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パァンッ──!
という、突発的な破裂音が、一瞬にして場内を飲み込み、時を止めた。
人が人に銃を向けていた緊張の糸が緩んだ直後の出来事だった。ゆえに全員の心臓は問答無用で縮み上がった。
咄嗟に陽暈が叫んだが、時すでに遅し。桃子の握る拳銃は、その銃口からゆらゆらと硝煙を立ち上らせていた。
一連の流れは、天井から吊り下げられているモニターの柱に、尋芽がしがみついた状態で行われていた。もちろん足場という足場はなく、不安定なモニターに足を置ける程度。左手は桃子を抱えているため、実質、全責任を負うのは、もう片方の右腕。
つまり、落下するかしないかは尋芽の右腕力に、ほぼ委ねられていたと言っても過言ではない。
しかし一瞬の気の緩みにより、彼女は体勢を崩してしまった。尋芽が体勢を崩すのは、抱えられた桃子がバランスを失うのと同義。
その反動で、少女の指が銃のトリガーを引くのは造作もなかった。
発砲した衝撃に耐えられなかった桃子は銃を手放した。銃弾を押し出す反動を、彼女の華奢な腕には耐えられなかったのだ。幸い、指が細かったためか、引っ掛かることなく銃はスルリと抜け落ち、二次被害には及ばなかった。
だが問題は一次被害。
撃たれた勢いで頭を後ろに反り返らせた尋芽は、ピンクの前髪をフワッと巻き上げた。額と銃口の距離はゼロというわけではなかったものの、至近距離だったことに変わりはない。
支えである尋芽と共に、桃子が落下する──と思われたが。
「あっっぶなかったぁぁぁぁああああっ!」
尋芽は反り返った体をギュンッと戻しながら叫喚した。
その光景は、地獄から舞い戻ってきた悪魔。それか、ヘッドショットを食らわせても突き進むゾンビ。恐るべき強運。いや、実力と言うべきか。
なんと彼女は、紙一重で銃弾を回避していたのだ。
自分が発砲してしまったことや、発砲時の轟音、狂気じみた尋芽の蘇生、さまざまな出来事を目の当たりにした桃子は、ただただ泣き叫んだ。
「うわぁぁぁあああああんんんん! お姉ちゃぁぁあああああああああん!」
「大丈夫大丈夫ぅ」
桃子の腰に回した手で、彼女を優しくさする尋芽。
陽暈たちも、漏れなく肩を撫でおろした。碧に至っては号泣して、鼻水もダラダラに垂らしている。
さなか、零士だけは眉根を寄せ、わずかに首を傾げていた。その胸中までは分からない。
その後、一時はどうなることかと思われたが、大事に至らずに事はおさまり、子供たちからの信頼を得た陽暈たちは天井から降り立った。
子供らはみな武器を捨てており、先までの混沌はない。結局、銃で撃たれたにもかかわらず反撃しなかったという事実が、子供たちへの安心感を倍増する結果となった。
むしろ、尋芽が銃弾を避けられたことや、他の全員が天井まで飛べるほどのジャンプ力を有することに好奇心を抱き、集まってくる始末。
恐怖からの安堵からの恐怖からの安堵、たちの悪いジェットコースターにでも乗せられている気分だ。などと安堵していた陽暈に、リーダー格の少年が不安そうな面持ちで駆け寄った。
「あの、本当に助かるんですか……」
「大丈夫だ。全員、絶対助ける」
陽暈は即答した。残念ながら、いまはまだ脱出する方法が浮かんでいない。だが子供たちを助けるという意志に偽りはない。
「もうみんなと闘わなくていいん……ですか」
依然として心許ない様相の少年を、少しでも安心させるために、陽暈はしゃがんで目線を合わせる。
「あぁ。これからは自由だ。約束する」
自由という言葉を機に、少年を縛る畏怖の鎖が打ち破られ、大粒の涙が頬を伝い流れ落ちた。これまでの凄惨な日々の呪縛から解放されると、本心から思えたのだろう。
子供たちの話によれば、タイムオーバーを迎えたとしても、場内に充満するのは毒ガスではなく、催眠ガスである可能性が高いらしい。
可能性が高いという曖昧な言い回しにならざるを得ないのは、彼ら自身が過去に数度、同様のガスに晒された経験があるという、乏しいながらも現実的な根拠に基づいているからだ。
もっとも、巨額の金を投じて買い集めた子供たちを、わざわざ殺すという選択に、赤羽側の利益は見込めない。その経済合理性を踏まえれば、導かれる答えは一つ。
すぐに死ぬことは、ない。
ひとまず、少年少女の命が救われる見込みがある──その一点に、陽暈は安堵を覚えた。だが同時に、タイマーは容赦なく数字を減らし続けており、残された猶予はもはや微々たるものだった。
そこで、子供たちは改めて場内を隅々まで調べ上げることになった。
一方その間、一般人の常識を逸脱した身体能力を有する捜査官五人は、より直接的かつ単純明快な突破口──力業による打開策を、念のため実行に移すこととなった。
「せぇーのっ!」
零士の掛け声を起点に、全員が力の限りを尽くす。
「ふんんんぬぅぅぅぅぉぉぉおおおお!」
「ぐぉぉおおおおお!」
「きぃぃぃいいいいい!」
「くぁっ……!」
