転生令嬢 6
貴族らしからぬ食生活だった自覚のあるセシリアは一瞬ドキッとしたが、母のため息は別の理由であった。
「シアに気を遣ってそれなら、普段はいったい…いえ、我が領の騎士団の場合はどうなって…」
呟く辺境伯夫人は、夫の在籍する王国騎士団と自領の騎士団の食生活が俄かに気になり出したらしい。
食生活は健康の基本でもあるから、母の心配は杞憂とも言えない。今回のような護衛任務でなくとも、訓練のための遠征なども多い仕事なので、その心配も的外れとは言い難い。
「…やさいのすづけだけじゃなく、ドライフルーツとか、ほぞんできて、もちあるきやすいものがあるといいのになとおもいました」
そんな母に、旅の間に思ったことを告げてみる。甘味をほぼ口にする事が無かったのだが、疲れた時に甘いものが欲しいと思うこともあったのだ。
干し肉を作るのに使う香辛料や果物は王国の南の方の生産物なので、北のヴェルリンド領では高級品の部類に入るが…。
「そうですね、実際に旅したシアがそう思うのなら、任務に就く騎士達もそれらがあれば喜ぶかもしれませんね」
幸い、冬の寒さが厳しいヴェルリンド領は保存食を含めて加工品を作る事を得意としている。
こうしてセシリアの旅は、はからずも騎士団の糧食の質の大幅な改善のきっかけとなることになり、後に多くの騎士団から感謝されることになったのはまた別の話である。
食事を終えて紅茶を飲んでいるところに、大司教を神殿まで送り届けて一旦騎士団を副騎士団長に預けた父がやってきた。
そして勿論、母のひと睨みを受けて浴室へ直行した。ここからは辺境伯として振る舞ってもらわねばならないので問答無用であるが、一言も言葉を交わさなくても目線だけでやり取り出来るのだから仲が良いよなぁとセシリアは思っている。
そうして風呂に入り無精髭も剃って髪を整え、きっちりと貴族然とした服を纏った父は精悍な面差しも相まって辺境伯として相応しい容貌である。『騎士団長』の父とはまるで別人に見える。
「待たせた」
「いいえ、あなた。お勤めご苦労様でございます」
辺境伯は娘に目をやると、少し驚いたような顔をした。
「シア、ずいぶん綺麗にしてもらったな」
セシリアはにこりと笑って小首を傾げた。
「ありがとうございます。おとうさまこそ、みちがえました」
父は苦笑すると、「では、そろそろ神殿に行くか」と言って妻に向けて軽く左腕を曲げる。その逞しい腕に夫人が右手を乗せ、セシリアに軽く頷いた。
連れ立って歩き出す両親の後ろをついて歩きながら、なんだかんだで仲の良い2人の姿になんとなく安心感を覚えるのであった。
宿から馬車でほんの一走りすると、神殿が見えてきた。父母に続いて馬車から降りたセシリアは、自領にあるものより遥かに立派な佇まいの神殿を軽く見渡した。
(ずいぶんおかねがかかっていそう・・・)
馬車から降りた辺境伯夫妻に神官が声をかけてきて、挨拶を交わして神殿の中を進んでいく。瀟洒な柱が立ち並ぶ回廊は美しく、回廊の先に見える庭園も雪を反射して輝いている。時折すれ違う神官がセシリアに気づくと、その清冽な美しさに感心したような表情を浮かべていたが、セシリア自身はそれに全く気付かなかった。
しばらく歩いて礼拝堂横の建物に入り、両親とはそこで一旦別れる事になった。
「ご家族様はこちらのお部屋でお待ちください。お嬢様は洗礼式まで、別のお部屋にて待機して頂きます」
セシリアは両親の顔を見て頷くと、神官に頭を下げた。
「わかりました。よろしくおねがいいたします」
辺境伯夫妻に礼をとった神官は、セシリアを先導して建物のさらに上の階へと進んでいく。どうやら最上階に行くようである。先ほど外から見たところ、礼拝堂とこの建物の最上階は橋のような回廊で繋がっているようだったので、洗礼の時にはそちらを通るのだろう。
そうして、立派な木製の扉の前に辿り着き、神官がその扉をゆっくりと押し開けた。
(わぁ・・・)
案内されたその部屋は、ドーム状の天井が色とりどりのステンドグラスで出来ており、白い壁と濃い木目の落ち着いた調度類が置かれた広い部屋だった。本棚も多く並んでおり、ちょっとした図書館とサロンが合わさったようだとセシリアは思う。
「こちらのお部屋で洗礼のお時間までお待ちください。後ほどお迎えに別の神官が参ります」
「わかりました、あんないありがとうございました」
セシリアが神官に礼を述べると、神官は少し微笑んで頷き、部屋を見渡して窓際にいる少年に声をかけた。
「カーバイド子爵令息様、洗礼のお時間となりました」
神官とその少年が部屋を出ていき、セシリアは改めて部屋を見渡す。セシリアの他にも何人か子どもがいるが、当然ながら他領から来たセシリアには顔を知っている子はいない。皆微妙に緊張した顔をしているので話しかけるのも躊躇われ、暇つぶしに本でも読んで待とうと、とりあえず本棚の1番端から順に背表紙を見てみることにしたのだった。
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