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 全身に打撲の痕が残ってはいたが、陽暈の身体は驚くほど頑健だった。骨折していたのは肋骨の数本にとどまり、医師も首を傾げるほどの回復ぶりで、退院までそう時間はかからなかった。


「きたきたきたきたぁああ! ドカンと来たぜぇ!」


「夢の国ぃ!」


「尋芽たんがいればどこだって夢の国だ!」


 退院後まもなく、尋芽と碧、そして月乃の三人と共に、陽暈は遊園地へと赴いた。

 もちろんリフレッシュという意味合いもあるが、月乃の記憶を取り戻すきっかけを探すという目的が主だ。


 以前病室にて、早乙女が特執に関する記憶チェックを行ったが、やはり月乃はなにも覚えていない。ただ妙なのが、オーバーに成功していることだけが判明しているということ。いまだその能力は分かっていない。

 陽暈は、その話を早乙女から聞かされたとき、不意に記憶の底から浮かび上がる光景に胸を突かれた。あの日、病室の窓際に佇んでいた月乃の姿。月光に照らされた彼女の輪郭が、淡く白い光に包まれていたのを、確かに見た。オーバーアビリティに特有の、あの霊気のようなオーラだった。

 だが当時の陽暈は、彼女が意識を取り戻したという衝撃に呑まれ、その異変に気付ける余裕はなかった。ただ彼女が目を開けた、それだけで心は飽和していたのだ。


「月乃、元気ないぞ! 上げていこうぜ!」


 当惑する月乃の背を、暑苦しい陽暈がポンと叩いた。


「は、はい!」


 彼女は母親と会い、自らの名前はもちろん、過去の出来事や育った環境についても詳しく聞かされたようだった。その結果、自分が朝顔月乃であることは、表面的には受け入れている。

 しかし──記憶の空白が残した心の齟齬はなお根深く、どこか自分ではない誰かの人生をなぞっているような違和感が、彼女の所作や表情の端々に滲んでいた。


 局で過ごしていた頃の彼女は、長い髪をきちんと巻き上げ、いつもきれいに団子状に結っていた。

 だが、目を覚ましてからの彼女は、その髪を無造作に下ろしたままにしている。眼鏡をかけていないせいか、かつて教室で見せていた内向的な雰囲気は影を潜め、今はどこか柔らかく、清楚で物静かな印象を人に与えていた。

 その変化が、彼女の喪失を物語っているようにも思えた。


「まずはあれいこぉ!」


 入園のゲートをくぐるや否や、尋芽が勢いよく声を張り上げ、真っすぐ指さした先には、誰もが名を知る巨大ジェットコースターがそびえていた。月乃が少し怯えていたが、陽暈が彼女の手を引いて乗り込んだ。


 カチリ、とシートベルトが締まった。重厚な音に包まれながら、陽暈はふと何かを思い出したように、ぽつりと呟いた。


「あ、俺高所恐怖症だし、こゆの無理なんだった」


 言葉にするには遅すぎた。係員の「いってらっしゃーい!」という朗らかな声が、むしろ容赦なく響いた。


 五分後──。


「オェ……」


 レールを駆け抜け、地上に戻った陽暈は、すっかり魂を抜かれた顔で地面に四つん這いになっていた。瞳は潤み、息も絶え絶えで、まるで一仕事終えた老兵のよう。


「お前、そんなに苦手だったのかよ」


 傍らで碧が背をさすっている。呆れと、ほんの少しの労わりが混ざった手つきだった。


「きゃははっ。陽暈くぅんかぁいぃ」


 尋芽はというと、まるで一人だけ別のアトラクションに乗っていたかのように、ケラケラと笑いながら陽暈をからかってくる。楽しげというより、やや悪ノリの気配もあるが、そこに悪意はない。


 そのとき、少し離れた場所から、小さくも真剣な声が届いた。


「あの! これよかったら!」


 振り向けば、月乃が駆け寄ってくるところだった。少し前まで姿が見えなかった彼女の手には、冷たいペットボトルの水が握られている。わざわざ買ってきてくれたらしい。

 その仕草には、彼女なりの思いやりと、まだ慣れない人との距離を少しずつ埋めようとする意志が宿っていた。


「た、助かる……」


 陽暈は差し出されたペットボトルを受け取ると、喉が音を立てるほどに水を呷った。冷たい液体が食道を下る感触が、乱れた神経を少しだけ落ち着かせてくれる。


「碧くぅん! 次あれ行こうよぉ!」


 不意に尋芽が声を弾ませ、隣に立つ碧の腕にぴたりとしがみついた。その瞬間、碧の顔がみるみるうちに茹で上がるように赤く染まる。


「ほ、ほほ、ほいいい!」


 耳慣れないどころか、どこの言語かも判別不能な裏返った声で返答を漏らした彼は、勢い余ってサムズアップまで繰り出していた。陽暈はまだわずかに残る吐き気をこらえつつ、その意味不明な気合いに対して渾身の頷きでエールを送る。


