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 数秒間の静寂。

 まるで時が止まったかと思えた直後──空気が一変。

 ファウンドの体から、紫色のオーラが噴き出し、周囲を包み込んでいく。その目には、もはや人間の痕跡すらなく、ただの獣のような凶暴さが宿っていた。


「二人ともっ……!」


 終始冷静だった花染が声を荒げ、即座にファウンドをめがけてライフルを振りかぶった。

 むろん、彼女が焦る理由を察した真壁や燐仁も追随し、三方向から一気に攻撃を仕掛ける。

 ファウンドの正面から花染の鈍器が。左側からは燐仁の一刀が。背後からは真壁の拳が迫る。


 しかし──。


「グゥルァァアアアアアアッ!」


 いつの間にかファウンドの手に握られていたハンマーアックスがグルリと回転し、凄まじい風圧と衝撃波が巻き起こる──いとも簡単に三人とも弾き飛ばされてしまう。

 花染は岩に叩きつけられ、燐仁は折れた木々の上を転がった。

 幸い、真壁は茂みがクッション代わりとなり、ダメージはほぼなかった。

 すぐにそこから這い出て、戦線に復帰すると、彼女の耳に響いたのは、風の音でも、仲間の声でもない。

 獣の呻き声──濃い紫のオーラを纏う、ファウンドが立っていた。


 その後、地響きのごとく低い声を漏らしながら、ファウンドは自分の腹に視線を落とした。そして深々と刺さったままだった日本刀を、自らの手で掴み、引き抜く。

 多量の出血を伴い、真っ赤に染め上げられた刀身が露わになったが、ファウンドに苦痛の色はない。むしろ、その双眸は血走り、紫色のオーラが一層激しく燃え上がる。

 右手にハンマーアックス。左手に血塗られた日本刀。異様な二刀流スタイルとなったファウンドは、再び唸る。


「グゥルルルル……」


 京鹿が完成を目指していたFRCとやらは、強制的にリリースさせる薬だと言っていた。リリースどころか、バーストしているファウンドがランペイジ状態になったということは、彼が自身に投与した薬が府上刑務所で使用された未完成のFRCか、或いは、その調合過程で得た副産物といったところだろう。

 いずれにしても、危険な薬であることは明白。一刻も早く無力化せねば。

 そんな焦燥感に駆られる真壁の前から、ファウンドが消えた。

 刹那──傍らにいたはずの燐仁が宙を舞った。


「かはァッ……!」


 いつの間にか肉薄していたファウンドが振るったハンマーアックスが、彼女を叩き飛ばしていたのだ。

 真壁はゾッとしていた。もはや回復しきっていた聴式をもってしても、予備動作の音すら聞き取れなかった。

 それはファウンドの動きが、音速と同等か、もしくはそれ以上ということ。


「次来るわよ!」


 愕然としていた真壁の耳に、花染の声が届いた。

 すぐさまファウンドを見据え、構えるが、さきほどまで捉えていた彼の姿はもう、そこにはなかった。

 かろうじて背後から感じる気配を頼りに振り返ると、日本刀を振りかぶったファウンドと目が合う。


「っ……!」


 体を後ろに反り返らせ、すんでのところで回避。逃げ遅れた前髪がパツンと切られるのが見えた。

 しかし斬撃は止まらず、真壁はバク転を織り交ぜながら体を捻り、間一髪のところで避け続けたが、限界に達する。

 日本刀を回避した直後、真上からハンマーアックスの刃が迫った。


 全力だった──。

 全身全霊で体が反応していたが、ファウンドの猛攻に対応しきれなかった。

 兜を割られ、又にかけて真っ二つに両断される。そんな無惨な姿となった未来の自分が見えたその時。


 ガギンッ──。


 金属音が轟いた。

 尻餅をついた真壁が見上げると、花染がライフルを掲げてファウンドの斧を受け止めていた。


「華澄! ボサッとしない!」


 真壁は懐かしさを覚えていた。

 ずいぶん前だが、彼女が特執に入って間もない頃、一度だけ花染と共に任務に出たことがあった。その時は、彼女は自慢のスナイパーライフルを持っていく必要はないと判断し、手ぶらだったのを覚えている。

 正にいまのように、目標のニュークにとどめを刺されそうになっていた時、ギリギリのところで彼女が救ってくれた。その絶妙なタイミングがゆえ、真壁はバーストすることに成功した。

 後々聞いてみると、花染はバーストの可能性を踏まえ、直前まで助けに入らなかったのだとか。もしそれで手遅れになっていたらどうするつもりだったのかと強く出たいところだったが、結果的にバーストできたのは彼女のおかげでもあるため、過ぎてみれば感謝の気持ちの方が大きい。


