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 すぐさま、警備の男らが十人近くリングへ走り込んできた。


「二人とも、俺から離れるな。それ貸してくれないか?」


 桃子が握る短剣を指差した陽暈。

 むろん、彼女に抵抗の意思はなく、すぐに短剣を差し出した。


 それを受け取った陽暈は、軽く素振りした後にスッと構えた。対する警備員たちの武器は、小銃。

 やはりこのような催しを開く組織というだけあって、銃くらい揃えていて当たり前らしい。


「動くな! 抵抗するなら後ろのガキ諸とも蜂の巣にするぞ!」


 その脅しの効力は絶大。なぜなら陽暈が弾丸を回避することは容易くとも、後ろの子供二人に流れ弾を浴びせるわけにはいかないからだ。


 撃たれる前に、二人を担ぎ上げて観客席、及び地上に戻るべきか、それとも目の前にいる十人ほどの警備員を早急に無力化するべきか。


「剣を捨てて手を上げろ! でなければ撃つ!」


 銃を構えた警備員らは徐々に陽暈の元へすり寄って、警告を強める。どうやら猶予はあまりないらしい。

 やむを得ず、陽暈は短剣を手放そうとしたその時。警備員は全員、一瞬にして気を失ってその場に崩れ落ちた。


「まったく……反抗期か我が息子よ」


 いまだ父親キャラを脱がない零士。


「陽暈! お前が動かなきゃ俺が動いてたぜ」


 つけ髭を引き剥がした碧は、いつもの丸眼鏡がないせいかずいぶんとイケメンに見える。


「陽暈くぅん! ナイスゥ!」


 カツラを取り、眩いピークツインテールを跳ねさせた尋芽は、相変わらずのアイドルぶり。


「お兄様。勝手が過ぎますよ」


 表情一つ変えない妹──真壁は意外にも、役目を全うしている。


 田名瀬家の設定を降りたり降りてなかったりするのが気になるところだが、少なくともこの瞬間だけは、全員の心が同じ方向を向いている気がした。


「無策で突っ込んだのかな?」


「初めからこうなると思ってましたよ私は」


 零士が微笑むその隣で、カツラを取り、艶やかな茶髪を後ろでしばりながら、真壁が陽暈に冷たい目を向けた。


「とりま、陽暈くんと碧は子供を連れて地上へ! ヒロメンは他の子供がどこにいるか捜索! カスミンは俺と一緒に警備を片付けるよ!」


 零士の指示を受け、「了解!」とみな口を揃え、すぐさま散開した。


 その時──。


 観客席の奥から耳をつんざくような、キーンという音が鳴り響いた。全ての動きを封じ込めるかのような、不快な金属音。

 そして同時に、中央にある四方へ向くモニターが一斉に点灯した。一つは先ほど陽暈が斧で破壊したせいか沈黙しているが、残り三つの液晶には見覚えのある老人が映し出される。


「お集まりの皆々様、ごきげんよう」


 映し出された威厳あるその姿に、観客たちは一斉に「赤羽様だ!」「見て! 赤羽様よ!」と声を上げ始めた。その歓声は場内に響き渡り、彼に対する深い敬意が伝わってくる。

 そう──モニターに現れたのは諸悪の根元である赤羽本人だったのだ。


「乱入した五名は警察機関の捜査官です」


 熱狂していた客たちの間に困惑の声が広がり、驚きと不安の表情を浮かび上がる。


「しかし、安心してくだされ」


 赤羽は冷ややかな笑みを浮かべながら続ける。


「これから彼らを動けないようにするマジックをお見せしましょう」


 一見、馬鹿馬鹿しい話だが、赤羽の表情は自信に満ち溢れていた。


「まずはこの映像を見てくれたまえ」


 赤羽が映る画面は縮小され、右半分に別の映像が映し出される。なんとそこには、檻に収容されている子供たちと、銃を構える男の姿が認められた。むろん、銃口は子供たちへ向いている。