「私はいいから、二人でいってきてください」


 その様子を見ていた月乃も、静かに気配を読んだのだろう。控えめに言葉を添えると、陽暈の隣にすっと寄り、さりげなく介抱の役を引き受けた。


 足元がふらつく碧と、純粋に楽しげな尋芽。肩を並べて去っていく二人の後ろ姿は、傍目には微笑ましいカップルのようにも、見えなくもない。

 そんな彼らの姿が人波に紛れて見えなくなったのち、陽暈は月乃に支えられながら、ようやく近くのベンチへと腰を下ろした。鉄製のベンチのひんやりとした感触が、火照った身体に心地よかった。


「悪いな……」


 陽暈がうなだれるように呟くと、隣に腰かけていた月乃が、そっと目を細めた。


「いいんです。実は私もそんなにジェットコースターとか好きじゃなくて」


 そう言って彼女が浮かべた笑みは、どこか柔らかく、日差しの合間に吹く風のように穏やかだった。だが、その首筋にはじんわりと汗が滲んでおり、まだ本調子ではないのが見て取れる。身体は目覚めていても、体力の回復までは追いついていないらしい。


「そっか。なんか連れ回してごめんな」


 陽暈が申し訳なさそうに頭を掻くと、月乃はすぐに首を横に振った。


「そんなことないですよ。私の記憶を取り戻すために、連れて来てくれたんですよね」


「それは……」


 たしかに、そうだった。だが、そのことを本人の口から言われると、気を遣わせてしまったような気がして、陽暈は言葉の続きを飲み込んだ。

 無理をしてほしくない──その思いが絡みつき、喉奥に残るような静かな苦みを残す。


 ふと視線を前方にやると、人混みの向こうにふらふらと揺れる小さな影が目に留まった。

 女の子だった。何かを探すように、あるいは自分の居場所を見失ったかのように、落ち着きなく足を運んでは止まり、また向きを変えて歩き出す。


 やがてその子は、まるで心が折れたようにぴたりと動きを止めた。陽暈がようやく立ち上がろうとした、その瞬間──月乃がすでに席を立ち、少女の方へと歩を進めていた。


「お嬢さん、どうかしたの?」


 しゃがみ込み、少女の目線にそっと寄り添うように膝を折る月乃。


「お母さんが……いないの……」


 少女は鼻をすんすんと鳴らしながら、今にも涙をこぼしそうな声で答える。その小さな肩は、かすかに震えていた。


「そっか。じゃあ、お姉さんが一緒に探したげる」


 月乃は変わらぬ微笑みを湛えたまま、迷うことなく手を差し出す。少女は目尻ににじんだ涙を袖で拭いながら、小さく頷くと、その手をぎゅっと握った。

 そのときだった。少女の瞳が不安げに揺れながら、月乃の背後に立つ陽暈を見上げた。


「お兄ちゃん……痛くないの……?」


 思いもよらぬ問いかけに、陽暈は瞬時に困惑した。何のことかと顔に疑問符を浮かべる彼に、月乃がそっと、自分の額を指さしてみせる。

 ようやく気づく。──そういえば、と陽暈は電紋の存在をすっかり忘れていた。


「あぁ、これか! 痛くないよ。心配してくれてサンキューな」


 陽暈は少女に向かって笑みを返す。その笑顔には、彼なりの照れ隠しと、彼女の優しさに応えようとする誠実さが混ざっていた。

 すると少女は、おずおずと小さな手を陽暈にも差し出してきた。今度は彼が、少しだけ戸惑いながらも、その手を優しく包み込む。

 小さな手は驚くほど温かかった。そしてどこか懐かしさを、陽暈の掌に染み渡らせる。


「私は月乃って言うの。こっちのお兄さんは陽暈さん。お嬢さんの名前は?」


 膝を折りながら、月乃は穏やかな声で問いかけた。


「まぁちゃん……」


 少女は恥じらうように、けれどしっかりとした声で名を名乗る。


「まぁちゃんね。行こ」


 月乃が首を傾けると、少女が改めてぎゅっと手を握り直す。そうして三人は連れだって歩き出した。ゆっくりと、足並みをそろえるようにして。


「なんだか、親子みたいですね」


