逆行令嬢 1
なぜ、わたくしがこんな・・・
オルタナ共和国、その王宮の大広間において、公爵令嬢であるリリアナ・アラモンドは顔面蒼白となりながらもなんとかその場に立ち続ける。
結い上げられ、宝冠のように輝く金髪、ややきつめに見える藍色の涼やかな瞳、抜けるような白い肌は絹のような滑らかさであり、女性としてはやや長身ではあるが、メリハリのきいた完璧なプロポーションをもつ彼女の身体を包むのは、瞳と同じ藍色から裾にかけて金のグラデーションに変わる夜会用のドレスである。
今夜は、共和国の王位継承者である第一王子フレデリクの18歳の誕生日を祝う舞踏会が開かれており、大広間には国内外から多くの王侯貴族が集まっていた。
そんな華やかな場において・・・
「リリアナ・アラモンド公爵令嬢! 今この時をもって、貴女との婚約は破棄とする!」
第一王子のスピーチは、リリアナとの婚約破棄の決定から始まった。
オルタナ共和国には多数の貴族が名を連ねているが、アラモンド公爵家はその中でも筆頭と数えられる名門である。希少な魔法石にもなる宝石の鉱床を多数有する公爵領は広く豊かで、公爵は代々国の要職を務めることが常であった。
当代のアラモンド公爵家当主はハリス・アラモンド。妻のセリーヌはヤンセン侯爵家の出身で、たおやかな雰囲気の美女である。政略結婚ではあるものの、ハリスは妻セリーヌを愛しみ、セリーヌもまた夫ハリスに深い信頼を寄せる仲睦まじい夫婦であった。
そんな夫婦の間には、結婚から2年後に長男のレオンが誕生し、さらにその2年後にリリアナが生まれた。残念なことにそれ以上の子宝に恵まれなかったが、レオンもリリアナも両親の愛情を受けて健やかに成長していった。
「おとうさま!!」
馬車から降りてきた父ハリスに向かって、まろぶように駆けてきて抱きついてきたリリアナに、ハリスは相好を崩す。
「ただいま、リリアナ」
抱き上げられ、頬を上気させたリリアナは「おかえりなさいませ!」と挨拶もそこそこに父の首に抱きついた。外務卿を務める父はとにかく多忙で、屋敷になかなか帰れない日も多い。乳母のマーサに「公爵様はご多忙なのですよ」と言われても、まだ5歳のリリアナはお父様がいないのがさみしくて仕方ないのだ。優しいお母様は屋敷にいるけれど、兄のレオンが学園に入学してしまったので屋敷の中にぽっかり穴が開いたように感じてしまう。
「あなた、お帰りなさいませ」
母のセリーヌも夫を出迎え、その腕の中にいる愛娘に微笑みかける。
「まぁ、リリアナ。お父様にきちんとご挨拶はできたのかしら?」
言われてリリアナはハッとする。そうだった!
妻とリリアナの様子をみて、公爵は娘を下ろす。そしてリリアナは公爵から1歩離れると、習いたてのカテーシーを披露してみせた。
「おかえりなさいませ、おとうさま」
褒めてください!と言わんばかりのきらきらした目で見上げる娘をみた公爵は破顔した。
「我が家のやんちゃな妖精は小さな淑女となったのだな」
「わたしはもう5さいです!ちゃんとレディです!」
大好きな父に訂正を入れるリリアナに、母も周りの使用人達もくすくすと笑っている。
公爵は笑いながら、少し意地悪な顔をした。
「なるほど、それは失礼、レディ。 だが・・・レディとなると、父はもうリリアナを抱き上げてはいけなくなるな?」
う・・・とリリアナは困ってしまう。それはいやだ。
「お、おとうさまはとくべつにだっこしてもよいのです!おかあさまもです!」
「それは光栄だ、我が家の小さな淑女」
公爵は笑いながら片手に愛娘を抱き上げ、もう片方の手で妻をエスコートしながら屋敷へ帰る。温かな家族の光景だった。
公爵の2か月ぶりの帰還とあって、公爵邸は活気に満ちていた。厨房では晩餐の準備のために料理長が檄を飛ばし、メイド達も忙しく立ち働いている。
執務室に腰を落ち着けた公爵に、執事長がそっと紅茶を差し出した。
「私の留守中、なにか変わったことは?」
「奥様もお嬢様も、万事つつがなくお過ごしでございました。お坊ちゃまも学園にて励んでおられるご様子、お手紙にてお知らせくださっております。領内においては報告書がこちらに」
執務机に置かれた報告書に目を通していく。
「・・・北に新たな鉱床発見か。調査班を編成せねばならんな」
「さようでございますね」
「誰が適任か・・・」
「鉱床発見の報を持ってこられたのは北の地の首長様ですが」
「鉱床の規模によっては国と協議せねばならんが、まずは調査だな。ひとまずの人員としてその首長と一族の者、調査員は領内の専門家へ依頼を」
「かしこまりました」
幼かったわたくしはこの時、なにも知らなかった。わたくしのみならず、公爵家において、その先の未来を知り得た者はいなかっただろう。
この鉱床発見が、破滅の引き金となるなんて。
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