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故・蓮水碧儀葬儀式場──。
そう記された看板を一瞥し、陽暈は静かに式場を後にした。
葬儀に参列するのは、生まれて初めてだった。もちろん、波留や幻陽の葬儀が執り行われたことも知っている。だが、あのときは立ち上がることすらできないほど心が壊れていて、とても参列などできなかった。
碧の両親との対面も、今日が初めてだった。二人とも碧とよく似ており、一目見て分かった。
彼らが涙を流すと、同席していた尋芽も貰い泣きしていた。しかし、陽暈はどういうわけか涙が溢れてこない。
代わりといってはなんだが、京鹿に対する憎悪ばかりが、脳内を牛耳っていた。仲間の死を目の当たりにして、純度100%で悲しめない自分が、腹立たしくて仕方ない。
葬儀場を出てすぐ、アキラが一命を取り留めたという報告が入り、陽暈は胸を撫でおろした。月乃が記憶を取り戻した時のためにも、彼には生きていてもらわないと困る。
葬儀が終わってからは、休む間もなく局へ向かった。なにやら緊急会議が行われるとのことだ。
刑務所の警備にあたっていたメンバーで、バーストしている者だけが召集された。そのため、共に葬儀に参加した尋芽とは一旦別れることとなった。
「まずは刑務所の件、ご苦労だった。多くの被害を出したが、最小限におさえたと言える」
柳生の労いの言葉から、会議は始められた。さりとて、数多の受刑者を殺めた重責のせいか、みな苦い顔をしている。
「蓮水のことは残念だが……彼のことで分かったことがある」
柳生はそう言いながら、スクリーンに局の出入口を捉えた監視カメラの映像を投影させた。
そこには、京鹿と、月乃を抱きかかえるレイニー、そしてワイラ―が認められる。
そしてもう一人、フードをかぶった人物が先頭に立っていた。例に漏れず仮面をかぶっているため、何者なのかは分からない。
「これは京鹿とやらが侵入した際のカメラ映像だ。出入口のカードリーダーのログを確認したところ、蓮水のIDで開かれていたことが判明している。よって、この先頭に立つ人物は、蓮水である可能性が高い」
「そんな……」
驚愕の事実に、陽暈は言葉を失った。
「ツッキーのオーバーアビリティの件を御門が知ってるのおかしいなーとは思ってたけど、碧が漏らしてたってわけか。姉さんちなみにこれ何時頃の映像かな?」
「13時45分前後だ」
「なるほど。刑務所の混乱に乗じて抜け出したとすればありえなくもないか。碧は東エリアの担当だったよね。あだっちゃん、碧は途中でいなくなったの?」
「さぁ」
「だよねー」
気だるそうに答えた悪立に、零士もいつもの調子で相槌を打つ。
陽暈は苛立っていた。月乃が拐われたというのに、非協力的な悪立の態度が、物凄く癪に障った。だがそのストレスをここで口にしたところで、なんの意味もない。
「東エリアを担当していた捜査官に聴取したが、みな覚えていないとのことだ。蓮水の存在など気にする余裕はなかったのだろう」
「んー、でもどうして碧は戻ってきたのかな。怪しまれないように戻ってきたって言いたいのかもしれないけど、自分のカードIDで入局すれば後々バレることくらい分かる。それなら御門を局へ侵入させたあと、刑務所にわざわざ戻らなくても、そのままトンズラこけばいいだけだよね」
「待ってください。碧がブラックドッグのスパイだったって決まったみたいに話してるけど、そうじゃないかもしれないっすよね」
色々と我慢ならなかった陽暈が、異議を唱えると、柳生は静かに頷いた。
「そのとおりだ。しかし刑務所で彼が殺されたことが妙だ。ブラックドッグに切り捨てられたか……」
「なるほどね。碧は受刑者に殺されたと考えられていたけど、実際はブラックドッグの何者かに殺されたのかもしれないと」
「二千人以上の受刑者が暴れ回っていたんだ。偽装するのは容易かろう」
「それでもわざわざ戻ってきた理由にはならないかな」
「確かにそのとおりだな」
「直接碧に聞ければよかったんだけどね。陽暈くんって碧と仲良かったよね。なにか違和感はなかったのかな?」
依然として、碧が内通者であるという前提のもと、話が進むことに苛立ちながらも、陽暈は記憶を呼び起こした。しかし、これといって不審な動きは覚えがないため、首を横に振った。
「とりあえず、一旦蓮水が内通者であると断定し、話を進める」
埒が明かないため、柳生がスパッと話とスクリーンの画面を切り替えた。映し出されたのは、とある山奥の航空写真。
「拉致された日下部の体に埋め込んでいるGPSにより、ブラックドッグの本拠地が割れた。奥戸摩にあるダムの南に位置する水源林だ。少数精鋭のチームを編成し、早急に拠点を落とす。今回、バーストしている捜査官のみを招集したのはそのためだ。本作戦の指揮も、九頭が執れ」
「御意」
「最優先事項は朝顔の救出。次いで京鹿、及びレイニー、その他構成員と脱獄した日下部の連行だ。前歴を調べ直したが、日下部は薬学に精通している。彼が京鹿の手に渡ったいま、FRCとやらの改良は待ったなしだろう。だがそれよりも、問題は──」
「御門のオーバーアビリティ、かな」
顔をしかめる柳生に、横から零士が言葉を挟んだ。
「いかにも。九頭、以前お前は京鹿に敵わないと言っていた。可能性があるとすれば天若だとも。いまもその考えは変わらないのか」
「そうだね。変わらない。てゆーか、それも俺の推測が合っていればって前提の話だけどね」
「どういうことだ。詳しく聞かせろ」
「すんごいややこしい話になるけどいいかな?」
「構わん」
軽い調子で確認する零士に、柳生が即答した。
「オッケー。
俺はまず、御門が視てる未来の定義を考えた。それはおそらく、彼の五感から得られる情報を元に広がる数秒先の未来だけであり、ブラジルのサンバの腰振りまでは視えない。ま、ここまでは普通に考えてそうじゃん?
