転生令嬢 4
洗礼式が行われる日の朝ーーー
セシリアはいつも通り早起きをして、顔を洗い髪を簡単に結えて身軽な服装に着替えると、いつも通りに馬屋へ向かおうとした。
そうして天幕を出ると、そこにいたのは、限りなく身を小さくしている父と恐ろしい笑顔の母であった。
「お、おかあさま・・・?」
「おはようセシリア。とても良い朝ね?」
にこにこにっこり。手に持った扇を広げ、朗らかな笑顔を浮かべる母の背中に獅子の幻が見える。
「お、おはようございます・・・どうして、こちらに?」
思わず後退りそうになるのを堪えてこちらも笑顔で問いかける。父に至っては怒れる母を前に存在感を消して空気になろうとしているようだがその図体ではハナから無理な話だ。そもそも母から逃れられる訳がない。
「まぁ、どうして、だなんて。可愛い娘の洗礼式なのに、母がどうして何もせずにいられますか」
「そ、そうですよね・・・」
自分の格好を思い出して背中にダラダラと冷や汗が流れるのを感じる。マズイ。これは絶対にマズイ。
「それで?随分とくだけた格好をしているけれど、今日の主役はこれから何をしようと言うのかしら?昨夜はわざわざ副騎士団長様にお風呂も準備して頂いたと聞いているけれど、それは何故なのか貴女の頭には残っているのかしら?」
これは、今までの事は間違いなくすべて母にバレている。そして、ズバズバと斬りつけるように発せられる母の言葉に反論なぞしようもない。確かに馬の世話に行ったら臭いが髪についてしまう。掃除であちこち汚れてしまうだろう。せっかくお風呂に入った意味がほぼ無くなってしまうということは、副騎士団長の心遣いを無にしてしまうのと同義だ。
ついうっかり旅の習慣のまま馬屋へ向かおうとしていたが、どう考えても自分が考え無しだった・・・。
「もうしわけありません・・・」
セシリアからの謝罪の言葉を聞いて、辺境伯夫人は軽くため息を吐いて扇をパチンと閉じた。
「解ればよろしいの。とりあえず今はこれで、この話はおしまいにしましょう。シアはこれからわたくしと一緒に領都の宿に行きますよ」
「え、これからすぐにですか?」
まだ朝も早いし、洗礼式までの時間には余裕があるはずだ。大司教様だって、これから神殿に向かうのだし・・・。きょとんとする娘に夫人は呆れたような視線を向ける。
「シア?貴女は貴族の令嬢が洗礼式に向かうための準備に一体どれくらいの時間がかかると思っているのかしら?まさか衣装を着るだけで準備が終わるとでも?」
母の背中に再び獅子の幻を見たセシリアだったが、せめてこれだけは、と母に訴えた。
「いいえ!!でも、これまでおせわになったきしだんのみなさまに、おれいとおわかれをいうじかんをいただきたくて!!」
両手を組んで必死に言い募るセシリアに、夫人はひとつ頷くと夫にちらりと視線を向けた。
空気化を試みていた辺境伯は、ビシッ!!と背筋を伸ばすと控えていた従者に「全団員を招集するよう副騎士団長に伝えろ!!」と号令を出し、自らも従者の後を追うように小走りで走り去った。
その場に居合わせた騎士達ともちろんセシリアも、その様子を見て『逃げたな・・・』と同じ感想を抱いたのであった。
再び自分の天幕に戻ったセシリアは、侍女が用意していたドレスに着替える事になった。旅に出た当初に身に付けていたドレスとは違う、薄青色の可憐なドレスだ。髪を軽く結い上げ、青いパンプスを履き、防寒用のケープを羽織る。鏡が無いので自分では姿を確認出来ないが、侍女が満足そうにしているので見た目は完璧な貴族令嬢に戻ったのだろう。
セシリアの天幕に一緒に入って娘が身支度を終えるのを待っていた辺境伯夫人は、「では、参りましょう」と言ってセシリアを伴って外に出た。
父の天幕の前まで行くと、その前にある少し開けた場所に父と副騎士団長がいて、その前には騎士団員が整然と並んでいた。
母を見上げるとにこりと笑って頷いてくれたので、淑女らしくゆっくり歩いて父の隣に立った。そんなセシリアを見る騎士団員達は、『そういえばこの方は辺境伯令嬢だったな・・・』と改めて思い出す。
副騎士団長が声を張り上げた。
「これより、ヴェルリンド辺境伯令嬢セシリア様は、洗礼式の準備のためこの場を離れられる。ついては、セシリア様が我等にお声がけくださる。総員、傾注!!!」
ザッ!!と団員達が軽く足を開き、両手を後手に組んでセシリアの方を見つめる。
父が頷くのを見て、セシリアは別れの言葉を話し出した。
「みなさま、このたびのじゅんれいのたびに、とつぜんどうこうしたわたしをうけいれてくださり、ありがとうございました」
楽しかった旅の日々が次々に胸に蘇る。母の手前、あれこれ思い出を語るわけにはいかないが。
「このたびのおもいでは、わたしのむねにずっとのこるとおもいます」
騎士団の何人かが微かに頷いてくれているのが見える。
「ごえいのおしごとは、まだひとつきほどつづくこととおもいます。ぶじにおえられますことを、こころからいのっています」
少し涙が込み上げてくるのを堪えて、セシリアは最後の挨拶を述べる。
「これまで、たいへんおせわになりました。ありがとうございました」
騎士団を見渡して微笑むと、セシリアはカテーシーを披露した。幼いながらも、それはとても美しい所作であった。
そうして、騎士団員が敬礼する中、辺境伯家の私設騎士団が護衛する馬車に乗り込んだセシリアの旅は終わりを告げたのである。
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