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 レフテリア調査任務当日。

 予定通り、陽暈は零士を筆頭に、真壁や碧、そして尋芽と共に、赤羽邸を目指す。

 今回はあくまでも偵察であって取り締まりではない。つまり最も重要なのは、捜査官であることがバレないように雰囲気作りを徹底することだ。

 また、万が一陽暈らと面識のあるブラックドッグの構成員がいた場合、顔を見られただけでゲームオーバー。ゆえに、全員が特殊メイクをして、上質なスーツやドレスを着用する。


 レフテリアに参加するのは、投資家や政治家、企業の社長や会長などの富裕層ばかり。風貌もそれっぽいものに寄せなければならない。


 零士は普段から着用しているスーツと類似したコーディネートだが、細部までこだわった装い。クラシックなグレーのダブルスーツと赤いシルクネクタイで、重役風の威厳を放っている。リアルな白髪と髭が、しっかりと年齢を重ねてきていることを演出。


 真壁はディープネイビーのエレガントなロングドレスを纏い、パールのアクセサリーを控えめに身に着けた優雅なスタイル。ブロンドのショートボブとシルクスカーフが、上品な貴婦人の雰囲気を醸し出している。が、引きで見ると、小さい体躯が全てを打ち消し、幼さが拭えていない。


 尋芽は短めの丈でタイトなエメラルドグリーンのセクシーなドレスを着用。シンプルなゴールドアクセサリーがアクセントとなり、黒のヒールが洗練されたイメージを完成させている。ちなみに、そんな彼女の美しさを前に碧が涙していた。


 碧はいつものグレーのチェック柄は捨て、シンプルで落ち着いたブラックスーツを選択。白シャツとブラックシルクタイを合わせ、フェイク髭が大人びた雰囲気を加えている。お馴染みの丸眼鏡も取り外し、コンタクトを着用。いつものくだけた身なりではない彼は、かなりイカして見えた。


 陽暈は普段通り、ダークブラウンのスリーピーススーツに淡いブルーのシャツを組み合わせた若手実業家風の装い。ネイビーのネクタイがアクセントとなり、細部にまでこだわった上品さを醸し出している。もちろん顔に残る電紋も特殊メイクで見事に隠した。


 完璧な変装をした一家は、赤羽の屋敷を目指して出発。新幹線で大阪に到着した陽暈らは、手配されていた黒塗りの高級車に乗り込み、零士の運転で再び旅を続けた。市街地を抜けると次第に道は緑に囲まれ、都会の喧騒は後ろへと遠ざかってゆく。


 しばらくして、視界の先に現れたのは、巨大な石造りの門とそれを取り囲む高いフェンスだった。異界へ誘うかのように、その鉄門は開かれていた。

 田名瀬の名で難なく門衛を通過。車は広大な敷地内をゆっくりと進み、広々とした庭園と整然とした芝生を横目にしながら、やがて洋風の邸宅がその姿を現した。

 堂々たる佇まいは、古い西洋の宮殿を思わせる出で立ち。見たところ三階建てで、白い大理石と鉄の装飾が施され、古典的な彫刻やバルコニーが随所に認められる。その美しさと豪華さは、圧倒的な財力と権力を誇示しているかのよう。


 駐車場らしきものは見当たらず、だだっ広い砂利のスペースに先客の高級車が複数並べられていたため、それに倣って駐車。

 車から降り立った瞬間、ひんやりとした風が頬を撫でる。

 無骨な都会のビル群から遠く離れ、自然の中に悠然と佇むこの場所は、財閥という孤高の存在感を全身で感じさせる要塞のよう。


「さあ、行くとしようかな。お互い、しっかりと役に徹するんだぞい」


 妙に芝居がかった口調でそう言いながら、零士がネクタイをキュッと締め直す。彼を真似た陽暈も、気取った所作で一歩を踏み出そうとした、まさにその時だった。


 張り裂けるような女の叫び声が、空気を震わせた


「お願いです! 娘を返してくださいぃいいい!」


 その声に、全員の視線が一斉に音の方へ向く。見ると、三十路ほどの女が地面に膝をつき、門衛の服を掴んで縋りついている。荒れた髪と、泣き腫らした目。喉を振り絞るような悲痛な叫びが、庭にまで響き渡っていた。