体育祭の目玉種目である綱引きを彷彿とさせる熱量。陽暈らは鉄の扉を力ずくで抉じ開けようと踏ん張り、背筋に意識を集約させた。
扉はシャッターのような構造で、上から下へ閉じられている。つまり開けるためには、凄まじい重量の鉄塊を持ち上げなければならないのだが、五人の力を結してもビクともしなかった。
そもそも鉄塊を持ち上げるだけではなく、頑丈なロックもかかっているらしく、壁同然の状態。力を込めても動かせないことを体で理解した一行は、蹴ったり殴ったりもしてみたが、悪足掻きの域を出なかった。
そんな滑稽な大人たちに、とある少年が一筋の光明を指し示す。
「僕たちをいつも監視してるおじさんの部屋は?」
──闘技場のさらに地下には、子供たちが監禁されている檻があるという。檻の近くには赤羽の部下が使用する看守室があるとのことで、そこになにか手掛かりはないだろうか、というのが少年の所懐だった。
残り時間は十五分を切っているものの、その看守室を探る時間はあるだろう。しかし問題は、ガスが充満しているということ。
毒ガスか催眠ガスのどちらであるか判明していない以上、肺に取り込むのは避けなければならない。となれば、息を止めた状態で看守室まで辿り着き、脱出に繋がる手がかりを探らなければならないということだ。もちろん子供たちにそんな危険な真似はさせられない。
「俺が行きます」
真っ先にその役を買って出たのは、陽暈だった。彼は合気道部てありながら、駅伝の大会にも出るよう教師から依頼されるほど、長距離走が大の得意である。それは彼の、強靭な肺活量が所以。
息を止めることに関しては、それなりの自信があったのだ。泳げないけど。
「一人で行くのはハイリスクだよぉ。うちもついて行くぅ!」
二番目に一歩前に出たのは尋芽。彼女の言う通り、一人で潜ったとして、仮に息が続かずに倒れてしまった場合、それに気づける者がいない。そのリスクは回避すべきだろう。
もちろん、正義感の強さゆえに、他の三人も同行するという意思を示した。そこで零士が全員の意見を取りまとめた結果、二チームに別れることになった。
引き返すまでのタイムリミットは両チーム一分とし、片方が潜って一分半が経過した場合、戻るのを待たずしてもう一方のチームが出発する。そうすることで、仮に片方のチームが全滅していたとしても、もう片方が間もなく到着するため、迅速な救命に取りかかれる。一分半というデッドラインを決めたのはそのためだ。
全員に異論はなく、早々に作戦は始められた。
先陣を切るのは陽暈と尋芽だ。彼女がいの一番に同行を希望してくれたことに、わずかばかりの悦びを感じていたが、わざわざ口に出すことはしなかった。ほぼ同期である彼女とは、心が通じ合っているはずだからだ。
早速、目一杯、空気を肺にぶち込んだ陽暈は、尋芽と共にリングから伸びる通路に足を踏み入れた。数十歩進んだ時点で、空気は霧がかっていることに気付く。
通路はリングを囲むように設計されており、現在陽暈が走っているのは観客席の真下に位置する。事前に子供たちから経路を聞いており、地下へと続く階段を発見するまで10秒とかからなかった。
地下へ続く階段もそれほど長いものではなく、子供たちが収容されていた檻には直に到着。スマホのタイマーは残り45秒。画面右上に表示された圏外という文字は、良かれ悪しかれ状況の孤立感を再確認させてくれる。
陽暈は尋芽と二手に別れ、看守室を探し始めた。ガスが充満しているせいで、檻の中には子供たちの姿は認められず、異様なほどに静まり返っている。駆け回りながら、陽暈は赤羽がモニターに映し出した子供たちのことを思い出し、素朴な疑問が浮かんでいた。
この場所は、モニターに映し出された場所と同じか否かという疑問だ。
20分ほど前、赤羽は陽暈らを脅すために、人質として子供たちが収容されている様子をモニターに映し出した。映像で見た場所と、目の前に広がる場所は似ている。壁の色や鉄格子の造り等々。
パンッパンッ──!
思考の海にもぐっていた陽暈をサルベージするように、尋芽が手を叩いて合図した。
ハッとした陽暈が振り返ると、ハリセンボンのように頬を膨らませた彼女が手招いていた。
陽暈が駆けつけたところ、子供たちの証言通り、看守室が見つかった。一切の会話も必要とせず、二人でドアノブを握り込み、全力で引っ張る。鍵がかかっているとはいえ、一般的なドア程度、彼らの怪力を持ってすれば容易に開けられるだろう。そう慢心していた矢先。
スポンッと、見事にノブの部分だけが引き抜け、その勢いに耐えられず、二人は爆発に巻き込まれたかのように宙を舞い、後方に吹き飛んだ。
二人とも思わず声が漏れ、ガスを吸い込みそうになったが、すんでのところで両手で口と鼻を塞いで平静を保つ。
そこでタイムアップのアラームが鳴り渡る。二人は目を合わせて頷き、撤収を決断。
「ぶはぁ……!」
「はぁ……はぁ……」
息を切らしながらも、陽暈と尋芽は無事にリングへ帰還した。その後、零士らに看守室までのルートを軽く説明し、選手交代──。




