転生令嬢 1
★今回から、転生令嬢編に入ります!
よろしくお付き合いくださいね♪
ドンッ!
神殿の待合室で、暇を潰そうと本棚を見上げながら歩いていた私は、本棚の端から裏側の棚のほうへ回りこんだ途端に思いがけない衝撃を感じて尻餅をついてしまった。
問題は、誰かが私にぶつかってきたことではなく・・・
その時の衝撃によって、私が私として生まれる前に生きてきた人生の記憶が蘇ってきたことだった。
私ことセシリア・ヴェルリンドは、オルタナ共和国の北限にある辺境伯家の第5子で、末っ子にして唯一の女児だ。勇猛さで名を馳せるヴェルリンド辺境伯である父は王国騎士団の団長も勤め、長兄と次兄も成人した後に騎士団にそれぞれ入団している。ちなみに騎士団は第1から第5まであり、父は第1騎士団、長兄は第3騎士団、次兄は第4騎士団に所属している。3男である兄はヴェルリンドらしく騎士学校に入学しているが、私のすぐ上の兄である4男は『自分には剣の道は似合わない』と言って商科学校に入学した。兄曰く『兄さん達が筋肉で解決できない分野を僕の頭でカバーすれば我が家は安泰』ということらしい。
基本が脳筋の我が家に嫁いできた母は、若かりし日には社交界の華と称えられたたおやかで美しい人である。緩やかに波打つ銀の髪とサファイアブルーの瞳を持つ母に、嫌々ながら社交界に顔を出した当時の辺境伯令息であった父が一目惚れして猛アタックをかけたそうだ。燃えるような赤い髪と紫の瞳という派手な色合いの熊みたいに大きな男が不器用ながら一生懸命に口説く様子にほだされたのよ、と母はころころと笑いながら言っていたが、この話を聞いたとき『母様の中身は獅子だよな』とうっかり母を評してしまった次兄は、笑顔の母に吊るし上げられて干物のようになっていた。
すっかり男所帯となっていたヴェルリンド家にとって、そして何より母にとって、私は待望の女児であったらしい。『男の子ももちろん可愛いけれど、女の子は着せられる服が可愛らしくて楽しいのよ』という母の趣味で、私は幼い頃から随分な衣装持ちだ。母としては、私を蝶よ花よと可愛がり、いずれはどこに出しても恥ずかしくない淑女に育てたいらしいが、父は私にもヴェルリンド家の心得を説き、こっそり武術の鍛錬に連れ出した。母にはめっぽう弱い父だが、これだけは譲れなかったらしい。
その結果、私は母による淑女教育、父による武術教育という相反する教育を詰め込まれる羽目になった。見た目こそ母に似ておとなしやかに見えるらしいが、私個人は淑女教育があまり好きではなかった。馬に乗って風を感じたり、木に登ったり、木剣を使った打ち込みや型の訓練のほうがずっと楽しかったのだ。もちろん母もその事に気づいたが、母は『女の子が貴族社会を生き抜いていくには、剣と馬よりもドレスと作法が有効な場面が多い』と父を諭し、武術一辺倒になりがちな父の手綱をうまく取っていた。
そうして、私が6歳になる年に、大司教様の巡礼に父と騎士団が護衛に就くことになり、父はこれ幸いと私を連れ出した。初めは反対していた母も、父に『巡礼先でセシリアの洗礼を大司教様に頂ける』と言われると無下にもできず、洗礼後には私を辺境伯領に帰すことを条件に受け入れたのだった。
「うぅぅ、キレイだけどさむい!!」
新年を迎えた日の朝に積もった雪は、天幕の外の景色を白銀の世界に一変させていた。
セシリアは外に出る前に外套を羽織り、手袋とブーツで防寒対策しているが、キンと冷えた冬の空気は肌を刺すようだった。日の光に反射する雪景色は美しいが、寒いものは寒い。セシリアは自分の天幕から少し離れたところに作られた馬達のための簡易の幕舎まで足早に進んで行き、中にいる愛馬に明るく声をかけた。
「おはよう、グロウ!」
見事な鹿毛の愛馬は3歳の雄馬で、年齢のわりには落ち着いた性格の馬である。セシリアの3歳の誕生日の祝いに父から贈られた仔馬は、セシリアと共に成長し、今では貫禄すら感じられるような立派な軍馬となっている。
主人の挨拶に軽く鼻を鳴らすことで応えた愛馬の顔をひと撫でして、セシリアは愛馬の周りに敷かれた稾を片付け、身体をブラッシングし、たっぷりの水と飼い葉を用意してあげた。ヴェルリンド家の者として馬の世話は当たり前だが、貴族令嬢としてはあり得ないだろう。
「ごはんをたべたら、すこしはしろっか、グロウ」
巡礼の護衛として出発するまでにはまだまだ時間がある。一走りしてきても大丈夫だろう。
愛馬が食事をする間に他の馬の世話もしてやり、一足先に食事を終えたグロウに手早く馬具を装着して幕舎から引き出すと、セシリアはグロウの背に跨った。
「はいっ!!」
掛け声と共に軽く馬腹を蹴ると、馬は軽やかに駆け出した。
並足で駆ける馬の背に揺られながら、眩しい雪原の光に目を細める。ここのところ、何か胸の奥がザワザワして落ち着かない。その胸の騒めきがまるで何かの予兆のようで、セシリアは胸の辺りをぎゅっと握りしめた。
(なんだろう、このドキドキは・・・)
もどかしい気持ちを誤魔化すように、朝駆けの後はひたすら剣の型の鍛錬に打ち込んでしまい、母から付けられた侍女に渋い顔をされてしまったのだった。
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