逆行令嬢 12
冬の陽は短く、少しずつ辺りが夕闇につつまれてきた。
そんな中、広い公爵領の東西南北を代表する首長達が新年の祝賀のために荷馬車を連れて、公爵邸に続々と集まってきている。
公爵邸は領の中央よりもやや南西側にあるため、北と東の首長達は少し移動にも難儀をする。それでも、年に4回は必ず公爵邸に赴き、各地の様子を首長が直接公爵に報告する義務があるため、移動自体は皆慣れたものだった。
公爵邸に到着した彼らは、ひとまず広間へと通された。連れてきた家人達は、公爵邸の使用人とともに荷解きの作業中である。
温かい紅茶が振舞われ、久しぶりに顔を合わせた者同士なごやかに談笑していると、夫人を伴って公爵が姿を見せた。
「みな、久しいな。遠路ご苦労だった」
首長達はみなサッと立ち上がって公爵と夫人に礼をとる。
「お久しゅうございます」
「道中なにごともありませんでしたか?」
夫人もやわらかく言葉をかけ、首長達は「お気遣い痛み入ります」と頭を下げた。
「みな、楽にせよ」
公爵夫妻がソファに座るのを待って、皆が席についた。
「それぞれの報告は明日聞くことにする。まずは体を休め、今宵の新年の宴を楽しんでくれ」
「家人の皆様方にもお楽しみ頂けると嬉しいですわ」
「今宵の宴では、みなに我が娘のリリアナを紹介したいと思っている」
位置的な関係で公爵夫妻と顔を合わせる機会の多い南の首長が顔をほころばせながら言った。
「なんと、つい先日お生まれになったばかりかと思っておりましたが・・・時の経つのは早いですな」
他の首長達も同意したように頷き、「どうりで我らも歳を取るはずですな」などと冗談を言い合い、和やかな雰囲気である。
「お嬢様のお披露目ということは、洗礼式なのですな。おめでたいことです」
北の首長が厳めしい顔にわずかに笑みを浮かべて祝賀を述べ、他の首長達も口々に祝いの言葉を口にする。
公爵夫妻も笑みを浮かべ、公爵が「のちほど、娘に直接言ってやってくれ。ありがとう」と答え、ではのちほど宴の場で、と言い残して広間を後にしたのだった。
まもなく宴が始まるということで、リリアナのドレスの着付けや軽い化粧などの準備がメイド達によって着々と進められていた。最後にアクセサリーとグローブを身につけ、リリアナは姿見の前でくるりと1回転してみる。
「おきれいでございますわ、お嬢様」
メイド達が口々にリリアナを褒め称え、己が仕事に達成感を覚えて満足そうに微笑んでいる。
「みんなありがとう!」
リリアナも皆につられるように気分が高揚する。なにせ初めての新年の宴への参加、そしてお披露目なのだ。きれいにしてもらえて余計にテンションが上がる。
「そろそろ控えの部屋にご移動されませんと」
「いってらっしゃいませ」
メイドに案内されたリリアナが控えの部屋を訪れると、そこにはすでに兄が到着してくつろいでいた。
「おにいさまに、しんねんのおいわいをもうしあげます」
リリアナが礼をとると、レオンも立ち上がって返礼をしてくれる。
「リリアナに善き精霊の恵みがありますように」
レオンが妹をエスコートしてソファへと案内しながら、感心したような表情を浮かべてその姿を見た。
「とてもきれいだな、リリ」
「ありがとうございます。おにいさまにいただいたグローブもつけてきました!」
「ああ、よく似合っているよ」
兄の姿をよく見ると、上着のポケットに青いバラの刺繍がしてあるハンカチが見えた。
妹の視線に気づいたレオンがにこりと笑う。
「私もリリの贈り物を身に着けてきたんだ。ありがとう」
「つかっていただいてうれしいです」
レオンの衣装は、上品な黒の上衣の襟や袖口に銀の刺繍が入ったものだ。濃いグレーの細身のパンツはシンプルで、まだ子どもながら手足の長いレオンが着ると全体的に華やいで見える。リリアナの刺繍が入ったハンカチもポケットチーフとしてさりげなく使ってくれるのがこの兄の優しいところだ。
「私とリリアナは、宴の半ばごろに入場することになっている。緊張してないか?」
果実水を飲みながらレオンはリリアナに問いかけた。
「すこしきんちょうしますけど、おにいさまがいてくださいます」
「父上が首長達に紹介してくださるから、挨拶だけできれば大丈夫さ」
兄と和やかに会話を交わしていたリリアナだったが、ふとなにか聞こえたような気がして振り返った。
「どうした?」
「なにかきこえたようなきがして・・・あ、ほらまた!」
耳を澄ませている様子のリリアナを見て、レオンも聞き耳を立ててみる。
「・・・気のせいじゃないか?」
どうやら兄には何も聞こえない様子だが、リリアナの耳にはかすかになにかが聞こえるのだ。・・・これは、仔猫の鳴き声・・・?
「こねこのこえです」
「猫?」
リリアナはソファから降りて、声の主を探す。聞こえていないレオンも部屋の中を見回している。
「部屋にはいないみたいだな」
「じゃあ、そとかしら?」
レオンが庭園に続くガラス戸を開けてくれたので、ひとまず室内からの灯りが届く範囲に目を凝らしてみる。すると、植込みの下に黒い何かがうずくまっているのが見えた。
「いました!おにいさま!」
リリアナは庭に駆け出し、植込みの下をそっと覗き込むと、そこに真っ黒な毛並みのちいさな仔猫が震えていたのだった。
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