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 特に差し迫った用もない陽暈は、尋芽、碧、月乃と連れ立って、局内の食堂へと向かった。


「しっかしすげぇよな、オーバーアビリティってさ」


「ホントにすごいよぉ、つきちゃん!」


 揚げたてのポテトとハンバーガーを乱雑に並べたトレイを前に、碧が感嘆の声を漏らすと、彼に呼応するように尋芽が手を合わせて微笑んだ。


「いえ……でも、使い方がよく分からないっていうか……」


 相変わらず月乃は自信なさげな様相を浮かべている。


「どんな感じなんだ? 未来が見えるってのは」


 陽暈の問いに、月乃は少し考えたのち、静かに言葉を紡いだ。


「……今回は、急に映像が頭の中に流れ込んできたんです。天若さんが苦しんでる場面でした」


「俺が? そっか、あの闘技場でか」


「はい、たぶん……」


「ま、とにかく今回は月乃のおかげで、俺たち助かったんだ。ありがとうな」


 陽暈の率直な感謝に、碧と尋芽も乗っかる。


「確かにそうだな! サンキュー朝顔!」


「ありがとぉ、つきちゃん!」


「い、いえいえ! そんな滅相もないですよ!」


 慌てる月乃の頬に、かすかな赤みが差していた。

 そこで、碧がズズッとメロンソーダを啜ると、口元にわずかな泡を残したまま、難しげに眉根を寄せる。


「でもさ、急に映像が流れ込んでくるってのは不便だよな。見たい時に見たい未来が見えたら最強なのに」


「……そうですよね。今のところ、どうして天若さんの未来だけが視えたのかすら分からないんです。早乙女さんは、血の繋がりとかが関係してるかも、って言ってましたけど……」


 言いながら、月乃は指先でカップの縁をなぞる。自分の言葉を確かめるように。


「血の繋がり? でも、俺たち家族じゃないよな」


「実は腹違いの子供とか……いや! 実は双子で、退っ引きならない理由があり、二人が生き別れたとか!?」


 テンションだけが宙を舞っているような碧の発言に、全員が一拍の静寂で応じた。そんなわけ──という冷めたリアクションが場を包んだその瞬間。


「ぐっはっはっ!」


 突如、テーブルに影が落ち、豪快な笑い声が天井を揺らす。視線を上げれば、巨躯の持ち主、凱亜が立っていた。


「楽しそうやなお前らあ! おいチビ助、お前も仲間に入れてもらえや!」


「うぃっす先輩!」


 彼が連れていたのは、金色の長い髪をなびかせた女だった。


「この間は加勢、助かった! あーしは金豪綱海! 綱海って呼んでや!」


 八重歯を覗かせたその笑顔は、まるで陽光のように活発で、鮮やかだった。


「綱海さんは、凱亜さんの弟子的な感じっすか?」


 ふと陽暈が訊ねると、彼女は即座に声を張った。


「その通りや! あーしは、凱亜先輩に憧れてんねん!」


 その言葉に、凱亜が満面の笑みで綱海の頭を鷲掴みにする。


「なんやお前、照れるやないかあ!」


「きゃははっ!」


 二人の関係は、単なる師弟というより、血縁にも似た信頼と親愛に満ちていた。というか、兄妹だろ。二人とも関西弁だし。


「それでは、物部(もののべ)さんも同席してはいかがですか」


 今度は背後から、ひときわ静かな声が響いた。


「えぇ……! 私コミュ症なんですけど……」


 いつの間にか、惣菜パンをこれでもかと山積みにしたトレイを両手に抱えた女がいた。控えめな足取りとは裏腹に、艶めくセミロングの紺髪が肩越しにふわりと揺れ、ひと目で視線を引きつける。

 濃い葡萄色のスーツに身を包み、喉元には差し色のように鮮やかな青色のループタイ。服装の組み合わせは一見落ち着いて見えるが、ふっくらとした体躯とその食料の量を見れば、彼女が生粋の食いしん坊であることなど、火を見るよりも明らかだった。


