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 念のためコピーしたメモを提示し、問い詰めたところ、医師はあっさりと認め、茉菜は拍子抜けした。そして、「きみには特別に見せてあげよう」という、どこか含みのある医師の一言によって、茉菜は病院の地下室へと誘われた。

 そこには、仰々しい装置が無数に立ち並び、透明のケースの中に認められたのは、大量の臓器だった。


 嘔吐感をおさえながらも、茉菜は医師に説明を求めた。


「きみの兄には、臓器移植を待つ猶予が残されていなかった。だから私は彼に提案した。世界で苦しむ人々のために死なないかと」


 ケース内に浮かぶ臓器を眺めながら、医師は淡々と続ける。


「彼は二つ返事で快諾してくれたんだ」


 健太の懐の深さや、他人に迷惑をかけたくないという行き過ぎた優しさを加味すれば、ありえない話でもない。ただ、茉菜は素朴な疑問を呈した。


「腎臓と骨髄は、臓器売買の市場で高値がつくんですよね。どうして、その二つだけを摘出したんですか」


 彼女の質問に、医師は動揺を見せた。だがすぐに、フッと噴き出した。


「はっはっはっ! お嬢さん、若いのに鋭いんだな」


「……?」


 むろん、医師が嘲笑した意図は汲み取れなかった。こんなに真面目な話をしているのに、笑える神経を疑った。

 しかしすぐに、笑った理由も、地下室へ案内された理由も察した。


「その通り! 骨髄と腎臓はね、莫大な利益を出してくれるんだよ! きみ、中学生だよね? よくそこまで調べたな!」


「やっぱり、兄を見殺しにしたんですね……」


「当然じゃないか! 助成金のことも知らない情弱な親だと分かった時は、カモがネギをしょってくるって本当にあるんだなって思ったよ! きみたちのおかげで私は美味い飯が食える! 心から礼を言うよ! ごちそうさま!」


