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 真壁華澄は、銃弾の雨をかいくぐり、自らの日本刀で戸を一閃。木の繊維を裂く鋭い音とともに、燐仁を連れて屋内へと転がり込んだ。

 その瞬間、まるで彼女たちの侵入を歓迎していたかのように、外で鳴り響いていた銃声がぴたりと止んだ。


 息を潜めながら見渡すと、そこは不釣り合いなほど整えられた和室だった。畳は新しく、襖には埃一つない。だがその静寂には、どこか薄気味悪さが漂っている。

 そして──その中心に立っていたのは、真壁にとって忘れ難い、宿命の相手だった。


「なんだテメェか」


 お馴染みの黒い犬の仮面をかぶり、凶悪な武器──ハンマーアックスを担ぎ上げる金髪の男。ライオンのたてがみを彷彿とさせるその容姿は、間違いなくファウンドであった。凶器に褐色の斑点がないことから、新調したことが窺える。


「あなたは……」


「ちっ。陽暈じゃないのが残念だが…………殺し損ねたやつが来たんだ。許してやるか」


「師範」


 すぐそばに身を寄せた燐仁は、腰に据えた日本刀に手を添えた。


「えぇ。ファウンドです」


「やっぱ顔だけはいいんだよなあ! そっちの姉ちゃんも悪くねぇ。どうだ、ここで死ぬくれぇならその体、売ってみねぇか?」


 フッサフッサとたてがみを揺らしながら、ふざけた提案をしてくるファウンド。むろん、真壁は軽蔑の眼差しで突き返す。


「ありえませんね。一昨日来てください。相変わらず人身売買に手を出しているのですか」


「あたり前ぇだろーが。あんな金になる仕事、他にねぇからな」


「そうですか。物部さん、準備はいいですか」


「もちろんです」


「おー怖い怖い。あんだけ船の上でボコボコにしてやったのに忘れちまったのか」


 憎たらしい声で挑発してくるが、真壁の心は一切乱されていなかった。

 確かに、貨物船の上では苦戦を強いられたことは認める。しかしあの時は、ほぼ聴式の本領を発揮していなかった。


 では、いまこの瞬間はどうだろう。銃声も鳴りやみ、静けさが一帯を飲み込んでいる。もはやファウンドの鼓動まで聞こえてくる。そして自分と同じ戦闘スタイルでかつ、互いの動きを知り尽くしている相棒。燐仁がいれば負ける要素などないのだ。


「参ります!」


 抜刀した刀を絶妙な角度に構え、ファウンドの元へ駆ける。刃を透過させ、間合いを悟らせない高等技術。一度彼に見せているが、そう簡単に対処できるものではない。

 出し惜しみはしない。なぜならファウンドが一筋縄ではいかないことを、心得ているからだ。


 俊足の真壁に続き、燐仁もまた、刃を平行に保ちながら続く。完ぺきとは言えぬまでも、彼女にも刀身を隠す技量はある。二振りの見えぬ刃が猛然と襲いかかれば、並々ならぬ手練れでもそう易々と回避できまい。


