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 府上刑務所文化祭当日──。


 真壁華澄は、指名した燐仁と、受刑者用出入口が設置されている西エリアの警備にあたっていた。他にも、柳生によって編成された他の捜査官九名を含めた十一人が、西を担当。


 気づけば時刻は九時を過ぎ、開催予定時刻まで残り一時間を切っていた。人々の往来も一層活発になってきた。


「師範、それにしても人が多いですねー」


 燐仁は、真壁と同じく長細いアタッシュケースを担ぎ上げた。

 幼女と言っても過言ではないサイズ感の真壁に比べ、彼女は平均的な身長。紺色の髪を無造作にかき上げ、大人びた印象を醸し出している。

 見た目はさて置いて、燐仁が真壁のことを「師範」と呼ぶのは、その言葉の意味のとおり、彼女に剣術を叩き込んだ師だからだ。とはいえ、いまは巣立ち、福岡で活躍していると聞く。


「ですね。想像以上に人気のようです」


「あ、知ってます? 毎年、ここの文化祭でコッペパンが人気なんですって! 食べたいなあ。ちょっと後で抜けてもいいですか?」


「それは許可できませんね。我々の持ち場はこの西エリアです。出店があるのは南エリアでしょう?」


「そんなぁ……」


 残念そうに肩を静めた燐仁。彼女は、食事の量が尋常ではないことで有名。食堂の定食は最低でも三人前、調子がいい時は七人前まで平らげる食いっぷり。


「太りますよ」


「なッ……! し、師範……私は太りたくなくて太ってるわけじゃありませんよ! 承知の上で食べているんです! それに、パンはぺしゃんこに押し潰せば、ほぼ紙です! 紙ということは、紙なんですよ! だから太らないんです!」


 矢継ぎ早に破綻した論理を組み立て、崩壊寸前のピラミッドを形成した燐仁。いや、もはや形になっていない。


「いろいろとツッコミどころがありますが、まぁいいです。文化祭が終わり、売れ残りがあったならいただきましょう」


「それが残らないんですよ……」


「では諦めてください。コッペパンくらいどこにでも売っていますし」


 返答がないと思い、燐仁の方を見やると、涙ぐんだつぶらな瞳でなにかを訴えかけてきていた。真壁は、やれやれと大きくため息を吐いた。


「では、南エリアの方に連絡してみましょう」


「やったー! 師範! さすがです!」


 燐仁はピョンピョンと跳ねながら歓喜する。自分にはない豊満なボディが、少しだけ──ほんの少しだけ、真壁は羨んだ。当然、口には出さないが。


「南と言えば、九頭さんか天若さんですね」


「あ、天若さん! 昨日、食堂で話したんですけど、触式なんですよね? 強いんですか?」


「そうですね。バーストしてから手合わせをしていないので分かりませんが、おそらく私よりも強いでしょうね」


 訓練に付き合っていた零士から聞いた話では、もうすでに互角の域まで達しているとのことだった。局内屈指の零士に追いつかんとする強さということは、自分には勝てない。

 真壁は潔く、そう考えざるを得なかった。


「えぇ!? 師範より!? ってことは、私も負けちゃうのかな……」


「それはやってみないと分かりませんよ」


 とは言ったものの、勝利期待度は乏しい。それは燐仁のバーストアビリティは真壁と同じく聴式だからだ。


「怖いからいいです……とにかく、コッペパン! お願いしますよ師範!」


「分かりましたよ」


 燐仁のくだらない食い意地に付き合っているうちに、いつしか時刻は9時半。文化祭開催までもう30分を切った。


 真壁が警備についている西エリアにある受刑者用出入口は、文化祭のメインイベントである監獄ツアーの入り口の役割を果たすためか、長蛇の列ができ始めている。

 このまま無事に今日一日が終わればいいのに。なんてフラグを心の中で立てながら、真壁は不審な人物が現れないか注意深く周囲を観察していた。


 しばらくすると、ランドセルを背負った少年が視界に入った。目の前の通りを北上すると、市立の小学校があるため、そこへ向かっているのだろう。

 ずいぶん雑な扱いを受けているらしく、ランドセルの黒は光沢を失ってくすんでいる。体格を鑑みれば、低学年。二年か三年生くらい。


 真壁がなぜその少年に刮目したのか。それは男児の手に握られた謎の黒い物体が妙に気になったからだ。


「ねーきみ!」


 同じく燐仁も不審がっていたらしく、彼女が先に声をかけた。少年は振り向き、首を傾げる。


「その黒いのなにかなー?」


 燐仁はしゃがみこんで男児の目線に合わせた。すると少年は、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに大声で答えた。


