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逆行令嬢 10

朝食を終え、自室に戻ったリリアナは部屋に控えていた乳母に抱き着いた。


「マーサ! きょう、わたしのおひろめをしてくださるのですって!!」


「まぁまぁ、ようございましたねぇ」


乳母は公爵夫妻からすでにそのことを聞いており、夫人とともに準備もしていたが、喜びにあふれるリリアナの様子をみて既に知っていることは胸にしまっておく。マーサにとってのこの小さなお嬢様は、単にお世話をする相手というより、もはや我が子のように愛しく感じている。この喜びに水を差すような真似はできない。


「それでは、今日はお勉強の時間を少し早めにいたしましょうね。お嬢様のお披露目の準備の時間を作って頂きませんと」


浮かれていたリリアナはその言葉に我に返る。


「そうね!いますぐべんきょうするわ!!」


心得ているメイドがすぐさま教本やノート、羽ペンを準備し、まだ背が足らないリリアナのために椅子の下にクッションを敷く。


準備をしてくれたメイドに礼を述べて、リリアナはすぐに勉強に没頭していった。


その様子を目を柔らかく細めて見守る乳母は、傍に控えるメイド達に小声で申し付ける。


「1時間ほどしたら、お嬢様に果実水をお出ししてあげておくれ」


「かしこまりました」


「2時間したら軽食を。午睡の後お嬢様のお披露目の身支度を始めるから、湯殿の準備も」


メイド達は頷くと、リリアナの邪魔にならないように静かに退出していった。




勉強に集中していると、時間は瞬く間に過ぎていった。


「お嬢様、そのそろ軽食を召し上がりませんか?」


メイドに声を掛けられて、時計と見ると2時間ほど経過している。


「そうしようかな?あとちょっとだけかきたいことがあるから、おわったらたべるわ」


「かしこまりました」


リリアナが残りの課題を片付ける間に、メイド達はサンドイッチやフルーツをテーブルに並べ、果実水を準備する。


「おわったぁー」


リリアナはうーんと伸びをすると、テーブルの上の軽食を見た。ハムやチーズ、レタスが挟んであるサンドイッチや瑞々しいフルーツを見たとたんにお腹が空いたような気がする。

手にわずかについたインクをメイドが蒸しタオルでぬぐって、軽食を用意してある小さなテーブルにリリアナを連れてきてくれた。


食前の祈りを捧げてから食べ始めたリリアナは、勉強中はすっかり忘れていたお披露目のことを考え始めた。


おなかいっぱいにしちゃうと、ねむっちゃうかも・・・


もうすぐ6歳のリリアナだが、まだ午睡の時間を取っている。過保護な乳母はリリアナの成長に欠かせないからとこの習慣を崩したことはない。

そんなことをつらつら考えていると、当の乳母がリリアナの部屋に戻ってきた。


「お嬢様、お食事が済みましたら少しお昼寝をなさってくださいね」


「おひるねしちゃっても、おひろめのじゅんびはだいじょうぶ?」


「もちろんでございますよ。お休みになる時間は今年から少しずつ短くするつもりでしたし」


「わたし、おひるねしなくってもへいきよ?」


リリアナは乳母に訴えてみる。


「きちんと休んで体調を整えることはお嬢様ご自身でしかできない大事な仕事でございますよ」


乳母はリリアナの小さな訴えをさらりと受け流してにっこり笑う。大事なお嬢様の生活習慣に関わることでは乳母に一切の妥協はないのだ。


「はぁい・・・」


不満げにむくれるリリアナに、「お返事ははい、と短くですよ」と言いながら食後のうがいのためのミント水を差し出す乳母はリリアナにとって難攻不落の砦であった。




しぶしぶ午睡を取ることにしたリリアナだったが、朝の起床がいつもよりも早く、また家庭教師の課題をこなして疲れていたのか、ベッドに入るとすぐに眠りに落ちていった。

メイドの声をかけられて目覚めると、体も気分もすっきりしたようだ。


「おはようございます、お嬢様」


「お目覚めになられたら、湯殿にご案内するように申し付かっております」


自室の隣にある浴室へ向かうと、既に準備が整えられている。浅い浴槽にはラベンダーの香りがするお湯がたっぷりと溜められ、待ち構えていた浴室担当のメイド達によってあっという間に寝着が脱がされ浴槽の中に座らされる。頭を浴槽の縁に乗せると、温かなお湯がかけられ、よく泡立てられたシャンプーで丁寧に洗われた後にオイルを塗られてタオルで頭を包まれた。合間に果実水を飲み、体をスポンジで丹念に洗われ、タオルで水分を拭き取られたらマッサージ台に横になる。花の香りがするオイルで全身をくまなくマッサージされる。


入浴はとても気持ちが良いのだが、リリアナは自分がなにかに加工される物になった気がしてなんとなく落ち着かない。お披露目前の手入れということで、メイド達がいつもよりも真剣にやってくれているから話しかけるのも躊躇われて、おとなしく体をまかせていた。マッサージが終わるとバスローブを羽織り、最後に頭をくるんでいたタオルを取って髪を乾かし、ブラッシングしてもらったら完了だ。


「きもちよかったわ、ありがとう」


浴室担当のメイド達にお礼を言って、自室に戻ると乳母が待っていた。

鏡台の前に座り、差し出された果実水を飲むとほっとして小さなため息がもれた。




第10話を読んで頂き感謝申し上げます!

この後も楽しんで頂けたら幸いです。


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