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赤羽邸の一件から二日後。
レフテリア調査任務に参加していた捜査官らが召集され、事後報告と今後の捜査方針を協議する会議が開かれていた。もちろん、陽暈もその場に出席している。
事件の概要報告を担ったのは、代表として立った零士。
まず報告されたのは、被害の規模について──特執の捜査官は全員無事であったが、ヴェルマらが設置した爆薬により赤羽邸は跡形もなく崩壊。その瓦礫の中から発見された遺体は、一般警察官21名。
陽暈はその数字を耳にした瞬間、改めてヴェルマという存在の凶悪さを痛感する。同時に、ブラックドッグという組織を潰すことこそが自分に課せられた役目であると、胸に深く刻み直した。
今回の任務で問題視すべき点は、大きく二つある。
一つ目は、レフテリアにて殺し合いを強いられていた子供たちの人数について。
一昨日保護された子供たちが全てなのかどうか、確たる証拠が存在しない。闘技場でモニターに映されていた子供たちが、屋敷地下のエレベーターを使い、どこか別の場所へと輸送された可能性も否定できない。
その件については、現在拘束されている赤羽からの供述を待つしかない、と零士は言った。
そして、ヴェルマが通告してきたサーカスとやらの件が二つ目だ。
五日後に迫る2月26日。府上刑務所という場所まで指定されては動かないわけにはいかない。ただ、サーカスと言われても具体的になにが起こるのかが分からない以上、できるのは警備を強めることや、所内に不穏な動きがないか探ることくらい。
「うむ。ご苦労だった」
一通り零士の報告を聞き終え、神妙な面持ちの柳生が全員を労った。そして彼女は、「今後の方針を決める前に」と前置いて重大な決定事項を明かした。
「赤羽氏の身柄は、警察庁へ引き渡すことになったため、我々で尋問は行えない。同時に、赤羽に関する捜査は打ち切りとなった」
配布されていたタブレットの資料に目を落としていた者、椅子の背もたれに体重をかけて天井を仰ぎ見ていた者、姿勢正しく前を向いていた者、それぞれ例外なく柳生の方へ向き直った。
赤羽に尋問することで他に保護すべき子供がいるのか判明するだろうと、諸々の報告の中で零士が言ったばかりというのもあり、全員が当惑したのだ。
「ね、姉さん!? それどういうことかな!?」
珍しく零士が動揺を見せ、立ち上がった。
「これは国家公安委員会からの通達のため、総司令ですら逆らえない決定事項だ」
国家公安委員会。
それは特執が属する警視庁のさらに上位に位置する存在。警察が政治に左右されないように、そして正当な判断がなされるように監督する役割を持っており、政治家、企業の執行役員や会長、大学教授など、委員長を含む六名のメンバーで構成されている。
彼らがいることで、警察が政府の意向に染まらず、国民全体のために動けるという仕組みだ。
「いや姉さん、その理由を聞いてるんですよ」
「私にも、総司令にも聞かされていない。ただ、赤羽の身柄を引き渡せとだけ言われている」
「それはちょっと、世間は許してくれやせんよ……」
「みな、それぞれ異議があることは承知している。しかしこればかりは私にもどうすることもできん」
明らかに異常。もちろん陽暈は異議を申し立てたかった。だが柳生の頑丈さは嫌というほど知っているため、感情を抑えた。
そもそも彼女の意向ではなく、国家公安委員会の独断。柳生も自分たちと同じ考えであることは明白だ。
零士もそれを察したらしく、すんなり食い下がるのを止めた。
「そうですかい。さすがにブラックドッグの件は続行していいんですよね?」
「あぁ。奴らは根絶やしにせねばならんからな。我々はとにかく、26日に行われるサーカスとやらに備える。明日、メンバーを召集の上、改めて作戦会議を行う」
零士以外に質疑がないことを確認した柳生は、一呼吸置いた。
「最後に今日は、みなに共有しておきたいことがある」
そう言った柳生は、一旦会議室を退室──ほどなくして戻ってきた彼女に続き、月乃と早乙女が入室した。
「し、失礼します」
重苦しい会議室の空気を察したようで、気まずそうにしている月乃。そんな彼女とは正反対に、早乙女は堂々と席についた。
「今回の任務で、千劉と金豪を応援に向かわせたのには理由がある」
柳生のその言葉を受け、陽暈は大きな疑問が解消されていなかったことを思い出した。
「そうじゃん! どうしてあのタイミングで凱亜さんが来てくれたんすか!? つか零士さん知ってた風だったよね? どういうことなんすか?」
「まぁまぁ落ち着いてよ陽暈くん。それをいまから説明してくれるかな」
零士が穏やかにたしなめるように言いながら、軽く顎をしゃくって早乙女に視線を促す。