「これはねぇ! C-4!」


「シ、シー、フォー……?」


 今度は燐仁が首を傾げた。

 C-4とは、アメリカ軍を始めとする、全世界で広く使われているプラスチック爆弾のこと。もちろん彼が持つのはレプリカで「バーンッ」というチープな音がスピーカーから流れる程度の玩具。

 その説明を受けた燐仁は胸を撫でおろしていた。


「呼び止めてごめんねー。学校頑張っておいでー」


 返事をすることなく、少年は走り去っていった。小学生によく見られる謎ダッシュが発動したのだ。


 ほどなくして、予定通り文化祭は始まった。何事もなく時間は流れ、時刻はすでに11時。監獄ツアーとやらは10時半から入場を開始しており、真壁の近くにある大きな出入口が解放されている。

 もはや数えきれないほどの人数が所内へ入り、依然として行列は解消されずにその尻尾を伸ばしていく一方。


 さらに時間が過ぎ──時刻は13時15分。人が多い分、気になることは度々あったが、重大な危険に繋がる事象は起きず、文化祭も残り二時間弱。

 監獄ツアーに限っては残り一時間を切っているということもあり、行列の蛇はだいぶと小さくなった。


「こんにちはぁ」


 突如、凱亜らが担当する北エリアから南下してきたであろう老婆が現れた。背骨が曲がっており、ずいぶんと小ぶりな体躯。声がやけに高く、女子高生に「かわいい」と言われるタイプのお婆ちゃんだ。


「こんにちは。散歩ですか?」


 腰が曲がった老人と、真壁の身長はほぼ等しい。


「そうそ。健康のためにね」


 そう言って、支えにしていたシルバーカーに視線を落とした老婆。

 ちなみにシルバーカーとは、歳を重ねた女性がほぼ全員所持している手押し車のこと。これは偏見だが、分母を老婆のみに絞った場合、おそらくスマホよりもシルバーカーの方が普及率が高い。


「健康ですか」


 真壁は老婆のちょっとした仕草を見逃さず、しゃがみこんでシルバーカーに目をやった。すると老婆は、まるで質問に返答するかのように話し出した。


「これね。レンタルしてるのよ」


「レンタル?」


 真壁は顔を上げて、聞き返した。


「うん。この前家に若いお兄さんが来てね。営業マンって言うのかしら。これを押しながら歩けば色々と分かるらしいのよ。たしか健康サポートグッズとかなんとか言って見えたわね」


「へぇ。そんなのがあるんですね」


「謝礼金は払うから試しに使ってみてって言われたのよ」


「モニター商品ということですね」


 モニターとは、企業が販売している、或いは販売予定の商品を使い、アンケートやレビューに答える代価として謝礼金を受け取ること。格安で商品を購入できたり、中には代金が必要無いものもあるという。


「それで、一週間だけは毎日13時に家を出て、ある程度の距離を歩くのがルールなんだって。近くに住んでるから刑務所の塀に沿って一周すればいいよって。分かりやすい目安になるからね。もっと歩きたければ好きなだけ歩いてもいいって言われたけど、ここの刑務所結構大きいから一周するだけで十分なのよね」


 老人は聞いてもいない話を長々とする傾向にあると言われるが、情報が欲しい時に限ってはこんなにもありがたいのか。真壁はそう思いながら真摯に聞き続ける。


「そういえば丁度一週間前ね、お兄さんが家に来たのは。また話を聞きに来るって言ってたから、何かお菓子でも用意して差し上げようかしら」


 ずいぶん営業マンは気に入られているらしい。

 昨今、呼び鈴を鳴らすだけであしらわれる存在である訪問販売員。しかし彼女の家に訪ねてきた男がここまで取り入っているとは、営業マンとしての腕は確かなのだろう。もっとも、金を取らない分ハードルは低いのかもしれないが。


「そうですか。お気をつけてお帰り下さい」


 シルバーカーに違和感はなく、大した異常は認められなかった。荷物を収納できる部分にはタオルや財布、折り畳み傘等々、特段気になる物もなく、歩行距離を測定しているであろうタブレットサイズの機器が支柱に取り付けられているくらい。