 不意に月乃がくすりと笑い、そんな言葉を漏らす。その頬にわずかな紅がさした。


 確かに、他人の目から見れば、仲睦まじい親子のように映るかもしれない。陽暈は少しばかりの照れくささを覚えつつも、胸の奥をふと掠めた感覚に目を伏せる。それはずっと昔、どこかに置き忘れた温もりに、よく似ていた。


 そうして三人でしばらく園内を歩いていると、突然、少女が立ち止まり、目を輝かせて叫んだ。


「チュロス、食べたい!」


 どうやら母親を探すという本来の目的は、彼女の頭から完全に飛んでしまったらしい。その無邪気さに、陽暈は苦笑をこぼした。しかし、それは何よりの証拠でもあった。不安はもう、解けているのだ。


 三人分のチュロスを手に入れ、木製の丸椅子が並んだ休憩スペースに腰を下ろす。


「おいしいぃ!」


 シュガーがたっぷりまぶされたチュロスを頬張った少女は、唇のまわりを甘い粉で白く染めながら、幸せそのものの笑みを浮かべている。


「へへ。美味しいね。こっちも食べる?」


 プレーン味をかじっていた少女の視線が、月乃の持つチョコチュロスに釘付けになっているのを見て、彼女がそっとそれを差し出した。少女は一切の遠慮も見せずにぱくりとひと口。


「こっちもおいしぃ!」


 その無垢な反応に、二人の頬が自然と緩む。

 すると、少女のつぶらな瞳がくるりと陽暈の手元に向き直る。視線の先には、彼の持つストロベリー味のチュロス。


「かはは。欲しいのか?」


 砂糖できらめく口元のまま、少女は勢いよく首を縦に振った。

 陽暈は計算高いあざとさに辟易するタイプだが、この少女のそれには一切の打算がなかった。ただただ純粋で、正直で、愛くるしい。心のどこかが不意に射抜かれるような、そんな感覚が胸に差し込む。


 魔法にかけられたように、黙ってチュロスを差し出した。


 少女は寄り目になりながらも、一口ぱくりと食いつき、もぐもぐと咀嚼した。そして、飲み込むと、まるで何事もなかったかのように、自分の持つプレーンチュロスへと戻っていった。

 ストロベリー味へのコメントは、一切なし。


「お気に召さなかったのかよ!」


 陽暈が思わずツッコミを入れると、少女はきょとんとした表情で首を傾げた。その何とも言えないリアクションが可笑しく、月乃が吹き出した。


「はぁーおっかし。子供は自由ですねえー」


「俺は結構好きだけどな~イチゴ味」


 ああ、これはもう──どう見ても、家族だ。

 並んで座って笑い合うこの情景に、奇妙なほどの馴染みと安らぎがある。あまりにも自然すぎて、かえって不自然なほどに。


「あ! お母さん!」


 突然、少女が椅子から跳ねるように立ち上がり、小さな指を人波へ向けて突き出した。弾けるようなその声に呼応するかのように、若い女性がこちらへ駆け寄ってくる。


麻央(まお)……!」


 息を切らしながら娘の名を呼ぶ声には、安堵と焦燥が交じっていた。


「あ、お母さんですか?」


 月乃はチュロスをテーブルに置き、静かに立ち上がる。


「はい……あなたたちは……」


 娘の背後に立つ陽暈と月乃に気づいた母親が、少し戸惑いながら問う。


「迷子になってたので、一緒に探してたんですけど、チュロス食べたいって言われちゃって、休憩してたんです!」


 月乃が少し照れたように笑いながら事情を説明すると、母親は深く頭を下げた。


「そうだったんですね。またこの子は本当に……ご迷惑をおかけしてすみません。お支払いします! 確か六百円くらいですよね!」


 そう言うや否や、彼女は鞄をごそごそと探りはじめた。


「そんなのいいですよ! 麻央ちゃんの可愛さで十分返してもらいましたから!」


 月乃が冗談めかして笑うが、母親の手は止まらない。


「そういうわけにはいきません! こちらはせっかくのデートを邪魔したのです! 時間はお金では買えませんが、これだけでも受け取ってください! 小銭ありませんでした! すみません!」