 陽暈ら五人はもちろん、観客たちの視線もモニターへ釘付けとなった。


「この小さき者たちを殺されたくなければ、観客の皆様が無事に帰られるまで一歩も動かないでくれるかね」


 赤羽の言葉が場内に緊張をもたらした。そして、その効果は計り知れなかった。

 正義側に立つ陽暈たちが、罪なき子供を見捨てることは看過できない。だからこそ、いまリングに立っている。万国の正義共通の、その弱みを、赤羽は突いてきたのだ。

 結果、陽暈たちは赤羽の宣言通り、動きを封じられてしまった。


「どうですか皆様! これが私のマジックです。正義のヒーローである彼らにだけ、通用するマジックですがね」


 その言葉と共に、赤羽は豪快に笑い飛ばした。この上なく憎たらしい嘲笑だ。

 観客たちはその態度に呼応して「さすが赤羽様!」「素晴らしいマジックだ!」と、場内には賛辞の声が響き渡る。彼らの目には、赤羽の卑劣な策が崇高なエンターテイメントの一部として映っているらしい。


 陽暈はその光景を見つめながら、腸が煮えくり返りそうになっていたが、どうすることもできなかった。胸糞悪い客が堂々と去ってゆく様が、どれほどの腹立たしさか。それは彼の握り込んだ手の震えが全てを物語っている。


 最後の客が退場した後、鉄製の頑丈そうな扉が出入り口を完全に塞いだ。

 そうしてすっかり静まり返った場内に、再び赤羽の声が響く。


「さて、特執の諸君」


 秘密組織のである特執の名を平然と口にされたことで、陽暈の心に動揺が走る。


「せっかくレフテリアに来てもらったのだ。わしと一勝負しようではないか」


 そう言った赤羽は、大勢の子供たちが武器を手に取り、狭い通路を走っている映像をモニターへ映し出した。


「彼らはレフテリアで育った屈強な戦士たち。これからきみたちのいる闘技場へ上ってくる」


 子供たちは何かに追われているようで、中には号泣しながら叫んでいる子もいる。


「もし彼らを全員殺せたのならきみたちの勝利。逆に、きみたちが全員死んだらわしの勝ちじゃ」


 ふざけた提案に、陽暈が黙っていられず、届くのか確証はなかったが叫んで赤羽への怒りをぶつける。


「っざけんな! 俺たちが子供を殺すわけないだろ!」


「ふっふぁっふぁっ! それはどうかな。この勝負に引き分けは用意しておらんぞい。

 制限時間は三十分。もし、双方が生き残っていた場合、即座に毒ガスを流し込み、全員で仲良く息絶えてもらう。おぉっと、脱出は諦めたまえよ。今しがた閉鎖した扉は奥行き三メートルの鉄塊であり、出入り口は他にないからのぅ。それか鉄でも掘ってみるか?」


 赤羽は分かりやすく、そして憎たらしく説明した。そんな嫌味をスルーして、零士は楽観的に状況を整理する。


「つまり、俺らが生き残る道は、子供たちを皆殺しにするしかないってことだね。こりゃ大変かな」


「そんなこと……できるわけ……」


 さすがに碧も憤り、声を荒げた。尋芽もまた苦い顔で苛立ちを表している。


 そうこうしているうちに、リングから伸びる通路の奥が、何やら騒がしくなってきた。地響きにも似た音、そして人の叫び声、いや悲鳴に近い。


「さぁて、そろそろ到着するようじゃな。諸君、健闘を祈っておるぞ」


 モニターはブラックアウトし、自信満々の面持だった赤羽は姿を消した。その代わりに、三十分のタイマーが始動。


「零士さぁん! もうすぐそこまで来てますぅ!」


 通路を覗き込んだ尋芽が、慌てた様子でわめいている。声はわずかに上ずり、緊迫感が滲んでいた。

 陽暈もすぐにその横から身を乗り出す。そこには、泣き叫びながら走ってくる子供たちの姿──見えない捕食者に追われる群れのようだった。足音と嗚咽が混ざり合い、通路全体に不穏なうねりを生んでいる。


 どう動くべきか、誰もが一瞬、判断を迷う。

 そんな混沌のなか、真壁がふと天井を見上げ、迷いのない声を発した。


「みなさん! 上です!」


 その指の先には、格子状に組まれた柱が天井近くに張り巡らされているのが見えた。柱と天井との間にはわずかな隙間があり、そこに一時的に身を隠せると彼女は判断したらしい。


 躊躇っている暇などなかった。

 陽暈はすぐに桃子を背負い上げ、軽やかに跳躍する。一方、碧がスハイルを抱え、勢いよく天井へと舞い上がった。次いで尋芽や真壁、最後に零士もリングから離脱した。

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