逆行令嬢 24
「このことを、内密に・・・」
大司教からの思わぬ提案に、公爵は眉を寄せて考え込む。
本来なら、精霊からの加護を得た場合は国へも報告し、神殿と国双方からの保護を受ける必要がある。隠すことは立派な不法行為であり、本来なら許されることではない。
・・・しかし、リリアナの場合は・・・
属性が読み取れぬほどの大いなる力を持つ精霊からの加護、全属性魔法への適正、膨大な魔力量保有というあり得ない3拍子が揃ってしまっている。どれかひとつでも王家に抱え込まれるのが確実だというのにだ。正直に報告すれば、リリアナは今後一生自由を得ることはなく、ひとつ間違えばリリアナの存在を巡って各国入り乱れての戦になることすらあり得る。
長考する公爵に大司教がそっと声をかける。
「公爵様・・・この老いぼれが申し上げた事で悩ませてしまい、申し訳ない」
「いえ・・・」
「しかしながら、私は決して卑しい二心からこのようなことを申したわけではございませんぞ。この場でお話した全ては私の胸のうちにおさめ、神殿にも報告は致しません。神にかけて誓いましょう」
「・・・」
「いと幼きご令嬢が、せめてご自分で未来を考えられるようになるまで。私は秘密の守人になりましょう」
大司教の力強い言葉に、公爵もリリアナも驚いて目を見開く。
「なぜ、そこまでして頂けるのか・・・」
問われた大司教は、ふっと笑みを浮かべた。
「その昔、私めがまだまだひよっこの神官の頃に初めて立ち会った洗礼の儀式にて、お嬢様と同じように大いなる祝福を頂いた少女がおりましてな・・・」
過ぎ去った過去を思い出している様子の大司教の表情に、苦渋の色が浮かぶ。
「その少女を私は守ってあげることができませなんだ。神殿の上層部、そして国の思惑、なにもかもが少女を長きに渡って翻弄していくのをただ見ていることしかできませんでした」
「・・・」
「少女は長じて後、熾烈な争奪戦の後に彼女を娶った国において大聖女と呼ばれるようになり、彼女が亡くなるまで会うこともできませんでしたが・・・洗礼のあと、親からも引き離されて混乱する彼女が私を見たときに、手を差し伸べることすら出来なかった己がひたすら情けなく歯がゆかったのですよ」
公爵とリリアナに目線を戻して、大司教はにこりと笑った。
「今の私にはお嬢様が大きくなられるくらいまでなら、その身を守れる長さの腕があると自負しております。なればこそのご提案です」
若かりし頃の大司教の苦悩と後悔を包み隠さず打ち明けられた公爵は、その申し出に深く頷いた。先ほど大司教が言っていた通り、今この時、大司教がリリアナの洗礼に立ち会ったのは僥倖としか言いようがない。
「ご配慮、ありがたく受け取らせて頂きたい・・・感謝の言葉もありません」
「なんの、なんの。この老いぼれの懺悔に付き合わせてしまいましたが、それこそ内密にお願いします」
茶目っ気たっぷりに言って笑った大司教は、それでは、と言葉を続けた。
「お嬢様の洗礼内容に関して、こちらで記録版を作成致しますが・・・その内容についてですな」
「まるきりの偽りを記すわけにもいきませんし・・・」
「そうですな。魔力量については隠しきれるものでもありませんから、これはそのまま記録致しましょう」
「問題は魔法の属性ですか」
ここまで大人たちの会話を呆然と聞いていたリリアナに大司教が目を向けた。
「先ほど、お嬢様は魔石板から青い魔力を読み取られたのでしたな?」
突然話を振られて少し慌てたが、リリアナはこくんと頷く。
「は、はい。いろんないろがみえましたが、あおいちからのいろが、いちばんわかりました」
大司教は、ふむ、とひとつ頷いて公爵に向き直る。
「では、お嬢様に一番合うのは水属性であるというのはいかがかな」
「よろしくお願い致します」
大司教に深々と頭を下げると、公爵はリリアナの手をぎゅっと握ってその顔を真摯な瞳で見つめた。
「リリアナ」
「はい、おとうさま」
「今この場で話し合われたことは、この国の法に照らせば正しいことではない」
「・・・」
「だが、お前の父として、愛する娘を苦難の道へと押しやる真似はできない」
「・・・」
「まだ幼いお前には、わからぬことのほうが多いだろう。それでも、この父や大司教様が、詐欺や欺瞞を働いたとは思ってくれるな。お前の為とは言うまい。これは私の自己満足に過ぎないかもしれない」
公人としての良識と父としての愛情の間で苦悩する公爵の言葉に、リリアナはそっと声をかけた。
「・・・おとうさまとだいしきょうさまは、わたしのためにひみつをまもってくださるのでしょう?」
父の瞳をしっかりと見つめて、リリアナは一生懸命に言葉を続ける。
「でしたら、わたしはおふたりがまもってくださったことにかんしゃして、たくさんまなんでいきます。そうして、こんどはわたしが、おふたりをまもれるようになります」
父娘の姿を自愛に満ちた温かい目で見ていた大司教は、そんなふたりに声をかける。
「これらは全て、大いなる神のお導きといえましょう。おふたりとも、私のことはお気になさらず」
「だいしきょうさま・・・」
白い髭の大司教はにこりと微笑んだ。
「どうしても気になると言うなら、そうですな・・・お嬢様はこれから、その身に宿る力に驕ることなく、神々に恥じることなき行いを心がけてくだされ。ひいてはそれこそが、神職に就く我が身への返戻となりますゆえ」
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