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 屋敷の屋上はやけに静かで、空気の冷ややかさは体の内側に伝わってくる。凶悪な犯罪組織の親玉がすぐそこに立っているからだろう。


 奇妙な悪寒に襲われる中、それに抗うように陽暈は心に業火を灯していた。火種が何なのかは言うまでもない。

 無線で話していた女は無事で、後ろに続々と着地する捜査官らに気づき、安堵の表情を浮かべた。そして即座に凱亜の隣まで後退。


「凱亜先輩っ!」


 腰まで伸びた金髪。真っ赤なスーツと真っ青なネクタイ。凱亜の身なりと逆転させたような色味。そして、普段から鍛えているのか、腕や脚はピッタリと衣服が密着するほどの筋骨隆々。ほぼ女版、凱亜だ。

 溌溂な笑顔を見せる女の頭を、凱亜が岩のような手で鷲掴みにして褒め称えた。女性が頭をポンポンされるのはドキッとすると聞くが、彼らのはどうも一般的なそれとは乖離しているように思える。


 チビ助とやらが後ろに退いたことにより、捜査官らの先頭に立たされるは陽暈。いや、立たされたのではなく、自分から進んで立ったと言える。


「ヴェルマ……」


 先刻落ち着きを取り戻したかに思えたが体は正直で、自分の家族を殺めた張本人を視界に入れたその瞬間から、心拍数が瞬く間に上昇していく。


 いまの憤りを原動力としたのなら、ブレーキは機能せず、一切の抵抗感なくヴェルマの息の根を止められるだろう。

 問題は自分の実力で倒せるのかということと、いまは一人ではないということ。ヴェルマがどれほどの強さなのか分からないうえ、独断で動くのは仲間を危険に晒すことに繋がりかねない。


 零士の助言を真摯に受け止め、復讐心を抑制しながらも着実に利他心を育んできたのも胸を張って言える。しかしいざ直面した時、半年以上の時が霧のように霞み消え、なんの意味もなかったのではないかと勘違いしてしまうほど鮮明に、そして新鮮な復讐心が沸き上がってきている。

 ただ、おそらく以前の自分なら、いますぐにでも暴走してしまうところだが、現在はかろうじて理性を保てている。これまで経た時間は、全くの無意味というわけでもないらしい。

 さりとて、器一杯に張られた水が表面張力に全てを委ねている状態と同じで、今の陽暈の精神が少しでも揺さぶられようものなら、大洪水は不可避。とどのつまり、あと一歩で彼の自制心は崩壊するということだ。


 ちなみに、陽暈の視覚から得られる情報はヴェルマだけではない。ファウンドやワイラー、それにずいぶん前に見たルージや、唯一白い犬の仮面をかぶったレイニーも。これまで遭遇した化け物が勢揃いしていた。赤、橙、青、緑、白、それぞれが特有のオーラを纏っている。

 その中でも厚みが段違いなのはヴェルマが放つ煙のような白いオーラだ。


「かははっ。ファウンド、お前生きてたんだな」


 貨物船で激戦を演じたファウンドに対し、陽暈が皮肉った。


「がっはは! テメェのことは一瞬たりとも忘れちゃいないぜ」


 高らかに笑い飛ばしながら、ファウンドは右腕を持ち上げて見せた。すると鉄が軋む音が鳴り響いた。彼の右腕が義手であることに気づいたと同時に、陽暈は自分がファウンドの腕を千切ったことを思い出した。


 敵はヴェルマを含め、計五人。彼らの背後、屋上の中央に設置されたヘリポートには立派なヘリが駐機されている。


「いいところに来た、助けてくれ! お前たち警察なんだろ!?」


 その憎い声を聞いて、陽暈はようやく視線を下ろし、目の前にいる外道に気がついた。視界下部、ヴェルマの足元に転がっていたのは、手足を拘束され、芋虫のように身をよじらせている赤羽だった。


「助ける……? 俺が?」


 芋虫と言えど、あまりにも虫が良過ぎるセリフに、陽暈の脳は過剰な拒絶反応を起こし、言葉の意味を理解するのに時間を要した。


「おい聞いとるのか! わしを誰だと思っている! わしはげん──」


 なにかを言いかけたが、赤羽は突然意識を失い、身じろぎ一つしなくなった。陽暈はその後すぐ「いやこんなクズはどうでもいい」と首を振ってヴェルマを見据えた。


「久しいな、天若陽暈」


 ヴェルマは陽暈を吸い込むような眼で凝視し始めた。見た目だけでは、極悪非道な組織の頭とは思えない一般的な男。

 体格も普通で、なんてこともない髪型で色は黒。しかし対峙した者だけが感じる威圧感が底知れないのは、彼が持つ特殊な瞳のせいだろう。


 これまで行ってきた悪行とはかけ離れた美しいブルー。吸い込まれそうになる瞳孔は漆黒で、その黒点を包み込む濃い青の色彩が奏でるコントラストは、もはや幻想的とも言えるが、目が合った人間の一挙手一投足を縛りつけるようでもある。


「私を殺したいか?」


 依然として掴みどころがないヴェルマから投げられた単純明快な問いは、陽暈の記憶から清隆の言葉を蘇らせる。

 第二の父親である彼は「人の命を奪うことは如何なる理由があっても悪だ」と説いていた。ただ、復讐の良し悪しについてはノータッチだった。

 それは考え方を変えれば、復讐の手段は殺しだけではないともとれる。


 国民を守る捜査官としての正義と、一人の人間としての素直な憎悪から湧き出る復讐心の葛藤の渦中、陽暈は言葉を絞り出す。


「正直、俺はお前を殺したい。一秒でも早く殺したい。でも……」


 口ごもった陽暈は、後ろに控える仲間たちを振り返った。そこでようやく、自分が認識している以上に前のめりになってしまっていることに気づかされた。


「人を殺すことは悪なんだって、殺すべきじゃないとも思う。かといって、無抵抗のお前が目の前にいて、俺がナイフを握っていたら、殺してしまうかもしれない。たぶん考えても無駄なんだ。だからいま、俺がお前に言えるのは一つだけだ。もう大人しく罪を償え。ヴェルマ」


