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ワイラーの気配が霞み消えたのち、零士は陽暈の方へ向き直った。
「傷口は?」
「腕にちょっとかすったくらいっす……」
強がっているように見えた陽暈だが、すでにベルトで圧迫して止血を試みており、応急処置としては十分だった。
「そっか。ごめんね陽暈くん。きみの気持ちは重々承知してるつもりなんだけど」
「いや、分かってるっす。俺が足手まといだったんすよね」
「というより、俺の実力不足かな。きみを守れる確証がなかったと言うべきだね」
「いやいや、それを足手まといって言うんっすよ……」
「アハハッ。ならもっと強くなってもらっていいっすか?」
「なるよ。なる。つーか、さっきのフリーズ? あれなんなんすか!?」
興奮気味に身を乗り出す陽暈に、零士は一拍置いて、口角を上げる。
「あーあれはね、俺の必殺技ってやつかな」
「どういう原理かって話っすよ」
真顔で詰め寄ってくる陽暈を面白がるように、零士は指を立てて語り出した。
「あーそゆことね。まだまだ解明されてないんだけど、フリーズというのは脳の処理速度を急激に上げることで起きるって言われてるかな。ほら、パソコンとかスマホとかも、いろんなアプリを一気に立ち上げると重くなるじゃん? あんなイメージ」
「な、なるほど。いやなるほど?」
理解したようなしてないような表情の陽暈に、零士は得意げに頷いてみせる。
「簡単に言えば、ゼロから一気に脳に負荷をかけると、自分の周囲の時が停止するってわけ」
「簡単に言うけど、その一気に負荷をかけるってのはどうすりゃいいんすか」
額に皺を寄せながら陽暈が尋ねると、零士はすっと視線を空へ向けた。
「いい質問だね。まず俺の視式について、どこまで知ってる?」
「どこまでって……動体視力が半端ないってことくらいしか聞いてないっすけど」
「そうだっけ? まず視式を持つ人間は動体視力が向上するパターンと、単純な視力が向上するパターンに別れるのは知ってる?」
「いや、初耳っす。視力って、目が良くなるってこと?」
「そうだけど、良くなるってレベルじゃないよ。集中さえ途切れなければどこまででも見える。カメラのズーム機能を思い浮かべれば分かりやすいかな」
「やば! 覗き放題じゃん!」
「そうさ。この力を得てから、一度もパンチラを見逃したことはない。デザインも、素材も、恥じらう表情も、全てな」
キリッ──。
という効果音が聞こえてきそうな、完璧なキメ顔を浮かべる零士。顎に人差し指と親指を添えて、視線は斜め45度上。
「ごめん零士さん。解像度あげられるとちょっとオッサン臭いかも」
確かに、オッサン過ぎたやもしれぬ。
威厳を損なわぬよう、零士は表情を真顔に戻し、咳払いをひとつ。
「でもね、カメラってズームすればするほど手ブレに敏感になるでしょ? あれと同じで、めちゃくちゃ酔って気分悪くなるよ」
「なるほど……それはきつそう。あれ、つか零士さんって動体視力が向上したパターンなんすよね? どうして視力が良くなった方の感覚を知ってんすか?」
陽暈の問いに、零士は胸を張って堂々と答えた。
「よくぞ聞いてくれた! 実はね、俺はね、両方のパターンを兼ね備えているのだよ!」
「両方って、純粋な視力と動体視力の両方ってこと? それって凄いの?」
「えぇ……凄くないのかな……」
得意げだった零士の顔に、ほんの一瞬だけ陰が差す。
「え、なんかごめん。俺バーストしてないからよく分からないんすよ」
「それもそうだよね……まぁいいでしょう! では、俺がなぜフリーズを意図的に引き起こせるのかを説明しよう!」
「それそれぇ!」
陽暈が身を乗り出すのを見て、零士はどこか講義めいた口調で続ける。
「まず、純粋な視力をほどよく引き上げることで、衣服の繊維まで鮮明に視認します。それと同時に、動体視力も底上げされているので、細かい物体の素速い動き──大量の情報が視覚から脳へ流れ込みます。目を瞑った状態から、急に目を開けて一気にその状態に持って行くと、あら不思議、フリーズの完成です」
「なるほどぉ! とにかく、零士さんにしかできない芸当ってことは分かった」
「そんなこともないよ? 意外と考えることが多い時はフリーズする。よく知る相手との戦闘とかね」
「よく知る相手?」
その言葉に、陽暈はわずかに目を伏せた。
「あぁ。例えば親しかった友人との戦いとなると、いろいろと考えちゃうでしょ? そうすれば自ずと思考量も増加して、脳に負荷がかかる」
「なるほど。親しかった友人……か。ってか、フリーズを起こした零士さんはどういう感覚なのか分からないっすけど、周りからすると凄い気持ち悪い感覚っすね……」
「え、どんな感覚?」
ちなみに零士はこれまで、幾度となくフリーズを起こしてきたが、敵に起こされた経験は一度もない。
「なんつーんすかね。体感的には停まった感覚はないんっすけど、後から停まってたって記憶が上書きされるみたいな?」
「ほぇー。じゃぁ、クソッ! 動けない! って感じでもないんだ」
「うん。なんかいつの間にか零士さんがワイラーを十手でぶん殴ってた。そしたら、停まってた時の記憶が遅れて頭に流れ込んできたっす」
「ほぇー」
そんな感覚なのか。とりあえず、痛みなどは感じないようなのでひと安心。
「どうでもよさそっすね……んで、フリーズしてる間は、零士さんは自由に動けるんすよね?」
「まぁそうだけど、結構すぐに戻るから、できることは少ないね。ちなみに、脳にかかる負荷が大きければ大きいほど、フリーズする時間が長くなるらしい」
「そういうことなんすね。でもフリーズって、なんかデメリットあるんすか? 代償的なのがないなら、使いまくれば最強じゃね?」
「アハハ! 確かにそうだけど、代償はあるよ。まず、脳みそを握り潰されてるような激痛」
「え……」
「そして、髄液が沸騰してるような熱さ」
「お……」
「さらに、インフルの時みたいにボーッとしてる感じが続く」
「あの……零士さんは、いままさに、それに耐えてる状態ってこと……?」
「あぁ、そうだよ?」
「とんでもない根性じゃね……」
「まぁ顔歪めても痛みは変わらないからね。ってなわけで、フリーズの代償はまぁまぁ大きいのよ。その状態でもう一回フリーズを引き起こそうとしたら、脳が溶けそうになるから、連続はほぼ無理。ただでさえ集中しないとだし」
訓練で、フリーズを連続で引き起こせないか試したことがある。だが毎回、頭痛に耐えられずに倒れるのがオチで、一日に一度が限界。なりふり構わずに試みれば起こせる可能性はあるが、脳へのダメージが未知数である以上、下手に試すこともできない。
「な、なるほど。そりゃそうっすよね」
「うん。とりあえず手当てだ。一旦局に戻ろう」
斯くして、強敵を退けた零士は、ワイラーが乗り捨てたバンを拝借し、陽暈と共に局へと引き返した。
陽暈が治療を受けている間、零士は柳生のもとを訪れ、淡々と一連の経緯を報告する。襲撃を受けたことは決して軽くないが、ブラックドッグの調査は続行。柳生の指示は、端的だった。
むろん、零士も同意。
ブラックドッグによる犯行が急増しているいま、悠長にしている時間はない。
第一章完結です。
引き続き、可能な限り投稿して参ります。
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