 門と邸宅の間にはそれなりの距離があるはずだが、彼女はどうやら門衛の制止を振り切り、強引に侵入してきたらしい。


「娘を! 桃子(ももこ)を返してぇぇぇええええ!」


「困ります! 先ほど中の者に確認を取りましたが許可が下りなかったと言いましたよね?」


「私見たんです! 桃子がこの屋敷に…………!」


「我々は見てませんし……とにかくお帰りください!」


 しばらくすると、陽暈ら以外にも到着していた招待客たちの冷ややかな目線が集まっていることに気づいたのか、はたまた諦めたのか、女は渋々去って行った。

 途方に暮れる彼女の背を眺めながら話す、門衛の声がかすかに聞こえる。


「いったい何だったんだ……」


「あの人成瀬(なるせ)って言うらしいんだが、ここ最近よく来るみたいだ。子供が攫われたとか何とかって」


「なんですかそれ。拉致ってことですか?」


「いや、そんなのありえないだろ」


 門衛は鼻で笑った。どうやら彼らは知らないらしい。レフテリアの存在を。


「今怪しい動きを見せるのは危険かな。とりあえず潜入に注力しよう」


 みな門衛の二人に気を取られていると、零士がそう促した。陽暈は静かに頷き、屋敷の入り口を目指す。

 黄昏時ということもあり、温かいライトが石畳の道を照らしていた。


 他の来客の流れに従い、屋敷の中に入ると、重厚な装飾が施された広間が広がっていた。控えめな照明が点された廊下を進むと、無表情の警備員が立ち並んでいる一角に差し掛かる。地下へ繋がる階段の直前に、持ち物検査と本人確認を行う検問所が設けられていたのだ。

 客たちは順番に並び、警備員が一人一人の顔と書類を確認してゆく。物々しい雰囲気に、空気が冷たく張り詰める。


「次の方、どうぞ」


 ついに陽暈たちの番。一歩前に出た零士は、身分証を差し出した。警備員は彼の顔をじっと見つめ、受け取った身分証とタブレットのデータを照合するために専用の機械でスキャンを始める。

 零士は一切の不安を見せず、毅然とした態度を保っている。

 その後、妻役である尋芽、次いで陽暈、碧、真壁、の順で身分証を提示。一連の作業は、彼らにとって永遠に感じられるほどの緊張の瞬間だった。全員が心の中で祈りながら、その結果を待つ。


「どうぞ、お通りください」


 しばらくして、無表情の警備員に通行を許可され、身分証を返却された。零士は軽く頭を下げ、そのままセキュリティゲートをくぐり、奥へと進む。彼の背後を追うように、陽暈らも続く。

 検問所を通り抜け、零士と尋芽が地下へと続く階段に足をかけたその瞬間。


「ちょっと待ってください」


 警備員の低く鋭い声が背に刺し、全員の体が一瞬、強張る。振り返った零士は、表情一つ変えておらず、冷静だった。


 警備員がゆっくりと歩み寄ってくる中、一同の緊張は最高潮に達する。陽暈も目の端で警備員の動きを追いながら、いつでも対処できるように体に力を入れた。頭の中でいくつものシナリオが瞬時に浮かんでは消えていく。もし正体がバレていたらと。