「少しは成長したようだな。では以前の話の続きをしようではないか。貴様の父親が先に贖罪を積むべきだと言ったらどうだ?」


 ヴェルマのその論は、陽暈の動揺を誘った。


「貴様の父親は、私の父上を奪った。父上がなによりも大事にしていたものもな」


「なんのことだよ」


「やはり知らないのだな」


「仮にそれが本当だとして、母さんと弟が殺される理由にはならないだろ」


「…………確かにそうかもしれんな。

 私は家族以外、なにも求めていなかった。しかし全てを台無しにされたのだ。その時、私は知ってしまった。この世は、弱者に厳しい世界なのだと。

 貴様や貴様の母、そして弟がなにも知らずとも、弱者がゆえに奪われた。ただそれだけの話だ。それ以上でも以下でもないのだよ」


「ふざけるな! そんな無茶苦茶なことが許されるか!」


 暴論に、思わず陽暈の声量が上がってしまう。だがヴェルマは、一寸も動揺を見せずに、淡々と続ける。


「私も知らなかったのだ。なぜ父が死ななければならなかったのか。だがもはや真実は些末なもの。この世界は、いつ如何なる時であっても強者によって壊される。それが真理だと理解したのだ。だからこそ、自分が大切に想っているものを守るには、絶対的な力を有する以外に方法はない」


「そのために弱者の命を無下にするのか」


「言っているだろう。それが世の理なのだよ。それを拒むのなら、力を持つ以外に道はない」


「やっぱりお前はダメだ。話にならない」


 陽暈のなかで、再び戦意が溢れだしていた。以前、ヴェルマと遭遇した時はバーストしておらず、部下のレイニーにすら歯が立たなかった。しかしいまはどうだ。触式という強力なアビリティを得た現在、ヴェルマのオーバーアビリティをも凌げる可能性だってある。

 そんな自信にも似た感覚が湧き出る中、ヴェルマがゆっくりと口を開いた。


「ここで戦ってもよいのだが、私も忙しくてな。今日はこの辺りで帰らせてもらおう」


 ヴェルマの余裕が腹立たしくて仕方なかった陽暈は、思わず一歩踏み出した。


「おっと。それ以上近づいたら、この屋敷が吹き飛ぶことになるぜぇ」


 ファウンドが憎たらしい声で言った。彼の手には、なにやらリモコンらしきものが握られている。


「爆弾だよ。ほらほら、いまこの屋敷がぶっ潰れたらどうなる?」


 屋敷が崩壊することなど、どうてもいい。問題は、駆けつけた大勢に警察官が屋敷内を調べているということだ。もしかすると、拉致された子供たちがまだ、屋敷内のどこかに取り残されている可能性もある。


「汚ぇクズ野郎どもが……」


 陽暈は一歩も動けなくなった。ようやく再会した因縁の相手が逃走するのを、指を加えて眺めていろというのか。悔しいことこの上ない。

 振り返り、零士に視線を滑らせると、彼は口一文字で首を横に振った。


「くっ……」


 さすがの陽暈でも、勝手に動こうとは思わなかった。屋敷内にいる警察官が犠牲になるのは、当然看過できない。


 駐機していたヘリへ、ヴェルマが足を向けると、ファウンドたちも一斉に踵を返した。ほどなくして、まるで空気が震えたかのように低く唸る音が辺りに響き渡り、次第にブレードが回り始めた。回転速度が加速するにつれ、その音はさらに激しさを増し、周囲の空気を無遠慮にかき乱してゆく。


 陽暈らは無意識に目を細め、顔を覆うように片手を上げた。髪が激しく乱れ、スーツも風に煽られてパタパタと踊っている。


「零士さん……!」


 このままでは取り逃がしてしまう。

 そう言いたげな陽暈は、再び零士に意向を確かめんと呼びかけた。だが彼は依然として首を縦に振らない。


 ヘリの入り口に足をかけたヴェルマはこちらを見下ろし、風にかき消されぬよう深い声を響かせた。


「諸君!」


 捜査官全員の視線がヴェルマに吸い寄せられた。


「2月26日! 府上(ふじょう)刑務所でサーカスを開催する! 精々楽しませてくれ!」


 その後、さらにブレードの回転率は上昇し、周囲に巻き起こる風圧が増していった。重厚な機体が宙に浮き始める。


「陽暈ァ! 頑張って守れよぉ! 国民を!」


 煽りたくてうずうずしていたらしく、ファウンドは上昇しながら言い放った。しかし陽暈にはどうすることもできない。それは他の捜査官も同じ。


 そうして、ヘリが空高く上昇していく。


 もはや跳躍しても届かないほど遠退いたところで、非情な事態が陽暈たちを襲う。

 凄まじい衝撃と轟音を伴い、屋敷が大きく揺れ始めたのだ。


「んなっ……!」


 体勢を崩しかけた陽暈。


「総員退避!」


 零士が大声を上げた。みな即座に屋上から飛び立っていく。


「クソが……ヴェルマァァァアアアアアア゛……!」


 逃がしどころのない怒りを叫んだ陽暈は、目下に転がっていた赤羽を担ぎ上げ、零士と共に離脱したのであった。

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