表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/129

19

 合気道と特執の訓練、その両方を並行してこなしていた陽暈は、若さという資源を惜しげもなく注ぎ込み、文字通り体力の尽きぬ限り、日々の鍛練に励み続けた。

 その努力は確かな形となって現れ、三ヶ月という短い期間で、彼の身のこなしは目に見えて実践的なものへと進化していった。

 もちろん、バーストアビリティを有する月乃には、いまだ一歩及ばない。だが、それでも一瞬の隙を突いた惜しい場面が少しずつ増えてきている。


 後見人である清隆には、特執の捜査官として活動していることを一切告げていなかったが、帰宅が遅くなっても、特段問い詰められることはなかった。

 おそらくは、部活動か、あるいは友人との交流に時間を費やしているのだろう──と、何の疑いも持たずに受け止めているのだろう。


 そして──。

 ついに陽暈は、初めての任務への参加を、真壁から正式に許可されたのだった。


「みなさん揃いましたね。では之槌さん。お願いします」


 会議室に集まった一同を見渡しながら、真壁が落ち着いた声で促す。抑揚こそ控えめながら、空気を締める役割を果たしていた。


「それでは僭越ながら」


 柔和な物腰で応じた之槌が、壁際のスクリーンの前へと歩み出る。


 今回召集されたのは、陽暈、月乃、尋芽、碧の四名。そして彼らを束ねる立場に立つ真壁を加えた、計五人のチーム編成である。


「結論から申し上げますと、現金輸送車の護衛ですな。新紙幣の発行に伴い、日銀から市中銀行へ大金が輸送される予定でございます」


 その言葉に続いて、スクリーンに映し出されたのは、クリーム色を基調に、緑と橙のラインが走るトラック。


「輸送車はこちらと同じものを三台使用するとのことです。ここだけの話ですが、金額は合計で約三千億円と聞いておりますな」


「さ、三千億!?」


 桁外れの数字が告げられた瞬間、陽暈の体は自ずと跳ね起きた。椅子を引く音が会議室の静寂を裂く。いくらなんでも初任務にしては、金額の規模が異常。

 こうも唐突に現実へと踏み出すものなのか──と陽暈の心の奥底で、少年のままの感性が、かすかに震えていた。


「天若殿、安心してくだされ。現金輸送車の襲撃は三十年前がピークで、近年はほぼゼロに近い。今回も恐らく狙われることはないと思われます」


 柔らかな口調で語りかける之槌の声に、陽暈の表情がふっと緩んだ。胸の奥に詰まっていた石が一つ、そっと取り除かれたような反応。


「そ、そうなんすか」


 素直な驚きと安堵が入り混じった声をこぼしながら、陽暈は椅子へ腰を落ち着け直す。


「普段、現金輸送は二人体制で行われるくらいですから、それほど日本は安全ということでしょうな。しかし近頃はそうも言ってられません」


 之槌はそこで一拍、言葉を切った。垂れ目の輪郭に一瞬だけ力が宿り、穏やかだった表情がわずかに引き締まる。眉根が寄り、彼の視線がスクリーンへと移ったその瞬間、画面の内容が切り替わる。

 今度映し出されたのは、黒い犬の仮面をかぶった男と、その素顔を晒された人物の顔写真だった。


「こちらは以前、天若殿と朝顔殿の協力のおかげで捕らえた人物で、ブラックドッグという犯罪シンジケートの構成員です。名の通り、黒い犬の仮面が組織のトレードマークですな。ここ一年ほど、ブラックドッグによる犯罪件数が急増しております」


 スクリーンの色調が切り替わり、日本列島の地図が表示された。都道府県ごとに色分けされ、そこから伸びる線と共に、犯罪件数を示す数値が簡易的に浮かび上がっている。


「活動エリアに一貫性はなく、全国どこにでも現れるようですな。いまのところ輸送車の襲撃は確認されていません。しかし先日、大阪のとある銀行がブラックドッグの襲撃にあいました。そのこともあり、色々と敏感になっているので、今回みなさんの協力を要請した次第ですな。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 言い終えると、之槌は場の空気をやわらげるように、申し訳なさそうな笑みを唇に浮かべた。そしてそのまま、腰を折るようにして深々と頭を下げた。


「では、ここからは私が」


 すっと背筋を伸ばし、ポニーテールを揺らしながら席を立った真壁が、流れるような動作でスクリーンの前へと進んだ。


「輸送車が走行する経路がこちらです」


 指先の一振りでスクリーンが切り替わり、犯罪件数が散りばめられていた日本地図は、一気に都心部へとズームインする。

 濃密な建築のグリッドが浮かぶ航空写真には、日銀を始点とし、延びた白線が数本描かれ、各銀行へとつながっていた。


「基本的にはこの経路を遵守し、各銀行をまわります。我々は別の車を前と後ろにつけて警備にあたります。前方車両には仁志さんと蓮水さん。朝顔さんと天若さんは、私と一緒に後続します」


 指でなぞられるルートに従って、それぞれのポジションが視覚的に整理されていく。


「輸送車には乗らなくていいんすか?」


 挙手と同時に、陽暈が素直な疑問を口にする。


「輸送車に乗ってしまうと、敵の動きが把握しづらいので、客観的に状況を掴むためにも別車両で参ります」


「なるほど」


 陽暈は小さく頷き、その答えに納得を示す。


「ちなみに輸送車には、従来通り警備輸送会社の方が二人、乗車します。もちろん彼らは一般人ですから、有事の際は身の安全を優先するよう指導されています」


「まーどうせ誰も襲ってこないっしょ! 我が国、ジャパンは平和だからねえ!」


 終始、尋芽の横顔を吸いつくように見ていた碧が、余計なフラグを立てた。


「ほっほっ。頼もしいですな。仮に紙幣を強奪されても番号は日銀がおさえておりますゆえ、そう簡単には逃げられますまい。みなさんはいつも通り、一般市民に危険が及ばぬよう配慮いただければ幸いですな」


 孫の無邪気さに感心する祖父のような眼差しで、之槌が口元をほころばせる。


 そうして、ブリーフィングは滞りなく幕を下ろした。

 数刻後、之槌とその部下が運転を担い、一行は局を出発する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