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 諸々の会議を終え、ブラックドッグ本拠地の制圧作戦は、タイトなスケジュールながら、五時間後の深夜一時に予定されている。

 とはいえ、五時間の猶予があるため、一息つける。そう考えていると、陽暈のスマホに着信が入った。相手は零士だった。駐車場に停められた黒のセダンに来いとのこと。


 指示どおり、零士が乗る車両の助手席側の扉を開け、陽暈は腰を下ろした。


「悪いね。色々と大変な時に呼び出しちゃって」


「いや、なんか落ち着かないんで、むしろありがたいっすよ」


「そっかそっか。それならよかった」


 零士の横顔が、ほんのわずかに緩んだ気がした。けれどその表情もすぐに消える。

 陽暈は少し身を乗り出し、静かに問いかける。


「んで、なにかあったんすか?」


「御門のこと、ちょっと謝っておきたくてね」


「謝る? どうして零士さんが?」


 思いがけない言葉に、陽暈の胸がわずかにざわついた。


「実は、彼がああなったのは俺の責任でもあるんだ」


 その声には、確かな罪の意識が滲んでいた。

 陽暈は、フロントガラス越しに見える支柱の影を見つめながら、そっと口を開く。


「責任って……まぁ、気にはなってたっすけど、聞いていいんすか」


「アハハ。気を使ってくれてたのかい」


 零士が苦笑する。いつもの微笑みではなく、どこか哀愁を漂わせて。


「そりゃ……友達があんな風になってたら悲しいっつーか。やるせないじゃないっすか」


 本心だった。たとえ極悪非道な京鹿でも、零士にとっては友だったはず。ならば陽暈が友人に抱く感情と、同じだろうと。


「確かにそうだね……」


 静かな肯定が返ってくる。二人の間に、地下の湿気とは別種の、重く澱んだ空気が流れる。


「んで、零士さんに責任があるってのは、どういうことなんっすか」


「少し長くなるけど聞いてくれるかな?」


「もちろんっす」


「彼とは小学校からの付き合いなんだ。でも中学に入ってから徐々に疎遠になっていった」


 遠い景色をなぞるように、零士は語りはじめた。


「疎遠になった理由は、そうだな……環境、かな。

 クラスが別だったから、普段よく遊ぶグループも違った。メンバーが変われば、遊び方も変わってくる。御門が中学で仲良くなった子たちは、どちらかと言うとヤンチャな子が多かったんだ。それで段々学校もサボるようになっていった。

 御門は高校に進学しなかったんだけど、あんまりいい噂は聞かなかったな。

 で、ある日、彼が暴力団と繋がりを持ち始めたって話を知人から聞いてさ、さすがに見過ごせなくて、直接言いに行ったのよ。抜け出すのが難しいって聞くから、もう早めに関係を絶った方がいいって。

 その頃は御門も迷ってたっぽくて、わりと俺の話も聞いてくれてたんだ。でも結局、キャバ嬢の客に手を出したとかで逮捕されちゃった。一回だけ面会に行ったけど、まともに話してくれなくて、二度と来るなって言われた。

 後々分かったんだけど、手を出した相手は、キャバ嬢のストーカーで、御門はボディーガード的なことを頼まれてただけだったんだって。ていうかそもそも、手は出してなかったらしいし」


「え? でも逮捕されたんすよね?」


 思わず陽暈が疑問を差し込む。


「相手が悪かったんだ。超大手製薬会社の代表取締役の息子だった」


「代表? だからなんなんすか?」


「揉み消されたんだよ。いくら金を積んだのかは知らないけど、裏で根回しがあったのは間違いないらしい。知らないうちにキャバ嬢の証言もコロッと変わって、御門が有罪だと初めから決まってたみたく強引に裁判が進められたんだって」


「酷い話っすね……」


「うん。面会した時は俺、そんなこと知らなくてさ。御門が罪を犯したていで説教じみたこと言っちゃったんだ。あの時、俺だけでも彼の味方でいてあげられれば、なにかが違ったのかもしれない。きみが家族を失うこともなかったのかも──だからごめん」