んで、重要なのが、自分の行動によって変化した未来が視えるか否か」
陽暈は、すでに脳が焼き切れそうだった。思考が追いつかず、目は泳ぎ、理解の手綱を掴み損ねている。
「例えば、御門が銃を構えて撃とうとしているけど、まだ撃っていない場合、弾丸が相手を貫く未来が視えるのか、相手が狼狽える様子だけが視えるのかによっては大きく立ち回りが変わってくる」
零士の理屈はなおも続く。険しい顔をしているのは陽暈だけではなく、周囲の者たちもまた、思考の迷路に足を踏み入れていた。
「ちょ、ちょっとみんな。ややこしい話になるって言ったっしょ? そんな睨まないでくれるかな」
周囲の沈黙に焦り、零士がやんわりと空気をほぐそうとする。
「要するに、京鹿の行動や感覚を起点に、視える未来が変わるんか。それとも、全ての事象を踏まえた完全な未来が視えるんかってことやろ」
零士の論を、凱亜がすんなりとまとめた。相変わらず脳筋ではなく、知的な部分が垣間見える。
「うーんたぶんそういう感じ!」
零士が満足そうに頷いたそのとき、ノックもなく扉が開く。
「ここは私が説明するわ」
入室してきたのは早乙女だった。颯爽と歩み寄り、柳生の隣に立つ。
「お! 助かるぅ~!」
零士が陽気に声を上げるが、早乙女は彼を一瞥しただけで、すぐに視線を前へ向けた。
「京鹿の未来視はおそらく、人間の脳波を読み取っていると考えられるわ。っていうか、そうじゃないと、陽暈ちゃんに勝ち目はない」
「すません。もう少し分かりやすく……」
途端に弱気な声を漏らす陽暈へ、早乙女が端的に続ける。
「仮に京鹿が陽暈ちゃんを殴ろうとしたら、当然陽暈ちゃんは避けようとするでしょ? その時に、全身の筋肉に脳から運動指令が伝達される。その脳波を読み取ることで、未来が視えると仮定した場合、触式だったらどうなるのか」
「痛ぇ……頭が痛ぇよ…………」
陽暈はテーブルに突っ伏し、両手で頭を抱えた。考えるそばから、思考が崩れていく。
「触式は脊髄反射が武器。はなから陽暈ちゃんが避けようとしなかった場合、京鹿からすれば、陽暈ちゃんに触れるまで、避けられる未来が視えない。なんなら脊髄から送られる運動指令が読み取れなかったら、もはや未来は視えない。でももし、零士の仮説が根本的に間違っていれば、触式によって回避行動を取った陽暈ちゃんすら見通される可能性がある。ま、そうだったら、お手上げね」
「そうそう。それこそが俺の懸念していたことかな!」
零士が嬉々として指を鳴らす。的を射た分析が返ってきたことで、満足げに胸を張った。
「とどのつまり、戦ってみないと分からないということか」
腕を組み、柳生が低く呟いた。額には皺が寄り、思案の色が濃い。
「そゆこと」
零士が軽く返す。
すると柳生はグイッと身を乗り出し、陽暈を真正面から睨みつける。
「天若、やれるか」
「──やりますよ」
陽暈は顔を引き締め、ゆっくりと体を起こすと、静かに、だが力強く頷いた。