「申し訳ありません。会員カードの配布を失念しておりました。どうぞお受け取りください」


 警備員はそう言いながら、人数分の黒いカードを零士に手渡した。


「ごゆっくりお楽しみください」


 何事もなかったかのように、警備員は元の位置に戻った。


 微かに笑みを浮かべて軽く会釈し、零士は再び階段を下り始める。他の四人も、息をついてそれに続き、無事に検問を突破した。


 薄暗い階段を下り、しばらく通路を進むと、目的地へ到着。

 陽暈の視界にはまず、中央に鎮座するリングが飛び込んできた。リングを囲む柵は、錆びついた鉄でできており、その周囲には血痕があちらこちらに散らばっている。赤黒く染まった床は、何度も戦いが繰り広げられた証であり、その空気には重苦しい静寂と、何か忌々しいものが漂っていた。


「田名瀬くん! 来てくれたんだね」


 オシャレなハットをかぶった品のある老人が零士に声をかけた。


「これはこれは谷内社長。この度はお招きいただき感謝申し上げます」


 零士は少しトーンを落とし、枯れた声で返答した。そして少しばかり世間話をした後、谷内は陽暈たちに視線を滑らせた。


「そちらは?」


「これは失礼。私の妻と子供たちです」


「谷内様。お目に書かれて光栄です」


 普段はゆらゆらと多動症な面を持つ尋芽だが、ずいぶん落ち着きのある所作を見せた。そんな彼女に見惚れた谷内は言葉を失ったが、すぐに正気に戻り、咳払いをした。


「これはどうも。ささ、私はここの常連だ。何でも教えてあげるよ」


 そうして陽暈らは、谷内と並び、観客席に腰を下ろした。各席の肘置きスペースには、小型のモニターと、カードの差込口が備えられている。


 ほどなくして、リングの中央にマイクを握った道化師のような男が突如現れた。


『お集まりの皆様! 大変長らくお待たせ致しましたぁぁあ! 勇敢な戦士たちの自由を賭けた闘い。レフテリアの始まりでございまぁぁあっす!』


 陽気な髭男が縦横無尽に走り回っている。それに応えるように客も雄叫びを上げる。興奮した客の盛り上がりにより、場内は凄まじい熱気に包まれた。


『なお、食事やドリンクは何でもご用意しております! お近くのスタッフに何なりとお申し付けくださいませ! では早速、本日の戦士カムオーーーーーーン!』


 髭男の雄叫びと同時に、リングの真上、天井に設置されている巨大なモニターへ次々と武器を持った少年少女の写真とリングネームが表示され始めた。 


『白い肌がチャームポイント・ミザァァァールゥゥ! 左目の傷が戦士の勲章・スハイルゥゥウ! 洗練された剣術・アルファルドォォォオオ! そして――――』


 司会の男は甲高い声で子供たちの紹介を始めた。


『そして大本命! 現在9連続優勝中で大手! 圧倒的強者・アルデェェエバラァァアン!』


 九連勝で王手とはいったいなんのことなのか。そんな疑問を陽暈が抱いた時、司会の男がそれに答えるように説明する。


『今回が初参加のお客様へご説明いたします! このレフテリアでは、様々な戦士たちが命を賭けて闘います! お客様にはその勝敗を予想していただき、自由にお金を賭けていただきます! なお、お席にございますモニターにて操作していただけます! ちなみに、十回連続で優勝した屈強な戦士には、自由を授けます! そしてこのアルデバランはその自由を掴み取るかどうかが今回で決まるのです!』


 スラスラと言い慣れた様子でレフテリアの概要を説明すると、観客は拳を天に持ち上げ、猛り狂う。


「うぉぉぉおおお! アルデバランンンンン!」

「ガンバれぇぇ」

「今日もいっちょ頼むよぉぉおお!」


 そして、観客の盛り上がりをコントロールするかのごとく、司会の男は声色を落とした。


『しかし自由はそう簡単に掴むことはできません。どこで鍛えたその体! 今回初参戦の大穴。アヴィオォォルゥゥウ!』


 こうしてレフテリアの全貌が明らかとなり、道徳心の欠片もない催しが幕を開けた。

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