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第一陣から帰還し、陽暈は息を整えながら零士たちの凱旋を期待していた。
通路の闇に消えてから約一分後、零士らが無事に戻った。しかし残念ながら嬉しい知らせは聞かされなかった。
零士らは地下に到着するなり、破損したドアノブを頼りに看守室をすぐに発見した。扉は零士が蹴破って、室内を隈なく調べたが、脱出に繋がる糸口は掴めなかったとのことだ。
檻の数は多く、監守室が他にもあるのではないか、という推察に至ったが、子供たちがそれを否定。
「そういえば、監禁されてる子供ってここにいる子で全員なんすかね?」
不意に、陽暈はずっと不可解に思っていたことを口にした。すると、彼の疑問の意図を汲み取れなかったらしく、尋芽が小首を傾げた。
「どういうことぉ? 下の檻には誰もいなかったよぉ?」
しかし一人、陽暈の懐疑心を汲み取った人物がいた。
「なるほど。檻の規模と、ここにいる子供たちの数に乖離があるとおっしゃりたいのですね」
真壁は顎に手を当てながら陽暈の疑問を噛み砕いた。陽暈は首を縦に振って続ける。
「っす。さっき、赤羽が俺たちを脅すために見せた映像あるじゃないっすか。俺の記憶が正しければ、たぶんあの映像の場所は、ここの下だと思うんすよ。でも、あの後すぐ、子供たちが通路を駆ける映像に変わった」
以前として尋芽は陽暈の意図が理解できないらしく、眉根を寄せている。碧もまた、険しい面差しで聞き入っている。
「要するに、ここにいる子供以外にもたくさんいて、俺らが策を練ってる間にどこかへ避難したかもしれないってことっす。銃を構えてた男も見てないし」
「銃を持ってる男ならそこにたくさん倒れてっぞ?」
リングで意識を失っている警備員たちを指差して、碧が反論した。しかしその論は辻褄が合わない。
「こいつらは赤羽が姿を見せる前にいた警備員だろ。ほら、俺が乱入してすぐに駆けつけた」
「あぁ、確かに」
「だからやっぱり、どっかに地上へ繋がる道があると思う。赤羽から見せられた映像が予め録画されたものじゃなければって前提はあるけど」
やや間が空いて、零士がモニターを見上げた。残り時間はすでに10分を切っている。
「それに賭けようかな」
零士は囁いた。そうは言っても、二チームに別れて調べ尽くしたよな、という空気が流れる中、彼は陽暈の推察にベットしてくれるらしい。いずれにしてもこのままタイムリミットまで立ち尽くしているわけにもいかない。周囲を囲む子供たちの面持にも、徐々に恐怖の波が押し寄せていることも確かだ。零士以外の捜査官もまた、それ以外に今できることはないと腹を決め、動き出した。
──約5分が経過した。
あれから何度かローテーションでガスが充満する地下へ潜り、地上へ繋がる道を探り続けているが、やはり進展はない。
帰する所、赤羽が見せた映像は録画だったのかもしれない。そんなマイナス思考が陽暈の脳を蝕んでゆく。もし自分の勘が当たっていなければ、五十人近くの子供たちを裏切ることになってしまう。
仮に流し込まれるのが催眠ガスだったとして、彼らが次に目を覚ました時には鞭打ちや焼印などの拷問が待ち受けているだろう。
そして陽暈を含む捜査官五人は、どんな仕打ちが待っているのかは未知。ただ、一つ言えることがあるとすれば、生きて帰る希望は持つべきではないということ。
負の渦に巻き込まれながらも、陽暈は脱出へ繋がる糸口を探し続けた。そしてやっとの思いで、一筋の光明を視界の端で捉える。
看守室の造りは正方形。入り口から見て左斜め前の角にはデスクがあり、その逆には資料ファイルが並ぶ棚が置かれている。
デスクと棚の間にはなにもなく、代わりに零士が蹴り飛ばしたであろう扉が地に伏せたいる。扉を破壊したことを知る者からすれば、その質素な一室に違和感はない。
その中で陽暈が見出だした違和は、デスクに置かれた電話機から伸びる線。クルクルと巻き込まれた電話機の線はカールコードと称されており、必要に応じて伸び縮みするため、長さとコンパクトさの両立を果たした代物。
伸縮自在のその線はビヨーンと伸び、破損した扉と床に挟まれていた。そしてその線は、かぶさった扉を通り越し、棚の足にまで伸びていた。
陽暈は即座に扉を拾い上げ、部屋の外に放り出した。
電話線は記憶した形状に戻るのに必死で、ふんわりと宙に浮いた。まるでデスクから棚の足へかかる滑り台のごとく。
さて、デスクから少し離れた棚の足にわざわざ電話線を引っかける理由は何か。いやそんなものはない。
考えられるのは、元々デスクのすぐ傍にあった棚の足に線が引っ掛かり、その後棚を動かしたということだ。つまり、棚の後ろ、壁になにかがある。
確信した陽暈は大急ぎで棚をスライドさせたが、一見、壁には怪しい部分はなにもない。
異変を探ろうと陽暈が手を触れた瞬間、壁には縦に一本亀裂が入った。さらに力を込めて押し出すと、壁は奥へ滑るよう沈み込む。
残念ながらここで一分のアラームが鳴った。
致し方なくリングまで戻ってきた陽暈は全員に知らせた。
「──隠し扉っす!」
その報告は、場内に漂う不安な空気をかき消した。
「マジ!? どこかな?」
目を真ん丸にした零士が聞き返した。それと同時に、子供たちの目に輝きが戻り始める。やっぱり脱出できるかもしれない、この人たちに賭けて正解だった、そんな歓喜が漏れ出している。
陽暈は即座に看守室で発見した隠し扉のことを手短に伝えた。
その後すぐ、零士チーム三人が走り込む。
──しばらくして、険しい表情の三人が帰ってきた。その面差しを見た陽暈は、概ね察していたが、報告を待った。
真壁曰く、看守室にあった隠し扉の先には、エレベーターを待つための一畳ほどのスペースがあり、零士が即座にエレベーターのボタンを押下したが、反応はなかったとのこと。
その報告で、陽暈と尋芽はもちろんのこと、希望を抱いていた子供たちの表情が再び陰り始める。
「だはぁ……やっぱ厳しいかー」
尻餅をつくように崩れ落ちた碧は、天井を見上げた。そんな彼の脱力につられるように、尋芽が座り込む。
大人が醸し出す諦めムードは、当然のように子供たちにも伝わった。グスンと泣き始める子や、地に背を貼り付けて何もかも諦める子、リングの鉄柵に体重を任せてため息をつく子、十人十色だ。
陽暈は諦めたくない気持ちで拳を強く握ったが、成す術が考え及ばない。
そしてふとモニターを見上げたところ、タイマーは残り2分を指し示していることに気づき、さらなる絶望を突きつけられる。
自分はここで死ぬのか。
母親と弟の仇をとる前に。子供を救えずに。
いや、そうじゃないだろ。
そう自分の卑屈さを凪払った時、いつもお馴染み楽観的な零士が呟く。
「あとは仲間を信じるしかないかな、みんな」
何を今さら言っているんだこの呑気な男は。
心ではそう思っていた陽暈だが、口にはしなかった。おそらく陽暈以外の三人も、同じことを考え、黙っている。
いましがたフル無視を食らったはずの零士だったが、どういうわけか彼の表情に焦燥感は垣間見えなかった。