 健康サポートと言うわりには味気がないものであった。何かの詐欺でなければいいのだが。


 その後、頼りない老婆の背中を見届けた真壁は、警備に戻る。


「どうかしたんですか?」


 一部始終見ていたらしく、燐仁が老婆について尋ねてきた。


「いえ、少し持ち物を調べてただけです」


 監獄ツアーの列の横をトボトボと歩いてゆく老婆の背中を眺めながら真壁は答えた。


「あぁ! そういえばコッペパンってどうなりました!?」


 真壁の返答などどこ吹く風と、燐仁は大声で叫んだ。


「え、あ、申し訳ありません。完全に失念しておりました」


 その言葉を聞いた燐仁は、顔面蒼白になり、跪いた。


「そ、そんな……あんまりですよ師範……」


 あまりにも消沈した彼女を見かねた真壁は、ポケットに忍ばせていた飴を差し出そうとしたその瞬間──遠くに認められる老婆が押すシルバーカーが凄まじい勢いで暴発した。

 爆竹が弾けるような鋭い破裂音が鳴り響くと同時に、ジャリジャリという何かを擦り潰したような不快な音が真壁の鼓膜を刺激する。


 直後、重厚な刑務所の塀にカカンッやキーンッと、見えない何かが無数に衝突する音が立て続けに響く──道路を挟んだ先に広がる家々でも耳を劈く音が鳴り渡り、一斉に窓ガラスが粉々に砕け散った。

 破片が煌めきながら降り注ぎ、その不意打ちに驚いた住人たちの籠った叫び声が聞こえる。


 一瞬の硬直の後、老婆は足元に血の花を咲かせながら、無言で崩れ落ちた。監獄ツアーに並んでいた人々も同じく、筋肉の糸がプツンと切れてしまったかのようにバタバタと倒れ込んだ。

 鮮やかな赤が路面に広がり、巻き込まれなかった人々は悲鳴を上げながらその場から走り去ってゆく。


 一瞬にして、西エリアは混沌と化した。

 真壁と燐仁は顔を見合わせ、一瞬停止した。二人とも何が起きたのかさっぱり分からなかったのだ。

 視認できたのは、罪無き老婆やその周辺の一般人が、老若男女問わず体の至る所から鮮血を流して倒れていること。

 すぐに我に返った真壁は、即座に冷静さを取り戻し、走り出した。


「物部さん!」


 真壁の呼びかけにより、燐仁もまた正気を取り戻した。二人で老婆の元へ駆け寄る。

 シルバーカーに最も近かった老婆は、全身に刻まれた無数の傷口から出血しており、その勢いはとどまる気配がない。

 もうすでに目の輝きは損なわれ、息もしていない。依然としてその目は優しさに溢れており、れいの営業マンにどんなおもてなしを用意しようか思案していたことが想像に難くない。


 そんな彼女の目を見た真壁は、心の底から怒りの念が沸々と湧き上がってくるのを感じた。


「釘爆弾ですね」


 辺りに飛び散る鉄の破片を見回しながら真壁が呟いた。

 釘爆弾とは、その名の通り釘を充填することで、殺傷能力を底上げした爆弾兵器のこと。塀に衝突する音が響いたことや、住宅の窓ガラスが一斉に割れた理由はそれだったのだ。


『こちら真壁。西エリアにて爆発を確認。被害者は約15名。至急応援を』


 いつも通り冷静沈着な真壁は、倒れ込む人々の様子を順番に確認しながら、無線に声を乗せる。

 しかしその声に反応を示す者が現れない。


『こちら真壁。聞こえますか』


 彼女が再び無線で呼びかけた時、額に汗をにじませた燐仁が違和感に気づいた。


「師範……無線が聞こえないです…………」


「私のが壊れている可能性があります。物部さんお願いします」


 燐仁は頷き、無線に指を添えて繰り返す。


『こちら物部! 西エリアにて爆発を確認! 被害者は約15名! 至急応援を!』


 やはり無線における返答は無い。すると真壁は下唇を噛み、ポケットからスマホを取り出した。


「なるほど。EMPも兼ねているということですか」


 充電はまだまだあったし、スリープ状態にしていたため、サイドボタンを押せばすぐに画面が点灯するはず。だがボタンを長押ししても、うんともすんとも言わない。

 EMPとは電子パルスの意で、爆発の影響で周囲の電子機器の基盤を破壊し、使用不能にする兵器のことである。


「物部さん、ここは私が見ます。南エリアに行って九頭さんに報告を」


「了解です!」


 そう叫んだ燐仁は、塀の上へ飛び乗り、駆け出した。彼女を見届けた真壁は、老婆の容態を改めて確認。


「申し訳ありません……」


 倒れた勢いで後頭部を強打しており、出血量が凄まじい。やはり、とてもじゃないが助かる見込みはない。他の被害者は、負傷しているものの息はある様子。


 そうして真壁は、他の捜査官と協力し、救助及び避難誘導に尽力した。

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