 バーストしてからの真壁は、めまぐるしい勢いで強くなり、間もなく先輩の手を借りる必要はなくなった。それゆえ、花染と二人で任務にあたったのはそれっきりだが、いつも会う度に優しく気にかけてくれる。他の捜査官には冷たいようだが、どういうわけか真壁には微笑みさえ見せる。


 そんな花染のことを、心から尊敬している。

 だからこそ、いま、恩を返すのだ。それが筋というものだ。


「はい!」


 目の前にいた花染の脇から飛び出した真壁は、力一杯に拳を握り込みながらファウンドの真横に踏み入った。

 そしてガラ空きになっている横腹に、全身全霊の右ストレートを捻じ込む。


「っ……!」


 残念ながら、拳は空を切った。やはりランペイジ状態となったファウンドの身体能力は、人間離れどころの話ではなかった。


「グラァァウウッ!」


 さきほどまで、ハンマーアックスを花染に弾き返され、わずかに硬直していたはずのファウンドは、その巨体からは想像できないほど軽やかに浮遊していた。ランペイジ状態になる前の彼とは違い、両手に握る凶器は手放さず。


 一方、力み過ぎたせいか、渾身の一撃を躱された真壁は、大きく体勢を崩してしまった。その隙を逃さず、ファウンドが銀色の刃を振り下ろす。


「華澄!」


 花染の叫び声が聞こえるや否や、横合いから衝撃──いつしか復帰していた燐仁に突き飛ばされた。地面を転がり、なんとか受け身を取って体勢を整え、顔を上げる。


「あぁぁッ……!」


 燐仁の痛々しい声が鳴り、空中に霧散する血飛沫が月明かりに照らされていた。


「物部さん!」


 真壁の叫喚も虚しく、胸元から腹にかけて斬られ、跪いた燐仁は、ファウンドの強烈な蹴りによって宙を舞い、やがて木に激突した。


「いい加減に……しなさい……!」


 すかさず花染がファウンドに急接近し、ライフルを振るう。さすがに後輩が痛めつけられ、彼女も熱くなっているらしい。それは真壁も同じだった。

 しかしその激情は、戦いにおいて足手まといでしかない。

 常軌を逸した風圧を纏った花染の一撃は、やはりというべきかファウンドには届かなかった。


「ガァウッ!」


 威嚇とも取れる声を漏らした獣は、地面スレスレのところまで体勢を落とした。花染が振るった銃身は、ファウンドのたてがみのような金髪を撫でるようにして通り過ぎる。

 もちろん、ファウンドはとどまることを知らず、起き上がりざまにハンマーアックスを振り上げた。


「くっ……!」


 鉄の塊が、がら空きになっている花染の腹に捩じ込まれた。

 肋骨が粉砕される音が鳴り渡り、彼女は高く舞い上がる。月を背景に、花染の姿とライフルが浮かび──地面に叩きつけられた。


「グゥルル……」


 依然として、呻き声を響かせるファウンドは、ゆっくりと真壁に向き直った。残るはお前だけだ──とでも言いたげに。


「やはりダメですね、私は……」


 燐仁も、花染も、無惨にも散った。それも自分を守るために。


「私には……」


 先輩にも、後輩にも守られて、いままでなにをしてきたのだろう。やはり自分には人の命を守るなど、ただの驕りだったのかもしれない。


 以前にも似たような状況に陥ったことがある。それは貨物船でファウンドと戦った時だ。

 またこうして、自分を卑下し、諦める理由を探している。そんな自分に嫌気がさしたその時、天若陽暈の顔がよぎった。

 あの時、彼が助けてくれなければ、自分はいまこうして息をしていなかっただろう。

 では、また彼の助けを祈って待つのか。待つしかないのだろうか──。


「いや、そうじゃない……」


 あの時、誓った。


「そんなわけない! 私は……!」


 守れなかったあの子たちに誓ったのだ。


「ここで揺らいでいては、浮かばれない!」


 そう。あの日、守れなかった園児への償いを。贖罪を。


「私は! 負けない……!」


 冷静沈着が売りである従来の自分とはかけ離れていることは気づいていた。こんなに声を張り上げたのも、初めてだった。

 ただ、どういうわけか気分がいい。 

 これまでの人生で最も力が漲っている気がする。これが闘志というものなのだろうか。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 仲間を傷つけたこの獣を、倒す。人の助けを求める弱い自分は捨てる。そして彼のように──天若陽暈のように、強く生きるのだ。


