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天若陽暈が警備につく、賑やかな南エリア。
夏祭りさながらの出店が立ち並び、自衛隊車両や白バイ、消防車などの見学や試乗などの体験コーナーもあり、大盛況。
アウトレット会場には、受刑者が手掛けた家具や雑貨が整然と並んでいた。洗練されたデザインに加え、作りの確かさが一目でわかる品々は、ここでしか手に入らないものも多いとのこと。
特設ステージでは、音楽パフォーマンスやトークショーが次々と繰り広げられ、観客の視線を集めていた。子ども向けの企画も充実し、家族連れの笑い声があちこちで響く。
そんな人混みの中、陽暈は零士と共に巡回を行っていた。
「零士さーん!」
突如、真壁と同じアタッシュケースを手に持つ燐仁が走り込んできた。
「おりん、どうしたのかな?」
零士が冷静に応えた。燐仁の様相を見るに、なにやらトラブっているようだ。
「西エリアで、爆発が起きました。負傷者はたぶん15人くらいです」
「ほう。そんでわざわざここに来たのかな?」
「それなんですけど! 爆発っていうのがEMP爆弾で、無線が壊れてるんですー!」
すかさず零士が無線で音声テストをしながら、陽暈の方を見やった。
「あー、あー」
むろん、肉声は聞こえるが、イヤホンは沈黙していたため、陽暈は首を横に振った。
「ちょ、ちょっとー! 私のこと信じてくれないんですかー!?」
頬をむっくり膨らませた燐仁が、パタパタと紺髪を揺らしながら拗ねる。しかし零士は、やけに冷たく返した。
「ここはEMPの範囲外かもしれないでしょ?」
「あ、確かに……」
「とりあえず、おりんは西エリアに戻って、連絡係として塀の上に捜査官を一人立たせておいてくれるかな」
「分かりましたー!」
クイッと敬礼をした燐仁は、陽暈を一瞥し、軽くお辞儀をした後、踵を返した。
その後、即座に赤いオーラを身に纏った零士から指示が出る。
「陽暈くん、凱亜とあだっちゃんに無線が使えないことと、警戒を強めるよう伝えてきて。連絡係を立たせるのも」
「うっす!」
そうして陽暈は早馬の役割を任された。
零士に倣ってバーストアビリティを開放した陽暈は、人混みをかき分けて進む。しかし埒が明かない。
致し方なく、彼は来場者の頭上を舞い、塀の上に飛び乗った。それを目撃した人々が驚きの声を上げているが、気にしている場合ではない。
まずは東エリアに到着。
見慣れたボサ髪の碧がすぐに認められた。ちなみに、東エリアは悪立を筆頭に、碧や尋芽、その他捜査官が警備にあたっている。
「碧! 悪立さんは!?」
人がごった返す南エリアと比べ、東はずいぶんと落ち着いていた。出入り口がないため、人通りもさほど多くない。
「おお陽暈! どうしてお前がここに?」
「西エリアで爆発が起きたんだ! EMPってやつらしくて、スマホも無線も使えないんだって! それを悪立さんに伝えないといけないんだよ!」
「マジかよ! 悪立さんならあそこだ」
碧が指差した先、塀に背を寄せて座り込み、路上喫煙しているガラの悪い男がいた。縮れた前髪から見え隠れする細い目──紛うことなき悪立だった。
「てか尋芽は?」
一旦、悪立は置いておいて、陽暈が問うと、碧が頭を搔きながら答えた。
「あぁ、なんか変な音が聞こえたからっつって、塀の中に飛んでいったんだ」
「爆発の音が聞こえたのか……つか、めっちゃ勝手なことしてんなあ! 彼女さんよお!」
「ちょっと見てくるって言ってたから、すぐ帰ってくるよたぶん。つかお前、俺の彼女に文句あるのかよ。おいこら」