「おー、なんか賑やかだねー」


 次いで、缶コーヒーを片手に零士が現れた。彼は一同の顔を一通り見渡すと、数度頷き、納得したように笑みをこぼす。


「そっかそっか。おりんもツナも、陽暈くんたちとあんまり歳変わんないもんね! 仲良くしなよー!」


 気楽な調子のままそう言うと、凱亜が指で少し離れたテーブルを指し示す。


「よっしゃ! ほなワシらは向こうで食おかあ!」


 その提案に異論はなく、零士と真壁も軽く頷いて三人で退席していった。年長者の役目は果たしたと言わんばかりに、場の主役を若者に明け渡すように。


「そ、それじゃ……おとなり失礼します……」


 少し戸惑いながらも、物部とやらが陽暈の隣へと腰を下ろした。その勢いで、トレイから焼きそばパンが転がり落ち、陽暈の目の前に。

 拾い渡そうと陽暈が手を伸ばすと、鬼の形相の物部が、凄まじい速度でパンを拾い上げた。奪われてなるものかという意思が垣間見えた。


「そんじゃあーしも!」


 続いて綱海が、碧の隣へと軽快に腰をかける。


 陽暈の左隣には月乃、右には綱海。碧の左右には尋芽と燐仁が並び、気づけば二人とも両手に花という、思わぬ華やかさの中に包まれていた。


「わたし、物部燐仁(りんに)って言います。みなさんには、りんって呼ばれてます。私と綱海ちゃんは同期です」


 コミュ症と言うわりには、燐仁がすんなりと自己紹介を終えた。

 その言葉が落ち着くよりも早く、陽暈の視線が燐仁のトレイに吸い寄せられる。


「つーかなんなんすかそのパンの量。一人で食うんすか? 話入ってこないんすけど」


「りんは大食いやから、これでも足りへんぐらいやんな!」


 綱海が笑いながら暴露すると、燐仁は狼狽してパンを抱えるように身を引いた。


「ちょ、ちょっと綱海ちゃん! それは言わない約束でしょ……!」


「かはは。いいんじゃないっすか? いっぱい食べる人の方が俺は好きっす」


 陽暈の気さくな言葉に、燐仁は耳まで真っ赤に染めた。


「ひぃやぁあ……! な、なんですか急に! 告白ですか!?」


 慌ててパンを頬張る姿は、可愛らしいほどの純情さにあふれていた。


「え、いや、そういうわけじゃないっすけど……」


「なんなんですかもう! 乙女心をもてあそばないでくださいよ!」


「なんか、すません」


「きゃはっ! 陽暈、気にせんでええで。りんは恋したことないピュアな子やから、そういうのに敏感やねん」


 綱海が愉快そうに笑えば、燐仁は顔を覆って「綱海ちゃんってば!」と抗議の声をあげる。さすが同期、ずいぶん仲がいいらしい。


「つか、いままで二人とは一回も会ったことなかったっすね」


「えぇ、私たちは普段、福岡に常駐してるからですね。ここに来るのはずいぶん久々です。次の任務の会議があるとのことで、私たちも呼ばれて来ま──」


「ちゅーかさ、陽暈って触式なんやろ? いいよなぁ」


 燐仁の言葉を遮るように、綱海が身を乗り出して問うてきたため、陽暈が問い返す。


「そっすけど、綱海さんとりんさんはバーストしてんすか?」


「してるで。あーしは味式。凱亜先輩と一緒」


「私は聴式です。真壁師範と同じです」


「アビリティが同じだから弟子になったってわけか。つーか、凱亜さんって味式だったんだ」


 ファウンドは、嗅式を使わない方が強いと自称していた。アビリティを解放することによって余計な情報が脳に流れ込んでくることが煩わしいと。

 レフテリアに現れた凱亜も、オーラを身に纏っていなかった。おそらくファウンドと同じ理由なのだろう。


「そやで。て言っても、凱亜先輩はご飯食べる時以外、アビリティ使わんけどな。ここだけの話、そのせいでめちゃ味にうるさい」


「なんかすっげぇ無駄遣い……ま、でも味式は戦闘には向いてないって言いますもんね」


「そうそう。あーしも使ったことない。てか、使わなくても勝てるようにしごかれてきたって感じや」


「どうりでその筋肉ってわけっすね」


 はち切れそうな二の腕を見やり、陽暈はノンデリカシーな頷きを見せた。

 すると綱海は、テーブルを叩き、鋭い目でアンサー。


「おい陽暈、女の子は筋肉を褒められるのあんまり好きちゃうねんぞ」


 とは言うものの、陽暈は知っている。筋トレ好きの深層心理を。


「またまたー。それは鍛えてない女の子限定っすよね? 綱海さんは明らかに追い込んでる。それを褒められて嬉しくないわけがない」


「お前……なかなか分かってるやんけえ!」


 満面の笑みで、綱海が陽暈を羽交い締めにした。筋肉質な体が頬に押しつけられる。ゴツゴツしているように見えるが、実際に触れると、案外柔らかい。


「ちょ……! 近いって!」


 首に巻きつく綱海の腕を引き剥がそうとしたとき、不意に響いたのは燐仁のひとことだった。


「ごちそうさまでした」


「え、いつの間に!?」


 碧が驚きの声を上げる。視線を向けた先には、見事に空になったトレイと、積み重ねられた透明の袋の山。


「え? いつの間にと言われましても……」


 燐仁はきょとんと首をかしげながら、パンの袋を丁寧に畳んでいた。


「りんは大食いやし、早食いも世界トップクラスやねん」


 ようやく陽暈を解放した綱海が、何気なく事実を口にすると、それまで賑やかだったテーブルの笑い声が、すっと引いた。

 陽暈たちは、ふと互いの顔を見合わせる。


「いやいや、いくらなんでも早すぎじゃね!? ちなみにいま腹何分目?」


 我に返った碧が、再びトレイをまじまじと見つめ、目を擦った。


「うーん……ストマックエイトですね!」


「八分目ってことか? 腹痛みたいに言うのな。つかボケるタイプなのかよワッツ過ぎんか」


 引き気味に、陽暈が呟いた。

 パンの包みを静かに片付ける燐仁の横顔に、誇らしげな様子は一切ない。ただひたむきに、食事と向き合ったというだけ──その飾らない素直さこそが、彼女の魅力なのだろう。


 こうして、年齢も肩書きも越えて集った若者たちの即席の懇親会は、笑いと驚きに彩られながら、和やかに、にぎやかに続いていった。

第三章完結です。

完結まで走りきれそうです。


いいねやブクマ、☆☆☆や感想、励みになるので是非、よろしくお願いします。

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