 わざわざ体を捻って陽暈の方へ向き直った零士は、可能な限り頭を下げた。


「いくらなんでも飛躍しすぎっすよ」


「いや、そうでもないよ。人は不安定な時ほど、良くも悪くも変わりやすいからね」


「まぁそうかもしれないっすけど……てか、京鹿は零士さんに誘われたって言ってたよね? あれはなんなんすか?」


 あまり零士に罪悪感を感じさせたくなかった陽暈は、次の話題を手繰り寄せた。


「あぁ、特執に誘ったことがあるんだ。彼を」


「えぇ!? あんなやつを!?」


 思わず声が裏返った陽暈は目を見開き、隣の零士に身を寄せた。


「アハハ。ずいぶん前だよ。俺はね、高校卒業してから警察官になったんだけど、一年後に機動隊へ異動になった」


 零士は少し懐かしそうに目を細める。今より若い自分の姿を思い返しているのだろう。


「え、零士さんって機動隊にいたんすか」


「そうだよ? 言ってなかったっけ? 機動隊のあとはSATにもいた」


「初知りっすよ。てかリリースしたのはいつなんすか?」


「SATにいる時かな。バスジャック犯とマジの殺し合いになって、気がついたらリリースしてた。んで特執の捜査官が訪ねてきて、正式に異動になったって感じ」


 淡々と語ってはいたが、陽暈にはその一言ひとことが想像もつかない修羅場の残響に聞こえた。


「特執って機動隊とか自衛隊とかにいた人多いんすよね。零士さんは王道ルートだったんすね」


「そうなるね。触式を持つ捜査官がいたって前に言ったよね」


「あぁ、殉職したって言ってた」


 触式のレクチャーを受けたとき、少しだけ話されたのを覚えている。しかしあの時は、それほど踏み入った質問はできなかった。


「うん。雨津(うず)駿(しゅん)って人なんだけど、その人が特執に誘ってくれたんだ」


 零士はそう言うと、ジャケットの内ポケットに手を入れた。そして取り出したスマートフォンを、ヒョイヒョイと操作し、一枚の写真を見せてきた。


「ほら」


 零士と凱亜、そして早乙女と、ワインレッドの髪の女が、笑顔の男を囲ってカメラに向かってピースしていた。


「真ん中の人が雨津さん?」


「そうそ」


 みな、少し若く見える。凱亜に関しては、昔から鍛えていたようで、いまと変わらず筋骨隆々。そんな巨躯には敵わないものの、雨津という男もまた、ずいぶんとしっかりした体格だ。

 一人一人の表情を順に見ていくと、一人ムスッとした面持ちの女が目に止まった。先日、大会議室で初めて会った、無愛想な女だ。


「てかこの赤い髪の人、めちゃくちゃ愛想悪くないっすか」


「あー梨紗ちんね。花染梨紗。俺と凱亜、あと乙女と梨紗ちんは同期なんだ。彼女はああ見えてツンデレだから、どこか褒めてあげると喜ぶよ」


「マジすか。ツンしかなさそうっすけどね」


「アハ。第一印象はそうだろうね」


 スマホをポケットにしまった零士は、話の路線を戻した。


「特執に入ってまた一年くらい経った頃かな。(すみれ)っていう犯罪シンジケートに、ニュークがいるって話で俺らも動いてた。それである日、元々有名だった暴力団と菫が抗争に発展して、組対の要請を受けて鎮圧に向かったんだ」


「そたい?」


 助手席に座る陽暈は、初めて耳にする組織名に小さく眉を寄せた。


「組織犯罪対策部。暴力団とかの組織犯罪や、銃器、薬物の取り締まりなんかをしてる」


 零士の説明に、陽暈の目がぱっと見開く。


「あぁ! 知ってる! マル暴ってやつでしょ! どっちがヤクザか分からないって動画、見たことある」


「アハハ! それそれ!」


 思わぬところで話が噛み合い、零士が肩を揺らして笑った。陽暈も自然と口元を緩めたが、その余韻もすぐに真剣な空気に戻る。


「いくらマル暴でも、相手がニュークとなると歯が立たないから、俺らも同行した。でも到着した頃にはもう抗争が終わってた。てか抗争っていうより、菫の構成員の一人が、いち暴力団を壊滅させてたんだけどね」


「その構成員って、まさか……」


 息を呑むようにして、陽暈は問いかけた。零士が答えを口にする前から、ほとんど確信めいた予感が胸を打っていた。


「うん、御門だった。壊滅っていっても、誰も殺してはいなかったけど」


「それで、京鹿は捕まったんすか?」


 問いながら、陽暈は無意識に拳を膝の上で握っていた。


「もちろん連行したよ。特執の取り調べ室で、久々に腰を据えて話したのを覚えてる」


 回想するように、零士はゆっくりと言葉を継ぐ。


「キャバ嬢のストーカーの件で服役したあと、彼は社会復帰しようと頑張ったらしいんだけど、前科持ちだから、なかなか受け入れてもらえなかったんだって。それで拾ってもらったのが菫のボスなんだとか。

 出る杭は打たれるって言うのかな。俺もそんなに詳しくは教えられてなかったんだけど、菫は設立されて間もない組織だったから、昔ながらの暴力団からすれば目障りだったみたい。

 暴力団側が菫を排する動きがあって、御門が組織を守るために独断で動いたんだ。御門の行動には、ちゃんと彼なりの正義があるんだって分かったから、俺は思い切って誘ったんだ。一緒に来いってね」