両手をポケットに突っ込み、安い演技でチンピラ風に詰め寄ってきた碧。対する陽暈は、すんっと顔を落ち着けた。
「いや、お前らは世界で一番お似合いのカップルだよ」
「うん。やっぱお前、いい奴だな」
その後、阿呆な碧を捨て置き、陽暈は悪立の元へ足を向けた。
「悪立さん! 西エリアで爆発が起きたっす! EMP爆弾の影響で、スマホも無線も使えないんで、塀の上に捜査官を一人立たせてくれって零士さんが!」
「…………」
無反応。だが目は合っている。これは伝わっているのだろうか、と疑問に思った陽暈は、嫌みを込めて声を張り上げた。
「悪立さん! 西エリ──」
「わあったわあった。聞こえてんだよボケ」
気だるそうにそう言った悪立は、煙草の吸い殻を脇に投げ捨てた。聞こえてんなら返事しろや──と言いたいところだが、陽暈は心を鎮めた。
「う、うっす。伝えたっすからね」
色々と文句をつけたいところだが、陽暈は北上する。
北エリアもまた、静かだった。
凱亜はすでに西エリアの捜査官から話を聞いているとのことで、塀の上に一人立たせるという零士の指示を伝え、陽暈は早馬の任を終えた。
その後、南エリアに戻るべく、再び塀の上に飛び乗った瞬間、突如、触式による時の遅延が発生した。
「──っ!?」
衝突してきたのは、驚いたことに制服を着用した刑務官。もちろん、刑務官が攻撃を仕掛けてきたわけではない。飛ばされてきたのだ。
「っと……!」
体勢を崩しながらも、陽暈は刑務官を瞬時に受け止めた。
「おいあんた! 大丈夫か!?」
「脱獄……受刑者が…………」
頭部から鮮血を流す刑務官は、陽暈の腕の中で唸るように言った。そして言葉を紡げずにこくりと首を落とした。
直後、塀の中では叫び声が至る所から響き渡り、監獄ツアーの参加者が建物の隙間から散り散りに飛び出し始めるた。
すぐさま陽暈は近くにいた捜査官に、刑務官の介抱を依頼し、塀の中へ。泣き叫びながら走る多くの一般人の波に逆らい、中心部を目指す。
「どうなってんだ……」
群衆の中には返り血を浴びたような者もおり、異常事態であることだけは分かる。
あまりにも人が多すぎるため、地上を走るのは困難だと判断した陽暈は、周辺の施設の屋根をめがけて飛び立った。そうして独居房が密集するエリアに到着した時、彼の目に投影されたのは、正にこの世の地獄だった。
地面、壁、あらゆる場所が真っ赤に染めあげられており、それが現実であることを認識するのに時間を要するほどだった。
あろうことか、牢から脱した無数の受刑者らが、罪無き人々を虐殺していたのだ。彼らの服は元々無地のグレーだったようだが、今となっては独創的な赤いペイントが施されている。眼球もまた真っ赤に充血しており、明らかに狂暴化して見える。
どうやら、先刻、刑務官が飛ばされたのは受刑者の仕業だったらしい。
しかしそうだとしても、明らかにおかしい点が一つある。人が人を投げ飛ばしたとしても、飛距離は精々2~3メートル。さきほど飛ばされてきた刑務官は塀を軽々と越えてきた。それはつまり、受刑者の中にニュークがいるということだ。
だとすれば今、最優先すべきことはリリースした受刑者を取り押さえること。そう考え至った陽暈が、どの受刑者がニュークなのかを見極めようとした時、目の前の地獄がどれほど凄惨であるかを再認識させられた。
「おい嘘だろ……」
恐ろしいことに、目視できる百人近い受刑者は全員、あの禍々しい紫色のオーラをまとっていた。
空気が軋むかのように揺らめくその気配は、以前、貨物船でファウンドが、息絶える寸前に放ったそれと、寸分違わぬものだった。




