逆行令嬢 13
「おいで、そこはさむいでしょう・・・だいじょうぶよ、なにもこわいことはしないわ」
リリアナが震えるちいさな猫にそっと手を差し出すと、仔猫は一瞬警戒するように身を固くしたようだったが、やがてその手に小さな顔を摺り寄せてきた。
その瞬間、なにかが光の矢のごとくリリアナの脳裏を貫いた気がして、思わず手を引っ込めてしまう。
なに、いまの・・・?
その感覚は幻のように消え去ってしまい、目の前には震える仔猫がいるばかりだ。そのままにもしておけず、恐る恐る両手で抱き上げてみると、驚くほど軽い。そしてその小さな体はすっかり冷え切っているようだった。
「リリ、これでその猫を包んでやれ」
レオンが控えの部屋にあったブランケットを手に持って広げてくれたので、仔猫をくるみ込んでしっかりと抱っこをして部屋に戻る。
「よく気づいたな、リリ」
ブランケットに埋もれる小さな黒猫を覗き込みながらレオンが言った。
「こんなに小さくては、この寒さだと死んでいたかもしれない」
「みつけられてよかったです・・・」
少しすると、暖かい室内とくるまれていたブランケットのおかげで仔猫の体の震えがおさまり、リリアナの腕のなかでもぞもぞと動きだした。ぴょこんとブランケットから顔を出したその仔猫の目はリリアナと同じ深い藍色をしている。ミー、と鳴く声がとても可愛くて、兄妹は頬を緩めた。
「親猫とはぐれてしまったのかな」
「こんなにちいさいのに・・・」
まだ自力では生きていけないだろう、か弱い生き物を目の前にして、リリアナは思わず
「このねこ、わたしがかってはいけないでしょうか」
と口にしてしまった。
「そうだなぁ・・・父上と母上のお許しが出たら大丈夫じゃないか?」
「わたし、おねがいしてみます!」
「そうだな。もしダメでも、使用人の誰かに頼んでみよう」
こんな小さくて可愛い生き物を見殺しにすることはできない兄妹は、父母の許しを得るための作戦会議を始めた。その間にも、部屋にいたメイドが気をきかせて仔猫にちょうどいいサイズの籠を持ってきてクッションを敷いてくれる。少し温めたミルクも持ってきてくれたので与えてみると、あっという間に皿を空にしてしまった。そうして仔猫を籠に入れてやると、すぴすぴと気持ち良さそうに眠ってしまったようだった。
「かわいい・・・」
丸まって眠る小さな猫を見ているだけで幸せな気持ちになる。
同じ表情を浮かべている兄もリリアナと同じ幸福感を覚えているのだろう。
「リリ、この猫に名前をつけてやったらどうだ?」
「わたしがつけてもいいのでしょうか」
「リリが見つけたんだ、リリが名づけてやるのがいいと思う」
「なまえ・・・」
猫を見ながら考える。
真っ黒でふわふわした毛並みの仔猫。夜の闇に同化してしまいそうな混じりけのない黒。
「ノアール・・・ノアールにします」
思いついた名前を口にした瞬間、目を開けた黒い仔猫と目が合った。なにかがリリアナから仔猫に流れていき、仔猫からリリアナに流れ込んでくる。誰かの声が聞こえてくるーーーーー
「リリアナ?」
兄の声にハッと我に返る。
その瞬間、仔猫との間に起こりつつあった不思議な事象はリリアナの脳裏から消え去ってしまった。
「どうした、ぼうっとして。大丈夫か?」
「え、はい、おにいさま」
少し心配そうに眉を寄せている兄に笑いかけて、大丈夫だと伝える。
そのとき、コンコンとノックの音が聞こえ、執事長が入ってきた。
「失礼致します。まもなく、お二方のご入場の時刻となりますが、ご準備のほどは・・・」
兄妹が囲んでいる籠に気づいて、執事長が、おや、という顔をする。
「仔猫ですか。いったいどこから?」
「リリアナが庭から聞こえた鳴き声に気づいて保護したのだ」
兄と話している執事長に、リリアナは胸の前で両手を組んでお願いをする。
「あとで、おとうさまとおかあさまにおねがいして、わたしがこのこをかおうとおもうの。だから、それまでどうかこのねこをあずかっていてもらえないかしら?」
「さようでございますか・・・そうですね、お嬢様の部屋付きのメイドにそれまでの世話を頼んでおきましょうか」
執事長は仔猫が眠っている籠をそっと持ち上げると、部屋にいたメイドに猫を託して言付けてくれた。
「ありがとう、セバス!」
満面の笑顔で礼を言うリリアナに微笑み返すと、執事長は右手を胸に当てて礼をとった。
「それでは、お坊ちゃま、お嬢様。そろそろ大広間へお出まし下さい」
何度言っても直らない執事長の坊ちゃま呼びに渋い顔をする兄の顔を見てリリアナはくすりと笑う。小さな笑い声に気づいたレオンは、リリアナを見て仕方ないなと言うように苦笑いすると、すっと腕を差し出した。
「行こうか、リリ」
「はい、おにいさま」
リリアナは兄の左腕にそっと自分の小さな手をのせて、宴の開かれている大広間へと歩き出した。
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