逆行令嬢 2
鉱床が発見された年の冬
リリアナは家庭教師の授業を受けながらもずっとソワソワしていた。
おにいさま、まだかしら?まだかしら?
「・・・様、リリアナお嬢様」
「・・・っ!はいっ!」
こげ茶の髪を品よくまとめ、濃緑のロングドレスを着た家庭教師のキングストン夫人は、丸く小さな眼鏡をくいっと持ち上げながらため息をもらす。
「どうにも本日のお嬢様は気もそぞろなご様子。なにか心配事でもおありですか?」
共和国の学園を優秀な成績で卒業し、女性にはまだまだ狭い門戸である官吏登用試験も突破して文官として働いた経験を持つキングストン夫人は、その教養の深さとマナーを以って結婚後は家庭教師として引っ張りだこの女性である。
自分にも他人にも厳しいと評判の彼女は、淑女の鏡と呼ばれるほど所作は美しく、また鋭い洞察力を持つことでも知られているが、今日のリリアナの落ち着きのない様子は夫人の観察眼が発揮されなくてもわかる。
「あの・・・もうしわけ、ありません・・・」
「わたくしはお嬢様のご様子が気にかかっているだけですよ」
リリアナが5歳の誕生日を迎えてから家庭教師として彼女を見守ってきた夫人は、常ならぬ様子のリリアナの様子を心配しているようだった。普段のリリアナは年齢相応の無邪気さもあるが、何より学ぶことに熱心な生徒だからなおさらだ。
「あの、きょうはおにいさまがおやしきにもどられるんです」
それを聞いて夫人は納得して頷いた。
「学園が冬季休暇に入るのですね」
「はい・・・それで、おあいするのがたのしみで、それで・・・」
授業に集中できなかったというわけだ。
兄のレオンが学園に入学する前は毎日兄と一緒にいたのが、入学と王都の学生寮への入寮に伴って会えなくなり、夏の休暇以来3か月振りに大好きな兄に会えるのだから。
「レオン様が戻られるのが嬉しいのはわかりますわ。それでも」
少し厳しくなった夫人の声にリリアナの背筋が伸びる。
「淑女たるもの、いつも心に余裕をお持ちくださいませ」
「はい」
「常に優雅さを心掛け、先を見据えて準備を怠らず、笑顔を絶やしてはなりません」
「はい」
「淑女とは、不断の努力によってそう呼ばれるようになることを忘れてはなりませんよ?」
「はい、先生」
夫人に諭されてリリアナは浮ついている心となんとか折り合いをつけようとしているが、5歳の彼女にそれはなかなかの難題だ。
羽ペンを握りしめて公用語の書き取りの続きを始めたが、ふとすると兄のことを考えてしまってはまた集中し直す、といったことを繰り返している。その様子を見ている夫人は、小さくため息をついた。
「リリアナお嬢様」
「は、はいっ!!」
名前を呼ばれて緊張するリリアナへ夫人は真顔で告げる。
「本日の語学の学習はここまでと致しましょう」
「はい・・・」
シュンとするリリアナに、夫人は表情を一転させていたずらっぽく囁いた。
「そのかわり、本日この後はお嬢様が主催するお茶会の練習を致します」
「おちゃかい・・・?」
キョトンとしている教え子に、夫人は微笑んで提案する。
「お嬢様の大好きな方のためのお茶会を開く練習を致しましょう。例えば、久しぶりにお会いできるお兄様のためのお茶会などはいかがですか?」
夕暮れには少し早い頃、公爵邸に1台の馬車が到着した。
従者が扉を開けると、中から少年が一人降り立った。艶やかな黒髪に青灰色の瞳を持ったこの少年こそ、リリアナが帰りを楽しみに待っていた公爵家嫡男レオンである。
長じたのちは大変に見目の良い青年となるであろうと思わせる少年は、出迎えた執事長やメイド達をぐるりと見まわした。
「お帰りなさいませ、お坊ちゃま」
「うん、ただいま。出迎えご苦労」
執事長セバスに応えながら、いつもなら真っ先に駆けてくるはずの妹の姿を探す。
「セバス、リリはどうした?」
「お嬢様でしたら、奥様とご一緒に屋敷内にてお坊ちゃまをお待ちになっております」
「へぇ?」
執事長の返事を聞いて、レオンは器用に片眉を上げて面白そうな顔をすると、鞄を片手に屋敷に向かって歩き出した。
「あのお転婆妖精が、どういう風の吹き回しだ」
「お坊ちゃま、そのような・・・お嬢様は近頃は淑女教育に取り組まれ、日々頑張っておられます」
レオンの手から鞄を受け取ろうとする執事長を目で制し、くすりと微笑む。
「よい、自分で持つ。・・・それにしても、リリが淑女教育か」
「はい。夏よりも背も伸びられて、さらにお可愛らしくおなりですよ」
「そうか。それにしても、セバス」
「はい」
「もうお坊ちゃまはよせ」
「はい」
会うたびに成長を感じる小さな主の言葉に、セバスは微笑んで頭を下げた。
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