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「あぁ! 陽暈くんだぁ? やっぱり写真で見た通りかっこいぃ!」


 その歓声が弾けた瞬間、少女の顔が一気に陽暈の間近まで迫ってきた。鼻先が触れそうなほどの距離──彼女の吐息がほんのりと唇にかかり、思わず陽暈は目を丸くする。

 だが、彼女はそんな反応を気にも留めず、無邪気な笑みを浮かべた。子猫が好奇心のままに顔を近づけてくるような、人懐こさと勢いだった。


「ちょっと尋芽(ひろめ)。近すぎだよ!」


 すぐさま月乃が一歩踏み出し、尋芽とやらの両腕をしっかりと掴んで、やや強引に後方へと引き戻す。口調は冷静でも、その動きにはどこか焦りのような色が。


「つきちゃぁん。なにぃ? 妬いてるのぉ?」


 尋芽は振り返りざま、いたずらっぽく目を細める。軽やかな声に含まれる揶揄の響きが、空気に甘く跳ねた。


「べ、別に!? ただ陽暈くんが困ってるかなって!」


 月乃は頬をわずかに紅潮させ、言い訳めいた声を返す。


「ワッツだな。月乃、この人は?」


 陽暈の問いに、月乃が口を開くより早く、尋芽が一歩前へ飛び出す。


仁志(じんし)尋芽! 十七歳でぇーっす!」


 元気よく掲げたピースサイン。その間から覗かせる片目はキラリと輝き、笑顔には堂々とした自信が宿っていた。舞台のセンターに立つアイドルのように、彼女は自然と視線を集めてしまう。

 くっきりとした二重に、ぱっちりと開かれた瞳。鼻筋はすっと通り、顎のラインには無駄のないしなやかさがある。真っピンクのツインテールと切りそろえられた前髪は、派手さと愛らしさの境界を見事に渡っていた。文字通り、アイドルそのもの。

 雪のように白いスリーピーススーツに身を包み、第一ボタンまできっちりと留めたネイビーのシャツが、凛とした佇まいに陰影を与えている。喉元には、月光を思わせる繊細な白いループタイ。

 イベントで一日市長に任命されたスターのような、妙な説得力と貫禄を放っていた。


 だが、その隣に立つ月乃も、まったく見劣りはしない。涼やかな瞳に整った輪郭、抑えた所作の中に滲む芯の強さ。月乃の美人然とした静謐な魅力と、尋芽のキュートな華やかさ──二人は対照的でありながら、どちらも異なる輝きを放っている。


「尋芽たーん!」


 またしても見知らぬ人物が──。


「俺の愛する尋芽たーん!」


 現れたのは、茶色のもじゃもじゃ頭に、同系色の丸眼鏡をかけた青年。身なりは、どこかちぐはぐだった。

 グレーのチェック柄スーツを纏ってはいるものの、ズボンはわずかに腰から落ち気味で、シャツの裾は片側だけラフに飛び出している。胸元には場違いなほど鮮やかな赤いネクタイが締められていたが、それすらも乱れた装いに埋もれ、かえって滑稽さを引き立てていた。