「甘ぇんだよ時代遅れの侍どもがぁあああ!」


 雄叫びを上げながら、ファウンドはハンマーアックスの平らな部分を真横に振るった。だがその動きは、真壁の聴式を持って予見していた。


 重心を伴って踏み込まれた右足が、畳に深く沈み込む音。巨大な凶器をコントロールすべく、強まった握力による摩擦音。力む前触れとして現れる、独特な呼吸音。

 それら全てを聞き分け、次の行動を悟ることができる聴式は、条件さえ整えば京鹿の未来視にも匹敵するほど強力な能力なのである。

 鉄と鉄が擦れる甲高い音を響かせながら、真壁の刀がファウンドの鉄塊の軌道を変えた。


「ハイッ!」


 斜め上に逸れたハンマーアックスを潜るように避けた燐仁が、横一線に一太刀。

 腹部を切りつけられたファウンドは、呻き声にも似た息を漏らしたが、一歩も引かずに次の攻撃に転じる。


「ふんんんぬぅぅうううおおおおおらぁぁああああ゛」


 意図せず振り上げられたハンマーアックスは、軌道を翻し、今度は鋭い刃が真壁と燐仁を目掛けて振り落とされる。

 むろん、真壁はその動きも予見していた。いまやガラ空きとなった右わき腹に、渾身の前蹴りを叩き込む。


「ぐっ……!」


 クリーンヒットし、その巨躯が宙を舞った。

 凱亜と比べれば小ぶりだが、ファウンドの身長は二メートル近くある。対照的に、平均身長を大きく下回る真壁からすれば、巨人と言っても過言ではない。

 本来であれば、そこまでの体格差があると、いくら全力で蹴ったとしても、飛ばせることはありえない。だが脳の制限を解除している者同士の戦いにおいては、その限りではないのだ。


「次です!」


 真壁は燐仁に、蹴り飛ばしたファウンドへの追撃を指示。


「ハイッ!」


 休ませる間を与えず、燐仁が刀を腰付近に添え、正確無比な斬撃を浴びせようと跳躍したその瞬間だった。


 彼女の足元に、何かが滑り込んだ──直後、金切り音とともに、爆ぜる。閃光と衝撃。燐仁の体が横へ弾け飛んだ。

 距離があった真壁でさえ、爆発の音響により、その聴覚が乱された。


 ファウンドがポロリと落とした爆弾は、真壁や燐仁の持つバーストアビリティを一時的に無効化できる音響兵器であり、効果は抜群だった。


「うぐっ……!」


 壁に叩きつけられ、呻き声を上げた燐仁は刀を落としてしまう。

 研ぎ澄ましていたがゆえに、爆発による音の刺激は凄まじく、真壁は歯を食いしばって耐えしのぐことしかできなかった。


 そうして動きが鈍った隙を見逃してくれるはずもなく、ファウンドのハンマーアックスが真壁の眼前に迫る。


「──ッ!」


 命中は避けられたものの、真壁の肩を刃が掠めた──皮膚が裂け、鮮血が舞った。驚異的な風圧により、彼女の足元がよろめく。


「ふんぬぅぅうおおおおおらぁッ!」


 ファウンドの咆哮が、砲声のように室内を揺らす。立て続けに振るわれるハンマーアックスの一撃は、その場の空気を軋ませ、畳の目を断ち切った。


 すんでのところで二撃目を回避した真壁は、かろうじて構えを崩さずに後退。

 聴覚がだめならと、視界に頼ろうとするが、ファウンドの動きは人間離れしていた。膂力に物を言わせ、重力を逆手にとって巨体をしならせ、武器の軌道を捻じ曲げてくる。斬撃ではなく、空間そのものが歪められるような圧。


 以前戦った時もそうだった。彼の強みは、その純粋な戦闘スキル。聴式というアドバンテージを失ったいまでは、かなり手強い相手だ。


「逃げてばっかじゃ勝てねぇぞゴラァァァアアア!」


 とめどなく、踊るように振るわれるアックスハンマー。

 いつしか戦線に復帰していた燐仁の頬を、鋭利な刃が切り裂いた。血飛沫が頬を離れ、空中に弧を描く。

 続けざまにハンマーアックスを手放したファウンドの裏拳が打ち込まれるが、即座に真壁が刀身で受け止めた──だがあまりの衝撃の重みに、退けられてしまう。


「くっ……!」


 周囲の音を再び探ろうとするが、爆音の残響が耳の奥でノイズのようにこびりついて離れない。


「師範! 一旦外へ……!」


 燐仁が必死に訴えかけてくるが、その提案は許諾できない。


「なりません! おそらく外は囲まれています……!」


 先刻、無数の弾丸を撃ち放った多数の構成員が待ち構えているに違いない。そこに聴式なしで飛び込むのは、もはや自殺行為。

 とにかくどうにかして、聴覚が正常に戻るまでの時間を稼がなければ戦況は覆せない。

 真壁及び燐仁。意表を突かれ、万事休すか──。

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