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「うわぁあああアアアアッ……!」


 その一歩は、自分でも恐ろしいほど力強く、軽々と畳を抉るほどだった。この頃の太文は、リリースしていることに気づいていなかったのだ。

 予想外の速度で迫り来る太文に驚いたらしく、ハゲ男の撃ち放った弾丸は的外れな方向へ飛んだ。


 勢いそのまま、太文は突進し、男を押し倒し、馬乗りになった。むろん、それだけで終わるはずもなく、どうすればいいのか分からなくなった。

 殴るのか。蹴るのか。首を絞めるのか。

 そうして迷っているうちに、乾いた破裂音が鳴り響き、横腹に激痛が走った。

 ハゲの男は、まだ銃を手放していなかったのだ。


「うぅ゛っ……」


「太文のおっちゃん……!」


 後ろから隼斗の声が聞こえた。しかし意識が飛びそうだった。


「守るんだ……隼斗くんを…………」


 ゆっくりと立ち上がり、スキンヘッドの男を見据える。

 腹から大量の血が逃げていく感触が不快だったが、太文はようやく拳を握り込んだ。戦うという決意だった。


 しかしその直後──。


「死ねえええ!」


 ハゲ男に、正々堂々戦うつもりなど毛頭なく、またもや銃口が太文の眉間に向けられ、発砲された。


 死ぬ──。

 人が弾丸を避けられるわけがない。

 ましてや、これまでスポーツですらまともにしてこなかった太文に、そんな芸当できるはずがなかった。


 ただ、彼の意志はとんでもなく強かった。

 一度死にかけた命ゆえの極致。

 あの日、死んだも同然だから、死ぬのは怖くない──なんてことはなく、死の淵に立ったからこそ、その恐怖が胸に刻まれている。

 それゆえ、彼の脳がリミットを解除することは、容易かった。

 弾丸が眉間に触れる直前、太文の全身に、強烈な電流が走り抜けた。そして同時に、青いオーラが吹き出す。


「──っ!?」


 自身でも理解できない体捌きで、易々と弾丸を回避した。

 そして無我夢中で、ハゲ男に飛びかかり、殴りつけた。不格好だったかもしれない。

 喧嘩すらしたことのない彼は、殴るという動作に慣れてなさすぎた。しかしパワーだけは一般人を圧倒するものであり、ハゲ男は一瞬で鼻血を出して気を失った。


 その後、外出していた京鹿が戻り、屋敷内に侵入した輩たちは一掃された。まるでハエをはたき落とすかのように、いとも簡単に殺して回っていた。

 普段、授業で見る彼とは少し異なり、狂気的だった。


 太文は腹に負った傷の治療のため、入院することとなった。とはいえ、撃ち所がよかったらしく、ほぼ後遺症は残らなかった。練炭自殺を図ったときと言い、今回と言い、相変わらずの運のよさに自分でも驚いた。

 無事、退院し、屋敷に戻ると、守道からひとつの提案がなされた。


「鬼咫。隼斗は中学に行く気になったらしいから、お前さんは俺の側近として働いてくれねえか」


「側近……ですか?」


 きょとんとする太文を見て、守道は白いオーラを解き放った。京鹿が身に纏うものと同じだった。


「それは……」


「やっぱり見えてるな。よし、決まりだ」


 太文の意思関係なく、守道の傍に仕えることが決定した。

 ただ、護衛という意味合いが強いため、まずは強くならねばならないということで、京鹿に稽古をつけてもらうことになった。これまで教師と生徒という立場だったが、それが逆転したのだ。