 返す言葉も与えぬ勢いで、彼女は財布から五千円札を取り出し、月乃の手に無理やり押しつけた。


「ちょ、ちょっと! こんな大金いただけませんよ!?」


 月乃が慌てて突き返そうとするが、あっさりとねじ伏せられてしまう。


「それでは! ほら麻央! 行くよ!」


 まだチュロスを口いっぱいに詰めたまま、麻央はもぐもぐと咀嚼しながら走り出す。


「ぶぁいぶぁーい」


 口の中が満杯なせいか、舌足らずな別れの言葉だけ残し、陽暈と月乃には一瞥もくれずに駆けて行った。母親は、そんな娘の代わりとばかりに、何度も深く会釈を繰り返しながら去っていく。


 麻央の無邪気さには、もう笑うしかなかった。

 迷子になった不安は、チュロス一つで見事に回復。母親との再会という感動の場面ですら、彼女にとっては脇役扱い。今の彼女の世界はきっと、チュロスの味で満たされているのだろう。


「やっぱり子供って、自由でいいですね」


 丸椅子に腰を下ろしたまま、月乃がふと空を仰ぐように呟いた。遠くで鳴るメリーゴーランドのオルゴールが、風に乗って微かに聞こえてくる。


「かははっ。ああでなくっちゃな、子供ってのは」


 陽暈が笑いながら相槌を打つ。その笑みには、どこか眩しさを見つめるような、優しい憧れの色があった。


「でもよかった。お母さん見つかって」


「だな」


 短い言葉を交わしながら、陽暈は手に持ったチュロスを一口かじった。軽いサクッという音がして、口の中に甘さがじんわりと広がる。

 その味に紛れるように、ふと胸の奥に温かいものが灯った。


 よかった。

 何が、とは口にしなかった。ただ、そっと胸の内に浮かんだのは、月乃のこと。

 記憶を失っても、名前を忘れても、今の彼女の中には確かに彼女がいた。迷子の少女に寄り添い、笑い、手を差し伸べたその姿に、変わらぬ優しさの核があった。

 そのことが、なにより嬉しかった。


 陽暈はもう一度、チュロスにかじりつきながら、隣に座る月乃の横顔をちらりと見る。

 どこか遠くを眺めるように穏やかな彼女の瞳は、記憶の空白を受け入れながら、それでも前を向こうとしていた。いや、これは陽暈の希望的観測かもしれない。


 とにかく、彼女の中に失われていないものがあると分かっただけで──今日という一日は、十分に意味を持つ。


「あの子、泣いてましたよね」


 風が少し冷たくなりはじめた午後の陽射しの中で、月乃がふと呟いた。


「泣いてた?」


 陽暈が問い返すと、彼女は小さく頷いた。


「はい。お母さんとはぐれて、寂しかったんでしょうね」


「あぁ、確かに泣いてたかも」


 そのときの麻央の表情が、陽暈の脳裏に浮かぶ。鼻をすすり、目元をうるませたあの不安げな横顔。小さな世界が崩れるような喪失の恐れが、そこにはあった。


「天若さんは知ってますか? 人が涙を流す理由って」


 その問いに、陽暈は一瞬、心臓を撃たれたような感覚に見舞われた。人間が涙を流す理由は、いまだ解明されていないと、記憶を失う以前の月乃から聞いたことがある。


「いや……知らないな……」


 知っていながらも、陽暈はそう答えた。試すように、或いは確かめるように。


「実は科学的にはまだ分かっていないんですって」


 月乃の微笑とともに、校舎裏のベンチ──秋の午後、木洩れ日のなかで交わした言葉たちが、映写機のフィルムのように脳裏を流れ始める。


「でも私、思うんです。人が涙を流すのは、誰かに助けてほしいからなんですよ」


 言葉は優しく、まっすぐで、あまりにも月乃らしかった。ただでさえ、変わらぬ優しさに触れたばかりだというのに、紡ぐ言葉までもが以前の月乃と一致する。それが、胸を締めつけるほどに嬉しかった。


