逆行令嬢 23
大司教は、洗礼の間と続きにある小部屋へと公爵とリリアナを誘った。
小さな部屋だが、格式高い調度類が置かれており、足元にはふかふかと毛足の長い絨毯が敷かれている。洗礼式の合間に大司教が休息をとれるように整えられた部屋なのだろう。
大司教はふたりにソファを勧めると、なんと手ずからお茶を淹れ、自分はその向かいの椅子に腰かけた。
「さて、さて。まずはお嬢様の洗礼が無事に終わりましたことをお慶び申し上げます」
「ありがとうございます」
「まずはお茶でもいかがですかな?」
どこか心配そうな公爵に自分が淹れたお茶をすすめて、大司教はリリアナにもにこりと笑う。
「ありがどうございます・・・いただきます」
カップに口をつけると、ほのかに花の香りがする素朴な味わいのお茶だった。先ほどの出来事で衝撃を受けていた心に染み渡っていく気がする。
「して、大司教様・・・先ほどの現象は・・・」
公爵はどこか緊張した面持ちで大司教に問いかけた。自分自身の洗礼の時も、息子のレオンの時も、あんな発光現象はみたことがない。
「うむ、そうですな・・・まずはお嬢様の魔石板をご覧くだされ」
大司教が差し出した魔石板には、リリアナが見たことがない複雑な文様が刻まれていた。見たことはないのに、それが文字だとわかった。見ていると、頭の中に書かれている内容が浮かんでくる。
食い入るように魔石板を見つめるリリアナに、大司教はゆっくりと語りかけた。
「これは、精霊によって刻まれる神霊文字ですじゃ。我ら神官はこれらの文字を日々研究し、学んでおりますのである程度読めますが、この板の内容は基本的に洗礼を受けた当人にしか正確に理解することはできません」
大司教は魔石板をコンコンと指で軽く叩いて指し示しながら話を続ける。
「この魔石板から私が読み取れますのは、お嬢様は非常に大きな魔力を身の内に宿していらっしゃること。全属性の魔法の適性がおありになること。またーーー」
一旦言葉を区切った髭の大司教は、慎重に言葉を続けた。
「いずれかの偉大な力を持つ精霊に、お嬢様は加護を授けられてらっしゃることですな」
大司教から語られるあまりにも規模の大きな話をリリアナは呆然としながら聞いていた。とても自分の話とは思えない。
「・・・偉大な加護、ですと?」
公爵が呻くように呟いた。
「さようです。加護を受けられているのはわかりますが、どの属性の精霊なのかを読み取ることができません故、恐らく力ある精霊なのだろう、と」
「・・・・・・・」
「例えば魔法の属性が火に合っておれば、火の精霊の加護なのだろうと推測もできますが、お嬢様にそれは当てはまりませんでな・・・」
沈黙してしまった父のかわりに、リリアナは口を開いた。
「あの、だいしきょうさま」
「なんですかな?」
「どのせいれいのかごをいただいたのか、わたしにはわかるのですか?」
魔石板に目を落としながらリリアナは小さく呟く。
「おおいなるまりょく、とかいてあるのはわかるのですが・・・」
頭に流れ込んでくる神霊文字の内容が、それを理解しようとするともやもやと形にならないような感じなのだ。それでも魔石板を見つめ続けていると、青より青い藍色のイメージが頭に浮かぶ。
「あお・・・あおいまりょく・・・」
呟くリリアナの声を拾いあげて、大司教が声をかけた。
「お嬢様、今はまだ無理をなさらずとも、時が至ればわかるものです」
「だいしきょうさま・・・」
不安そうに瞳を揺らすリリアナに、白い髭の大司教は優しく笑った。そして、そんな娘を心配そうに見やる公爵へ向き直った。
「さて、公爵様。この度の件につきまして、この老いぼれからひとつご提案がございます」
「提案、ですか?」
訝しげに問い返す公爵に大司教は頷きを返す。
「さようです。・・・お嬢様の洗礼の内容が余人の耳に万が一にも入れば、これは大変なことです。ですので・・・ここにいる3人だけの秘密に致しましょう」
「秘密? しかし、それでは」
国の規約に背くことになる。しかし大司教は首を振った。
「神に仕える者として、私は偽りを申すことはできません。しかしながら、沈黙することはできます。魔力の大きさについては隠すことは不可能でしょうが、属性や加護のことは言わねばわかりますまい」
「・・・・・・」
「お嬢様の洗礼に立ち会えたのが私であったことは、まさしく天の配剤だと感謝しておるのですよ。大聖女の再来かと思われるほどの祝福に満ちた洗礼の儀の場に立つことができたとは・・・」
「しゅくふく??ですか??」
問いかけるリリアナに大司教は頷いた。
「さようでございますよ。あの時、洗礼の間に満ち満ちた光・・・あれは加護を受けた愛し子への、神からの祝福の光なのです」
そう言った大司教は懐かし気に目を細めてリリアナを見る。
「50年前に亡くなられた大聖女様からも、あの光と同じものを感じたことがあるのです。なればこそ、お嬢様の秘密を守ることは神からの啓示に等しいとこの老いぼれは思うわけですな」
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