 脳の制限や太文が得た触式に関すること、そして政府が極秘に運営している特執と呼ばれる警察機関のことなど、様々なことを教わった。


 京鹿の訓練は、激しく、厳しかった。

 明らかに年齢は太文の方が上であったが、組織では歳の差などなんの意味も成さないものだった。

 しかし存外、太文には才があった。勉学に励んできた人生で、その可能性が埋もれていたらしく、みるみるうちに成長していき、組織では京鹿の次に強いとされるに至った。

 もはや京鹿に教わることはなくなったというところで、彼から最後の言葉を贈られた。


「父上と、おぼっちゃまを守る盾が、お前の役割だ。本来であれば私が担うべき任だが、他にやらねばならんことが多くある」


「えぇ」


「命を賭しておぼっちゃまを守ったお前になら任せられる。だが絶対に気を抜くな」


「分かりました。私もボスにはご恩があります。この命に替えても、守ってみせます」


「いい意気込みだ」


 そうして太文は、屋敷にいる時に限り、守道の傍に控えることになった。以前のように、襲撃された時のために。ちなみに守道が外出する時は、必ず京鹿が同行する。

 守道の護衛以外にも、京鹿の部下の世話を頼まれることもしばしばあった。


 それから、守道と話す機会は増えていった。

 これまで盲目のふりを貫いていたが、組織がどんなことをしているのかを聞くこともあった。しかし太文がイメージしている一般的なヤクザとは、少し違っていた。

 所謂、ケツモチと呼ばれる仕事や、特殊詐欺、金貸し。時には強盗も。だがそのターゲットとなる人物のほとんどが、国会議員を初めとした政府関係者であった。

 なにか理由があるのかと問うと、守道は答えた。


「復讐……させたいんだろうな」


「させたい? ご自分ではなくですか?」


 鬼咫が問い返すと、守道は笑わずに煙を吐いた。


「俺は運がいいから、復讐したいって恨みはねえ。でもうちにいるやつはみんな、なにかを恨んでる。お前さんも社会に踏み潰された身なら分かるんじゃねえか?」


 過去の記憶が一瞬、太文の脳裏にちらついた。静かに頷きながら口を開く。


「えぇ。なんとなく分かる気がしますね」


「だっはっは! だろうな!」


 豪快に笑う守道に、太文はわずかに口元を緩めた。

 しばしの間があり、ひとつ気になっていたことを口にした。


「ところで、この組織は隼斗くんには継がせないんですか?」


 守道は煙管を指で弾き、灰を落としながら答えた。


「あぁ。虫のいい話だが、あれには全うな人生を生きてほしくてな。ここは、人生の路線からあぶれたやつの集まりだ。だからあれには継がせるつもりはねえな」


「では、誰が継ぐのですか?」


 問いを重ねる鬼咫に、守道は少し視線を上げて空を仰いだ。


「ま、御門だろうな」


「彼でしたか。いえ、彼しかいませんね」


 太文は即座に納得した。京鹿には重圧を受け止める器がある。強さだけでなく、仲間に寄せる眼差しが、それを証明していた。


「そうだろう? あいつは他のやつほど地獄を見てないが、仲間を大事にするところがある。それに、強いしな」


 守道の声には、確かな信頼が滲んでいた。

 少し迷いながら、太文はさらに踏み込む。


「彼はボスのことを父上と呼びますが、血の繋がりがあるのですか? 隼斗くんとは兄弟というわけでもなさそうでしたが」


「あぁ、それはな、御門が勝手にそう呼んでるだけだ。孤児院育ちで、親ってのを知らないからだろうな」


「そうでしたか。危ないところでした。本人に直接聞こうかと思っていましたから……」


「だっはっはっ! そのくらい聞いても怒らんさ──鬼咫よ。御門はまだまだ若い。もし俺になにかあった時は、お前さんが面倒みてやってくれ」


 その言葉に、太文は少し眉をひそめた。


「なにかあったらって、不吉なこと言わないでくださいよ」


「だっはっはっ!」


 守道はまたしても、大きな口を開けて笑い飛ばした──。


 時は流れ、隼斗が中学を卒業した直後のことだった。