「だから泣いている人がいれば、なにか手伝ってあげられればいいなって」


 目の奥に、熱が込み上げる。感情の波が押し寄せるのを、陽暈は必死に抑え込んだ。言葉を発する余裕すらなかった。


「あ、あの、どうかしました?」


 月乃が不思議そうに首を傾げる。

 目覚めてからというもの、彼女はずっと敬語を使い続けている。その丁寧さが、ときに彼女自身を他人のように感じさせ、陽暈の心を不安にさせる。


 だが今は、もう分かっている。彼女は、変わっていない。

 そして、なぜかその瞬間、波瑠の面差しが陽暈の中にふっとよぎった。理由は分からない。ただ、その記憶が感情の堤を緩め、涙が喉元まで込み上げる。


「……いや、確かに月乃の言う通りだと思う」


 どうにか絞り出したその言葉に、彼女の顔がふわっと綻ぶ。


「ですよね!」


「俺もこれから、泣いてる人がいたら絶対手を差し伸べるよ」


「それがいいと思います!」


 月乃が嬉しそうに頷くたび、彼女の髪がさらさらと揺れた。光を受けて淡く輝くその様子が、陽暈には、やけに眩しく見えた。


 涙腺崩壊まであと一歩のところで、遠くから甲高く甘ったるい声が響いた。


「陽暈くぅぅん! つきちゃぁぁん!」


 振り向けば、ぶりっ子全開の尋芽が、フラフラと歩く碧を片腕で引きずるようにして、こちらへと向かってきていた。


 月乃に倣って陽暈も小さく手を振ると、碧の様子にふと眉をひそめた。


「あれ、碧、大丈夫か?」


 尋芽とのデートに浮かされた高揚感とはまるで異なる。顔色は青白く、脚取りはおぼつかない。魂が抜けかけているかのよう。


「陽暈……尋芽たんヤバすぎ……もう無理…………」


 命の尽きる寸前のような口調でそう言い残し、碧はバタリと芝の上に崩れ落ちた。


「おおい! 大丈夫か!? 尋芽、これどうなってんだ!?」


 陽暈が慌てて声を上げると、尋芽は人差し指を顎にあてながらケロリとした顔で応える。


「ん〜? 急流滑りを十回くらい乗っただけだよぉ? あとパフェを七個くらい食べたぁ! 全種類ひとくち貰って、あとは碧くんにあげたけどぉ!」


 陽暈は言葉を失った。真っピンクのツインテールが揺れ、相変わらずアイドルのような軽やかさで悪びれもない。


「パ、パフェを七個……これが俗に言うP活…………」


 もはや呆れるしかなく、ドン引きしながらも陽暈は急いで碧をベンチへ寝かせた。


 結局、碧の体調は回復せず、アトラクションは断念することになったが、それでも四人はベンチに腰掛け、軽く談笑をしていた。ふと気づくと、周囲にざわざわと人の流れができ始めていた。


「パレードだぁ!」


 イルミネーションにも負けないほど派手な髪色の尋芽が、弾むように声を上げる。夜の帳が降りるなか、いよいよパレードが始まろうとしていた。

 軽快なマーチのリズムが鳴り響き、闇を照らす光の波がゆっくりと遊園地全体を包み込んでいく。

 先頭に現れたのは、きらびやかな衣装を身にまとったダンサーたち。手に持つペンライトのような装飾が宙を舞い、夜空に鮮やかな軌跡を描いていた。


「わぁ……」


「綺麗ですね……」


 尋芽と月乃が、息を呑むように見上げる。


 フロートが次々と姿を現し、人気キャラクターたちが笑顔で手を振る。音楽と光と色彩が重なり合い、この場にいる誰もが夢の住人になる時間。

 ベンチに身を委ねる碧も、未だ本調子ではないようだが、ぼんやりとパレードを見つめていた。照明の柔らかな光がその顔を照らし、少しだけ表情が和らいだように見える。


「写真撮ろぉよぉ!」


 突然、尋芽が声を上げた。四人が顔を見合わせると、彼女はすでにスマホを取り出してスタンバイしていた。

 パレードの幻想的な光を背景に、四人の笑顔が並ぶ。シャッター音が鳴る。一枚の写真が、新しい記憶として刻まれた。

 かつては、尋芽と碧、そして陽暈の三人で出かけることがほとんどだった。

 その時、月乃は深い眠りの中にいた。

 だが今は違う。レンズが捉えたのは、確かに四人で過ごす、かけがえのない時間だった。

第二章完結です。

引き続き、可能な限り投稿して参ります。


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