 車内に、ふっと静寂が戻る。

 零士の語る過去の京鹿には、どこか人間味が滲んでいた。陽暈の知るあの男とは、似ているようで、どこか違う──そんな奇妙な距離感を覚えた。


「でも即断された。菫のボスに一生ついていくって決めてたみたい。

 ただ、特執に捕らえられたニュークは、よほどの軽犯罪じゃない限りは終身刑が言い渡されるから、本当は御門はいまも牢で大人しくしてるはずだった」


「脱獄……は無理っすよね?」


「いいや。凱亜みたいな怪力の囚人が監獄を破壊するって事案が発生して、ほとんど全員取り押さえたんだけど、御門だけは局員に扮して上手く逃げられちゃったんだ。捜査官が手薄だったしね」


「GPSは?」


「チップを埋める方針になったのは、彼が脱獄してからだね」


「なるほど。ってことは、京鹿が脱獄して以来、会ってなかったんすか?」


「うん。彼と幼馴染ってこともあって、俺は菫の件から外されたし。御門が脱獄して数年後、菫が解体されたってことだけ知らされた」


「京鹿を拾ったボスってのも死んだってことっすか?」


「分からない。っていうか、知らされてない」


「柳生司令に聞けば教えてくれるんじゃ?」


「もちろん姉さんに聞いたけど、機密レベルが上げられたみたいで一切教えてもらえなかった」


 両手を掲げ肩を持ち上げた零士は、眉と口角を歪めた。

 確認するのは当然か──ふと陽暈に疑問が芽生える。


「へぇ。そんなこともあるんすね。そういえば、京鹿の家族は?」


「彼は孤児院で育ったから、両親はいないよ。どうして?」


「だったら俺の父さんが殺したかもしれないってあいつの父親って、その菫のボスってことなのかな?」


「あぁ、確かに。ボスを失えば、組織が解体されるのも納得できるしね」


「じゃあやっぱり、俺の父さんは殺したのかな。人を」


 ぽつりと落とされた陽暈の言葉には、どこか諦めにも似た色があった。


「どうだろうね。それは本人に聞いてみないと分からないんじゃない? 顔とか、全く覚えてないのかな?」


「正直、全然覚えてない。声も分からないや」


「そっか。ま、御門は陽暈くんの父親が生きてることを確信してるっぽいし、いつか会えるよ」


「っすね。でももし会った時は、とりあえず一発ぶん殴る」


 ふと視線をそらしながら陽暈が言うと、零士は小さく笑った。


「どうしてかな?」


「そりゃあいつがいれば、母さんと弟が死ななくて済んだかもしれないっすからね」


「なるほど。確かにそうかもね」


「ところで、雨津さんはどうして亡くなったんすか?」


 何気なく投げかけた陽暈の問いに、零士の表情がほんのわずかに曇った。だが、その曇天はすぐに冗談めかした語り口に覆われる。


「それなんだけどさ、何回も姉さんに聞いたけどトップシークレットだっつって全然教えてくんないのよ。雨津さんって局内でズバ抜けた実力者で、機密レベルの高い任務ばかり担ってたから仕方ないのかもしれないけどさー」


「いまの局で言う零士さんみたいなポジションだったんすね」


「どうかな。少しは近づけてるといいけど」


 謙遜にも似たその返答は、零士にしては珍しく弱気にも思えた。


「なんか、今日の零士さん、いつもより自信ないっすね」


 陽暈が茶化すように笑うと、零士は肩を震わせてみせた。


「くっ……! なにを言うかね! 私はいつだって自信満々余裕綽々! それが九頭零士たる所以!」


「かはは。零士さんはそうでなくっちゃね」


 助手席の陽暈が笑い声を上げると、車内に張り詰めた空気がほんの少しだけ和らいだ気がした。しかし零士はすぐに表情を引き締め、陽暈の方へ向き直った。


「陽暈くん。最後にお願いがある」


「なんすか急に」


 少しだけ眉をひそめ、陽暈が顔を向ける。


「御門が憎いのは百も承知だけど、彼にもなにか事情があるのかもしれない。だから、少しでいい。話を聞いてあげてほしい」


 その言葉に、陽暈の胸の奥がずきりと痛んだ。零士にとっては、かけがえのない幼馴染。だが陽暈にとって、京鹿は──家族を奪った憎むべき敵。それだけのはずだった。

 聞きたいことなどない。赦したいとも思えない。けれど、不思議と、零士のまっすぐな声が頭の奥に残った。

 もし、話をする余裕があるなら。時間と心にわずかな隙間があるなら。耳を傾けるという選択も、絶対的に間違っているとは言えないのかもしれない。


 迷いと葛藤が渦巻くなか、陽暈は目を伏せたまま、ようやく絞り出す。


「……うっす」


 力ない、だが拒絶ではない返事。それでも零士は満足そうに笑った。


「ありがとう」


 その微笑みは、陽暈の胸に、ほんのわずかな温もりと、わずかな痛みを残した。

第四章はここまでです。

いいねやブクマ、☆☆☆や感想、励みになるので是非、よろしくお願いします。

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