逆行令嬢 19
⭐︎週末限定⭐︎朝・夕2話更新!
ゆるゆると神殿に到着した馬車の家紋を見て、神殿の入り口にいた若い神官達が礼をとった。世俗とは一線を引く立場の彼らだが、公爵家は神殿への寄付も多く、また公爵自身がその人柄を多くの人に認められているとなれば、その対応は知らず丁寧なものになるのも頷ける。
神殿へ出発する際に先触れを出していたこともあり、中から次席神官が現れて頭を垂れた。
「ようこそおいでくださいました」
馬車から降りた公爵家一家に、次席神官は丁寧な挨拶をする。
「此度はご令嬢の洗礼と伺っております。心よりお祝い申し上げます」
公爵は鷹揚に頷くと、「今日はよろしくお願いする」と軽く頭を下げ、リリアナの背中に手を添えて娘を紹介した。
「娘のリリアナだ」
父に促されたリリアナも「よろしくおねがいいたします」と頭を下げた。
挨拶を受けてにこりと微笑んだ次席神官は、「では、どうぞこちらへ」と言って公爵一家の先頭に立って神殿の中へと歩き出した。
細く瀟洒な柱が立ち並ぶ回廊の両側には庭園が広がっており、春になれば美しい花が咲き乱れるのだが、いかんせん今はまだ冬の最中なこともあり、やや寂しい印象だ。しかし、よく晴れた日差しが雪に反射して輝く様子が美しかった。
そうしてやや歩くと、中庭が見えてきた。その中央には女神像が立っており、像が捧げ持つ水瓶からは清らかな水が湧き出て像の周囲を丸く囲む小さな水路へと流れ込んでいる。水路はその先に見える荘厳な礼拝堂へと続いているようだった。
礼拝堂の左右にも石造りの立派な建物が建っており、礼拝堂とは通路で結ばれている。神官は公爵一家を先導しながら、右手に見える建物のほうへ歩みを進めた。
そうして、重厚な扉を開けた先は通路にそってたくさんの部屋があるようだった。神殿には巡礼者も多く訪れるため、そうした者達のための宿泊もできるようになっている。
「本日はこちらの棟の2階にご家族の皆様のための待合所を設けております。2階部分は貴賓の方のための部屋が多くございますので、貴族の皆様はそちらにご案内しております」
歩きながら説明をする次席神官の言葉に公爵が頷いていると、ドタバタとせわしない足音が聞こえてきた。
「いやいやこれは公爵様!奥様も!お出迎えもせず大変失礼致しました!」
汗を拭きつつ現れたのは、この神殿の神殿長であった。質素倹約が尊ばれるはずの神殿の長だが、そのわりには全身にみっしりと肉が付き、神官服こそ着ているが襟元には豪華な貂の襟巻をしているし、額の汗を拭うハンカチを握る手にはギラギラと指輪がいくつも光っていた。
「今日はお嬢様の洗礼ですな!本来なら私が執り行うところだったんですが!!大司教様の巡礼がちょうどたまたまありましてな!!」
神職にあるというのにどうにも俗世のにおいがプンプンする神殿長の様子に、リリアナは内心のけぞるような心地でいた。これではレオンにすり寄っていた貴族達の姿と大差ない。
如才なく受け答えをする公爵夫妻にまとわりつくように延々と話し続ける神殿長を見ながらそっと息をつくと、レオンと目が合ってお互いに苦笑いの表情を浮かべた。リリアナが神殿長に挨拶をするタイミングは永遠にやってきそうにないからだ。
見かねた様子の次席神官が、公爵に声をかけた。
「公爵様、恐れ入りますが、お嬢様を控えの間にご案内してもよろしいでしょうか」
公爵が答えるよりも早く、神殿長がまたもや大声でがなりだす。
「もちろんだ、失礼の無いようにな!公爵様は私がお部屋までご案内する故!!任せたぞ!!」
表情は変わらないものの、目には呆れの色を色濃く映す公爵は、次席神官に頷く。
「よろしく頼む。・・・リリアナ、後でまた、洗礼の間でな」
「はい、おとうさま」
そうして、騒がしい神殿長が公爵夫妻と公爵令息を部屋に案内する後姿を見送って、リリアナは次席神官に「あんない、よろしくおねがいいたします」と頭を下げた。
次席神官の案内で、リリアナはさらに建物の上の階を訪れていた。天井は丸いドーム状になっていて、美しいステンドグラスがはめ込まれている。広々した美しい部屋だが、どこか厳粛な雰囲気が漂っていた。明るい陽射しが差し込む部屋の中には衝立がいくつか置かれており、スペースを区切るように本棚が整然と並んでいる。ソファやテーブルもあって、まるで図書館のような落ち着いた空間である。リリアナと同じように白い衣装を身に着けた子ども達がすでに数人いて、洗礼の順番を待っているようだ。
「洗礼の刻限に、神官がお迎えに参ります。それまでこちらのお部屋を自由にお使いください」
「わかりました、あんないありがとうございました」
リリアナが礼を述べると、次席神官はにこりと笑って退出していった。
一人になったリリアナは、広い部屋の中をぐるりと見渡した。不安そうな顔をしている子、きょろきょろと落ち着きのない様子の子、ぼーっと窓の外を眺めている子と様々だが、誰かとおしゃべりをしている子はいない。見知った顔もいないし、みな子どもなりに緊張しているのだろうから当たり前だ。
リリアナもとりあえず部屋の隅に置かれたソファに腰掛けた。背もたれに頭を預け、天井のきれいなステンドグラスを何とはなしに眺めてみる。冬の弱い陽の光が、ステンドグラスを通して色鮮やかな光の乱舞を描いている。
(あかいほのお・・・あおいみず・・・みどりと、つちもあらわしているのね。むらさきときいろは、やみとひかりかしら)
世界の力の根源である六大精霊を現しているのであろうステンドグラスは、本で学ぶよりも精霊の姿を想像させてくれて、リリアナの胸は高鳴った。
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