「そのとおりだ。早乙女、頼む」
柳生の指示に、早乙女は頷きながら前髪を耳にかけ、机に両肘をついて話し始めた。声はいつもの通り理知的で滑らか。
「りょーかい。ツッキーはリリースした筋力もバーストアビリティも使えないけれど、なぜかオーバーアビリティだけは扱えることが判明したわ。能力はおそらく未来予知」
「予知!? ヴェルマと同じってことっすか?」
陽暈の体が椅子の背からわずかに浮き、声が机越しに弾けた。その反射的な動きと表情には、彼の中にある警戒心と探求心が。
早乙女は、ふっと口元を緩めながら応じる。
「いい質問ね。未来視と未来予知は、未来が視えるという点では共通しているけれど、大きく異なる点が一つ。視える未来の時間的制限の有無よ。おそらくヴェルマが視えるのは数秒後の未来。対してツッキーが視える未来は、たぶん時間的上限はない」
「上限がない? なら俺の結婚相手も視れる!?」
話の流れを一瞬にして切り替えたのは、ずっと尋芽の横顔に視線を注いでいた碧だった。突拍子もない発言に、場の空気がわずかに弛緩する。
早乙女は肩をすくめるようにして視線を宙に泳がせた。
「んー視えるかもね。でもいまはまだ、融通が利かないのよね、ツッキー」
「はい……今回が初めてです……」
月乃がか細い声で呟いた。伏し目がちな彼女の横顔に、無垢な不安が張りついている。
「そうそ。ツッキーは今回の任務でみんなが地下に閉じ込められる未来を予知したのよ。だから凱亜とナミちゃんが未来を変えに行ったってわけ」
「え、じゃあ俺らが閉じ込められることって元々分かってたんすか? 零士さんも?」
「いや? 俺は姉さんから、なにがあっても助けるって聞いてただけ」
至極当然な論理だと言いたげに、零士が即答した。もちろん陽暈には納得できるはずもなく。
「それだけであの時、あんな自信満々だったんすか?」
「それだけって、それ以上になにが必要だって言うのかな?」
「いや……まぁいいや。てか、それだったら俺らにもちょっとくらい話してくれても良かったんじゃないっすか?」
「それはできないわね」
すかさず早乙女が横から否定。陽暈は訝しげに眉をひそめ、言外の意味を探るように尋ねた。
「なんでっすか?」
「バタフライエフェクトや」
会議が始まって以来ずっと、瞑目して腕を組んでいた凱亜が、片目を開けて横文字を差し込んだ。
「ブラジルの一匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか」
言葉が不足しており、陽暈には理解できなかった。それを察したらしく、凱亜が補足した。
「細かい出来事や選択が、予測できへんようなデカい影響を及ぼすことがある。要するに、自分が未来で死にかけるって分かったら無意識にでも警戒してまうやろ? ほいでもし仮に、朝顔が予知した危険を回避できたとしても、別の危機に繋がりかねへんっちゅうこっちゃ」
「な、なるほど……」
陽暈は驚きを隠せなかった。ゴリマッチョな見た目も相まって、凱亜は脳筋だと思っていたが、どうもそうわけでもないらしい。
「そうね。とどのつまり、確定した未来に対処する方が簡単ということよ」
「あの……」
月乃がおずおずと手を挙げて発言の許可を求める──柳生が頷いて許す。
「今回は的中しましたけど、当たらないこともあるかもしれないので、あまり期待しないでいただけると……」
「案ずるな。的中率を上げるのは早乙女の仕事だ。お前は引き続き彼女に協力してくれればいい。
ただこれだけは覚えておけ。今回、お前は五人の捜査官を救った。いや、子供たちを含めれば五十人以上の命を救ったと言える。その功績は計り知れない」
柳生は一度も目を逸らさず称賛の意を示した。
すると月乃は、何やら天井を見て中指を目頭に当て始めた。
「あっ……すみません。私、こんなの初めてなんです……目が覚めてから周りの人に助けられてばかりで、役に立てたことなんてこれっぽっちもなくて…………」
月乃の様子を見て、陽暈は複雑な感情を抱いていた。
記憶を失う前の彼女は、たくさんの人の役に立っていたはず。相変わらず過去を忘れていることが心苦しい反面、彼女のが持つ人の役に立とうとする信念は、揺るがないということが喜ばしかった。
「朝顔。そう思うのなら、これからはもっと精進し、人の役に立て」
柳生に背を叩かれた月乃は、力強く頷いた。柳生の言葉は厳しいように思えたが、月乃にとっては良い原動力となったのだろう。
「今後もし朝顔が未来を予知したとしても、みなには共有しない。ゆえに、いままでどおり助け船には期待せず、自身の力で窮地を脱するよう心がけろ。彼女の能力はあくまでも神の気まぐれだとでも思っておけ」
柳生の低く重たい忠告が場を支配したまま、会議は幕を閉じた。