「グルゥルル……」


 正直、目の前に佇む怪物は恐ろしい。だがそれが諦める理由にはならない。


「真壁華澄、参ります!」


 このうえない集中により、ファウンドの荒い鼓動が聞こえ始める。強く握った拳を構え、一瞬にして距離を詰めた。


「ヴラァアアアアウゥッ!」


 雄叫びと共に、ハンマーアックスの刃が眼前に迫った──身を捻り、間一髪のところで回避。

 勢いそのまま懐に飛び込む。


「はぁぁああッ!」


 引き込んだ拳を全力で振り上げる──ファウンドの顎にヒット。ついにランペイジ状態の彼に、攻撃が届いた。

 しかしその巨体は揺らぐことはなく、即座に日本刀の柄が迫る。

 月光のおかげでくっきりと視認できるその刃を、真壁は軽々と躱した。その時、彼女は違和感を覚えた。


 ファウンドの動きが、鈍り始めている。


 だからこそ、彼の攻撃が視認できるし、聴式によって動作の予測ができている。

 いくら闘いの炎を燃やし、いつも以上に体が軽いといえど、さきほどまで圧倒されていた実力差が覆るとは思えない。だとすればやはり、ファウンドに限界が近づいている。


「そこッ!」 


 二手、三手。


「倒れないなら!」


 頬──腹、そしてみぞおち。間髪いれずに拳を叩き込む。


「倒れるまで!」


 ファウンドの振るうハンマーアックスと日本刀を回避しながらも、拳を捻じ込み続ける。一般人なら一発でノックアウトできるほどの威力のパンチを、幾度となく当て続けた。


「はァッ……!」


 そうして放った渾身の一撃は、ファウンドの頬にクリーンヒット──巨躯が大きく揺らいだ。


「グゥッ……!」


「まだッ!」


 覇気を放った真壁が繰り出す殴打連打。あらゆる箇所に、とめどなく叩きこまれる拳。

 その手数の多さに、反撃の機を失ったファウンドは、両手に握っていた武器を手放し、完全に受け身状態となる。大木のように地面に根を生やし、ビクともしなかった巨体が、徐々に押し下がっていく。


「まだ……!」


 普段は日本刀を主な武器とし、殴り合うことなど滅多にない。さりとて、刀がなければ戦えないような軟弱者でもない。丸腰でも、誰かを守るためなら戦う。それが特執捜査官の役目なのだ。


「ハァァ゛ッ!」


 咆哮──持てる力を使い切った最後の一撃。

 真壁の強烈な正拳が、ファウンドの鳩尾に向かって突き進んだ。


 しかし──。


「なっ……!?」


 みぞおちに深々と沈むはずだった真壁の拳は、いとも簡単にファウンドの手のひらに阻まれていた。そして極度の集中状態により、息をすることすら忘れていた彼女は、酸素が足りず、視界が霞んでしまう。


 次の瞬間、左頬に重い痛みが走り、浮遊感に包まれた。


「うっ……」


 ただ殴られただけではない。鋼鉄で強打されたその感触から、義手でぶん殴られたことは明らかだった。そしてその衝撃により、宙を舞っていた。

 やがて、無事に顔面から着地。


 脳が揺れ、焦点が定まらない。

 地面に手をつき、起き上がろうとするが、膝が震えて全身に力が入らない。あれだけ漲っていたパワーも、まるで感じない。いつしか、纏っていたはずの緑のオーラも、すっかり消えている。

 膝をつき、かろうじて振り返ると、狂乱のファウンドが、もはや四足走行でこちらに駆けてきていた。


「グゥああああアアアアア゛ア゛」


 仮面も相まって、犬──否、狂犬。


「──っ……!」


 ここまでか──。


 まともに体が動かず、意識を保つのがやっとだった真壁が覚悟したその時だった。

 目と鼻の先まで迫った狂犬は、急遽、足を止め、なにかに縛られているかのように硬直した。


「ガッ……カハァッ……ガ」


 自身の首に両手を巻きつけ、なにやら苦しみ始めた。心なしか紫のオーラも乱れている。


 間違いない。

 ランペイジの限界が、すぐそこに。


 千載一遇のチャンス──。


「華澄! 伏せて……!」


 背後から、花染の声が響き渡った。

 考えるよりも先に、真壁はその言葉に従った。立ち上がろうと必死だった全身の力を抜き捨て、倒れるようにして地面に伏せる。


 直後、頭上の空気が揺らいだ。


 ズシュンッ──。


 空気が一線に裂け、音にならぬ閃光が闇を貫いた。

 ファウンドの胸元、ちょうど心臓の位置に、鋭い穴が一つ──赤黒く、瞬時に広がる血の花。


「……グア、ァ……」


 呻き声が、掠れた息のように漏れた。

 ファウンドの巨体がぐらりと揺れ、巨木のようなその両腕が、糸の切れた操り人形のように垂れ下がる。そして足元から崩れ落ちた。

 それは、獣の本能が唐突に絶たれたかのような、呆気ない幕切れだった。戦いの中にあった凶暴性も、猛々しさも、どこにも残っていない。


 そして──。


 ファウンドの周囲を取り巻いていた紫のオーラが、ひと筋の煙のようにふわりと漂い、やがて音もなく掻き消えていく。

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