 一見すれば残念な男と一刀両断されてもおかしくない姿。しかし、どこか憎めない。


「あぁ、(あおい)くんだぁ」


「碧くんだーって、さっきまで一緒にいたでしょー?」


 尋芽に呼ばれたその青年は、名前を呼ばれただけで嬉しそうに表情をほころばせる。一方で、彼女は指先で下唇に軽く触れ、小首を傾げるという小動物めいた仕草を見せた。


「うぅーん……そうだったっけぇ? うち分かんなぁい」


 その気の抜けた態度に、碧は逆にうっとりとした表情を浮かべる。


「でも、それでいい。それがいい。それこそが、尋芽たんの可愛いところだからね。うん」


 誰もが見守る舞台の中央で繰り広げられる即興芝居のようなやり取りに、陽暈はやれやれと視線を逸らす。


「なんだこれ。アイドルの握手会か? それかコンカフェ? 見てらんねぇぞ」


 冷めたトーンでつぶやいた彼に、月乃がそっと説明を加える。


「陽暈くん。二人は半年くらい前に入局したんだよ」


「よろしくぅ! 陽暈くん!」


 尋芽が屈託なく笑って手を振ると、それに続けて碧も威勢よく声を上げる。


「お前がれいの新人か! 俺は蓮水(はすみ)碧! 碧って呼んでくれな! ちったあ先輩かもしれねえけど、同い年だし、同期だと思って仲良くいこうぜ!」


「マジか! 同期! なんかテンション上がるなあ!」


 陽暈が笑い返すと、碧は自然とその肩に腕を回した。その距離感は最初から壁などなかったかのように近い。


「そんなことより、なあ陽暈よ」


 碧は急に、声の温度を少しだけ下げた。


「俺は尋芽たんが好きだ。結ばれるためにはなんだってやるつもりだ。いろいろと手伝ってくれよな」


「おぉ、好きって感覚はよく分からんけど、俺にできることがあるならなんでもやってやんよ」


「おぉおお……おぉぉぉオオオオッ! いいやつだなお前!」


 予想外の返答だったのか、やけに碧は感激した。これまで何度も同じような頼みをしては、苦笑いで流されてきたのだろう。それでもめげない彼のまっすぐさには、不思議と人を惹きつける磁力がある。


「では、みなさんお揃いですので、引き続き訓練を行いましょうか」


 最も幼い容姿をした真壁が場を取り仕切る。その光景に、陽暈はほんのわずかに違和感を覚えた。

 だが、それはすぐに打ち消された。さきほどの一戦で、その華奢な身体にひそむ実力をまざまざと見せつけられた今となっては、彼女の立場に異議を挟む余地など残されていない。


 こうして、新たに尋芽と碧を加えた四人で、訓練が再開された。


 月乃との模擬戦では、やはり歯が立たなかった。力の差は歴然としていた。

 しかし、合気道で培った体の使い方や、力に頼らない捌きの感覚を応用することで、尋芽や碧との戦いでは極端な遅れを取ることはなかった。それもそのはず、彼らもまた陽暈と同じく、バーストしていなかったのだ。


 陽暈は、ふわふわとした口調の尋芽に対し、本当に拳を振るえるものかと最初は訝っていた。しかし、ひとたび構えた彼女の眼差しを見た瞬間、その考えは脆くも崩れ去った。空気が、変わった。甘さを一切含まない、氷のように研ぎ澄まされた気配が、彼女の全身から立ち上っていた。

 一方の碧もまた、第一印象の陽気さとは裏腹に、訓練中は驚くほど真面目な表情を見せていた。冗談や軽口は鳴りをひそめ、動き一つひとつに集中が滲んでいた。


 およそ一時間。四人はローテーション形式で肉弾戦の訓練を繰り返した。額に汗が滲み、呼吸が浅くなっていく中、それでも誰ひとり弱音を吐かずに動き続ける。一定のリズムを保ちながら繰り返される攻防は、やがて言葉を必要としない呼吸の連携へと変わっていった。


 体術訓練を経て、陽暈だけが銃の基礎操作について簡単な指導を受けた。構え方、狙いのつけ方、トリガーの重さ。その全てが、彼にとっては新鮮であり、そしてどこか重たかった。


 訓練全体に要した時間は、二時間にも満たなかった。だが、その濃密さは、単なる時間の長さでは測れない。


 終了後、真壁は言った。

 これからは経験が全て。ひたすら模擬戦を重ねるようにと。

 ニュークとの戦闘において、型どおりの基礎訓練など、ほとんど意味をなさない。リリースを果たした者同士で鍛え合い、実戦に近い状況で切磋琢磨することこそが、最も効率的に強さを身につける近道なのだ。


 真壁はたしかに新人の教育係ではあるが、同時に現役の捜査官でもある。彼女はこれからも任務に出るため、常に陽暈たちの傍にいられるわけではない。だからこそ、自ら考え、自ら動く力が求められていた。

 そして、陽暈には、向こう三ヶ月という期間が与えられた。その間、彼は月乃、尋芽、そして碧という三人の仲間とともに、己の限界を押し広げていくことになる。強くなるために。人を守るために。

 いや、そんな大層なものではない。家族の仇を討つために。

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