をし、少し強引かとも思ったが友達になって愛称を呼べるようにもなった。懐かしい気配を持つ彼女と繋がっていたい、そうするべきだと過去の自分が叫んでいたのだ。やがて洗礼のための迎えが来た彼女は、名残惜しげにセシリアに手を振って部屋を後にした。
その背中を見送って、リリアナが持っていた本を彼女の代わりに本棚に戻してから、セシリアは他の子どもから離れた位置にある窓際のソファに座った。頭を背もたれに預けて上を向いて、目を閉じる。そうして、心の中でひとつの名前を呼んだ。
(・・・ルミエ。いる?)
ややあって、その呼び声に応えるものがあった。
(いるよ、ルーナ。久しぶりだね)
今生では初めて聞くその声は、前世の自分と契約してくれていた懐かしい彼女だけの相棒ーーー古く強く輝かしい精霊の声だった。
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