「そう…………ですか……」


 心の底から憎かった。できることならこの場で殺し、兄の仇を取りたかった。

 しかしここで取り乱してはならないと、必死に堪忍袋の緒を絞め、茉菜は部屋を出ようとした。


「それじゃ私はこれで。あとは警察に相談します」


 扉に足を向けると、入り口に男が立っていた。坊主頭でガタイが良く、眼球が薄っすら透けて見えるサングラスをかけていた。明らかに堅気ではない男だった。


「悪いけど、これを見せたからには、きみの臓器もしっかりいただくよ」


 後ろから医師の声が聞こえるや否や、両腕を掴まれ、動きを封じられてしまった。


「やめて……!」


 もちろん大の大人に力で敵うはずもなく、押し倒されてしまう。


「悪いがあとはお願いするよ」


「うぃーっす」


 医師に頼まれた坊主の男は、背に回した茉菜の双手を引き取った。その後すぐ、首元に強烈な衝撃が走ったところで、茉菜は意識を失った。


 次に目を覚ましたのは、寝台の上。身動きが取れぬよう手足はもちろん、腰も首も台に固定されていた。

 傍らには、水色の衣服を身に纏い、マスクをしたれいの医師が佇んでいた。彼の手に握られた銀色の鋭い刃を見て、全て察した。


「目覚めたかね」


「たず…………助けて…………」


 吹き消えそうな声で懇願した。


「残念ながらそれはできない」


「助けっ……助けて!」


 徐々に声帯が、その機能を取り戻していく。


「助けてぇぇえええ! 誰かあああアアアアッ!」


 必死に叫んだ。部屋の外にいる人へ。届かぬならこの建物の外を歩く人へ。


「誰か助けてエエえええええええ!」


 誰も来ない。来る気配がない。


「はーいじゃあちょっとチクッとしますよー」


 全くもって情けのない男は、平然とメスを茉菜の胸部に添え構えた。


「やめてえええ! 誰かああああ!」


 茉菜は後悔していた。どうして両親に相談しなかったのだろう。どうして警察に相談しなかったのだろう。やはり中学生の子供が首を突っ込んでいい話じゃなかったのだと。


 全身が凍りつくような感触が皮膚に伝わった瞬間、強烈な電流が走った。爪先から頭頂部まで、ビリリと走り抜けた。


「いやぁぁあああああああアアアッ……!」


 咆哮と共に、拘束されていた体が自由を取り戻し、いつしかその衝撃により医師を押し飛ばしていた。


「だはっ……!」


 尻餅をついた医師は、マヌケな声を漏らし、目を丸くした。


「なんだ!? なにが起きた!?」


 この時、茉菜は奇妙な感覚に包まれていた。力が溢れ出し、いまだけは誰にも負ける気がしない。衣服が剥ぎ取られ、全裸であったがなにも気にならなかった。


 腰を抜かした医師の元へゆっくりと歩み寄る。


「ちょっと、待ってくれ! すまなかった! 許してくれ! 金なら支払う……!」


 そんな命乞いは、茉菜の耳には届かない。


「返せよ」


 医師を見下ろし、低い声で要求した。


「返す……! 金なら返す! だから頼む!」


「ケンちゃんを返せよ」


「け、けん………!? なんだ!? 肝臓のことか!? 返す! 臓器は全部……!」


 ほぼ無に近かった茉菜の感情は、医師のふざけた提案により、怒り一色に染め上げられた。


「頼む! 助け──」


 その憎い声が、生理的に受け付けないと感じた茉菜は、無意識のうちに医師の顔面に膝を叩き込んでいた。壁面と膝に挟まれた彼の頭部は、無残にも粉砕し、脳の具が飛散した。


 まだまだ腹の虫がおさまらなかった彼女は、頭部を失った人形を、踏みつけた。何度も何度も踏みつけた。

 素足のせいか、骨が折れる感触がダイレクトに伝わってきたが、構わず踏み潰した。


 ひとしきり肉片を飛び散らせたところで、背後で靴音が聞こえた。慌てることもなく、堂々と振り返ると、そこには黒い犬の仮面をかぶった黒ずくめの不気味な男が立っていた。

 吸い込まれるような青い目と視線を交わす。


「貴様の復讐は、それで終わりか」


 なにを言いたいのか分からなかった。兄の仇を討ったいま、これ以上にどんな復讐があるのだと、疑問に思った。


「終わりなのかと問うている」


 初対面で、なにをズカズカと踏み込んでくるのだこの男は──と、苛立ちを覚えた茉菜は、男に向かって無言で拳を振り上げた。

 その瞬間、男の全身から煙のような白いオーラが解き放たれるや否や、腕を捕まれてしまう。


「……っ!?」


 全身を満たしていた力の奔流。誰にも止められるはずがない──そう信じた矢先のことだった。

 茉菜は一瞬、何が起きたのか理解できずにいた。振り払おうと力を込めても、男の手はびくともしない。自分の熱が、一気に冷水を浴びせられたように引いていく。


 その目を見た瞬間、息が止まった。

 感情の読めない青い瞳が、まるで彼女の奥底まで見透かしているようだった。


 逃げなきゃ、という本能がようやく喉元まで上がってきたその時、男の腕に茉菜の体がぐっと引き寄せられた。


 抱擁──。


 冷たい目に反し、彼の胸は温かかった。思わず茉菜の心に動揺が走る。


「お前の行いは正しい」


 耳元で囁かれた肯定の言葉に、さらに狼狽する。


「私と来い。そして復讐するのだ」


「復讐って……?」


 対話ができると分かったからか、男は優しくほどいた手を、茉菜の両肩に添え、再び目を合わせた。


「お前が殺した医者のようなクズが、この世には腐るほどいる。そんな人物を裁き、臓器を欲する患者に届けるのだ」


「そんなの……同じじゃん……」


「似て非なる。お前の兄のように、臓器移植を希望する者を生かす。それこそがお前の復讐、そして贖罪なのだ」


「贖罪……」


 その言葉を聞き、自身が犯した罪をようやく痛感した。そう、もう人殺しという意味では、そこかしこに転がる肉片と同じなのだ。

 その事実に気がつくと、大量の滴が眼球に押し寄せた。


「私……あぁ……ああああああ……!」


 取り乱すと、再び男に抱き寄せられた。今度はさっきよりも強く、押さえつけられるように抱き寄せられた。

 しかしそれは仕方のないことだった。いまや、常軌を逸した筋力の茉菜を押さえるには、力をもって制すしかないのである。


「もう一度言う。お前の行いは、なに一つ間違っていない」


 おぞましいとさえ感じていた男の声が、柔らかく聞こえ始める。


「悔やむことなどない」


 凍てつく心が、男の声によって溶けていった。


「……うん…………」


 そうしてしばらく胸を借り、ようやく冷静さを取り戻すと、男は犬の仮面を手渡してきた。


「お前はこれから、ルージと名乗れ」


 過去を洗い流すように、茉菜は自身の名を捨て、新たな名前と仮面を受け入れたのであった。


「おーい、聞こえるっすか?」

「嬢ちゃん。聞こえてんのかー?」


 頭の奥を焼くような痛みに耐えながら、ルージは重たい瞼をこじ開けた。

 視界の端に滲んでいた影が、はっきりと輪郭を持つ──真っ青なスーツの大男。そしてその隣で真っ赤なスーツの女がしゃがみ込み、じっとこちらを覗き込んでいた。


 先ほどまで、確かに彼らを手玉に取っていたはずだった。それが、いまや逆の立場。

 ふたりの口元が動いている。何か言葉を発していることはわかるが、その音が届かない。

 違和感。それはすぐに、確信に変わった。

 耳が──聞こえない。


 鼓膜が破れている。そう直感した瞬間、大男の、あの異常な絶叫を真正面から浴びた記憶が、頭の芯を突き刺すように蘇った。

 体が一切動かないのは、特執が持つ特殊な拘束器具、インヒビターとやらのせいだろう。


 そう──自分は負けたのだ。

 聴式は、聴覚が鋭くなることがなによりもアドバンテージになるが、その弱点は、音に敏感になり過ぎるということ。もちろん、大声で叫ばれたり、銃声などを聞くと、いつも以上に体が反応してしまう。

 さりとて、聴式を解けばバーストアビリティという利を捨てることになる。そこをうまく利用されてしまったのだ。

 完敗だ。もっと慎重に戦うべきだった。


「嬢ちゃんさっき、バラバラにされるけど人の役に立てるて言うたよな。なんのことかよう分からんけど、誰かの役に立つことがええことやと思えてんねやったら救いはある」


 ようやく、かすかに音が聞こえるようになってきたが、ずいぶん遠い。そんなことなど汲み取る気はないらしく、大男は話し続けている。


「たこ焼きっちゅうのはな、初めはグチャグチャになって、失敗や思うんやけどな、案外最後は丸なんねん。人生も一緒や」


 よく分からないが、こんな状況でたこ焼きの話をしているらしい。体格からして、よく食べて大きく育ったのだろう。


「とにかく、嬢ちゃんはここで大人しくしててや」


 その後、どういうわけか微笑んだ大男は、ルージの肩をポンと叩いて立ち上がった。そして、赤いスーツの金髪の女の肩を借りながら去っていった。


 ルージは心の中で大きくため息を吐いた。


 因果応報だ──。


 多くの人を殺し、臓器を売りさばいてきた。といっても、金のためではない。あの時、京鹿御門から助言された復讐と贖罪を果たしてきただけだ。


 ただ、これだけは分かる。


 ──もう、兄には会えない。

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