 その日も太文は、屋敷の奥で守道の身辺警護についていた。だが、突然守道から「旧友が訪ねてくる」と告げられ、席を外すよう命じられる。

 面会の詳細は伏せられたままだったが、守道にはオーバーアビリティがある。よほどのことがなければ、自身の身を守る術に困るまい──そのときの太文は、そう信じていた。


 しかし、そのよほどのことが、現実となった。


 数十分後、屋敷の奥から血の匂いが漂った。駆け戻った太文が目にしたのは、掻き切られた喉元から血を流し、息絶えた守道と隼斗の姿だった。

 守道の言う旧友の姿は、そこにはもうなかった。


 現実を理解できなかった。

 護衛として命を賭して在るべきその時、自分は別室で、ただのうのうと茶を啜っていたのだ。


 その後、連絡を受けて戻ってきた京鹿に問い詰められた。「なぜ傍を離れた」──と。

 太文は、命じられていたことをありのままに話した。だが、京鹿は何も言わず、納得の意を示すことはなかった。


 殴られる覚悟はあった。罵倒されても、殺されてもいいと思った。だが──京鹿はただ、太文の胸ぐらを掴み、それきり、力を抜いた。

 その手の冷たさと静けさが、何よりも重かった。


 組織の頭目が命を落とすと、すぐに後継を巡る醜い争いが始まった。

 実力で言えば京鹿を推す声が大きかったが、古参の年長者たちは彼を快く思っていなかった。守道の死後、それぞれが己の影響力を誇示し始め、組織内には複数の派閥が生まれていた。

 一部では武力による主導権争いも発生し、ついには派閥間での小規模な内戦すら勃発する事態にまで発展する。


 混乱が極まる中、京鹿は沈みゆく船を見限るでも、頭上から支配するでもなく、派閥の責任者たちを一堂に集めた。話し合いの場と称しながらも、その実態は、組織の強制的な解体宣言であった。


「堅気に戻る気がないのなら、自らの旗を掲げろ。だが、もし菫の名を貶めるような真似をすれば──皆殺しにする」


 その言葉に嘘はなかった。静かながらも確かな殺意を孕んだ京鹿の宣告に、反論できる者など一人としていなかった。

 名ばかりの忠誠は沈黙に変わり、組織は京鹿の言葉どおり、名実ともに瓦解していった。


 組織の解体から間もなく、京鹿は太文の前に現れ、血走った目で命じた。


「父上とおぼっちゃまを殺したやつを探せ。どんな手を使ってでも」


 当然、太文は二つ返事で引き受けた。


「分かりました」


 守道には、教育者としての道を与えてもらった恩がある。隼斗にも、守道と繋げてもらった恩がある。


 復讐だ。

 これは組織全体で果たさねばならぬ、最優先事項なのだ。


「お前の弱々しい口調は今日で終わりにしろ。そしてワイラーと名乗れ」


 そうして太文は、京鹿から受け取った黒い犬の仮面をかぶり、過去の自分を隠すようになった。


 その頃から、京鹿の心は壊れていった。部下を殺し、罪なき一般人を殺し、どんどん彼の心は冷えていった。


「ワイラー。あとは俺に任せてくれるかな」


 九頭零士の、そんな慈悲深き言葉が聞こえた頃には、ワイラーはもうすでに仰向けに倒れていた。

 数秒前の記憶が、遅れて脳に流れ込んでくる。その感覚を、ワイラーは覚えていた。


 そう──目の前の相手は、見事にフリーズを引き起こしたのだ。

 極限状態のなかで、敵は限界を超えた。一枚どころではない。二枚も三枚も上手だった。敵う相手ではなかった。

 しかし、ワイラーは、内心ホッとしていた。

 守道に託された京鹿を、京鹿の心を、自分には守ることができなかった。その力も、意志も、足りなかった。

 だが零士はどうだろう。

 正義を貫く根性だけではない。彼の目には、友人を想う哀愁のようなものが垣間見えた。

 やはり自分は間違っていた。自分自身も、守道や隼斗の仇を討ちたいと躍起になってしまっていた。

 本当なら、零士のように真正面から道を正すべきだったのだ。

 しかしもう大丈夫。彼なら、元の京鹿に戻してくれる。

 そう願う──。

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