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「えーっと、お嬢ちゃん、どうしてこんなところにいるのかな? 迷子?」


 陽暈はゆっくりと中腰になり、目の前の少女と視線を合わせる。彼の唇には、無理なく自然に浮かぶ優しい微笑があった。


 入局が決まってから数日後、陽暈は月乃と共に特執を訪れていた。スーツやスマートフォンなどの備品が配られると聞き、先に指定された会議室に入るように言われていたのだ。

 しかし、扉を開けた先にいたのは、身長が140センチほどの少女だった。


「あなたが天若さんですね」


 後ろで茶髪を束ねたポニーテールが揺れ、その声は迷子とはとても思えないほど冷静だった。


「どうして俺の名前を……」


「私はあなたのお目付け役です」


 一見、小柄な体躯とあどけなさの残る輪郭は、どう見ても十歳前後。しかし、身に纏ったダークグリーンのスリーピーススーツは仕立てよく、その胸元には月光のように鈍く光るゴールドのループタイが品よく添えられている。

 静かに言葉を紡ぐ口調、揺るぎのない物腰には、陽暈を軽く凌ぐほどの冷静さと威厳が──。

 とは思いつつも、陽暈はひとつの可能性を手繰り寄せた。


「あ、分かった! 誰かの子供なんでしょ! 零士さんの子供とか?」


「はい。そうです」


「なんだあの人、子供いたのか」


「いえ、嘘です」


 表情ひとつ変えずに明かした少女が、無性に不気味だと感じた陽暈は、声をひそめて聞き返す。


「え……それどんな嘘…………?」


「先ほども申し上げましたが、私はあなたの教育係です」


「いや、そう言われましても……」


「そうですか。では」


 少女は無表情のまま壁際に立てかけていた細長いアタッシュケースを手に取ると、二度パチンと音を立てて留め金具を解錠。中から姿を現したのは、立派な凶器だった。


「に、日本刀……!? 危ないよお嬢ちゃん!」


 陽暈は慌てて一歩踏み出すが、その瞬間、首筋に凍りつくような冷たさが走った。


「ちょっ……」


 抜刀の速さはまるで風のようで、気付けば刃の峰が陽暈の首にぴたりと押し当てられていた。恐怖と戸惑いが交錯し、陽暈は両手をゆっくりと上げ、降伏の意志を示す。


「ちょっとお!? なにしてるんですか!」


 遅ればせながら到着した月乃が、いまにも介錯されそうな陽暈を見て声を荒げた。


「朝顔さん大丈夫です。峰打ちですから」


「なにがあったのか知りませんけど、とにかく納めてください! 怖いです!」


「失礼しました」


 少女は冷静そのものの声音で答え、付着した血を払うように刀を振り──納刀。その動作は儀式の終わりを告げるかのように滞りなく、そして淡々としていた。


「天若さんが、ずいぶん失礼な物言いだったので」


 依然として、眉ひとつ動かさない少女。どうやら苛立っていたらしい。


「す、すみませんでした……」


 陽暈は力なく崩れ落ち、神罰を受ける罪人のように跪いた。冷や汗が背中を伝い、肺が音を立てて空気を吸い込んだ。


「いえ、よくあることなので怒りはありません。ただ、次に同じ対応をした時は首を跳ねます。いままで何人もそうしてきましたから」


「マ、マジすか……」


「いえ、嘘です」


「さっきからなんなんすかその嘘……」


 掴み所のない少女に翻弄されつつも、陽暈は自身の首を撫でて切られていないことを再確認した。


「陽暈くん。この人は新人の教育係、真壁(まかべ)華澄(かすみ)さんだよ。いつもああやって真顔で嘘つくの」


「なんだそれ。笑えねぇ……」


「さて、では早速」


 真壁はそう前置くと、ドーナツ形のテーブルに整然と並べられた貸与品の数々を陽暈に手渡し始めた。


 特殊素材を織り込んだ防弾仕様のダークブラウンのスリーピーススーツとネイビーのネクタイ。スーツの色味は月乃の趣味らしく、勝手に指定されていた。

 ほかにもスマートフォン、無線機、イヤホン、そして拳銃とホルスター。入退局に使用する無記名のカードキーなど。


「銃を撃ったことは?」


 一通りの配布を終え、真壁から問われる。


「ゲームでならある」


「あとで戦闘訓練を行いますので、その際にお教えします」


 くだらない嘘をつくくせに、他人のジョークにはスルーをかます真壁。

 しかし食らっていないふうを装い、陽暈は指先で拳銃を持ち上げた。想像を超えるずっしりとした重みが掌から肘へ、そして肩へとじわじわと染み渡る。金属の冷たさの奥に、人を撃つという行為の凄みがひそんでいるように思えた。


「そしてこちらが、ニューラルインヒビターです」


 真壁は片手で薄さ一センチほどのカード型デバイスを掬い上げた。クレジットカードを思わせるその四角い本体は、鮮やかな黄色を帯びている。


「なんすかそれ?」


「ニュークを拘束する際、手錠程度では心許ないので、この機器を使います。このボタンを押すと──」


 そう言うと、真壁は機器の側面にある小さな突起を指で押し込んだ。すると花弁が開くように、四隅から湾曲した針が滑らかに飛び出す。


「この針が出ます。こちらを捕らえたニュークの首の裏に刺します。多少、チクリとしますが、たいした痛みではありません。あとは予め設定したPINコードを入力すると──」


 彼女の指が数字のボタンを順に押すと、機器右上の赤いランプが緑へと変わった。


「作動します。こうなれば、装着者の脳から体に送られる信号を遮断し、身動きが取れなくなります」


 すぐにまたPINコードを入力すると、緑の光は赤に戻り、針は静かに本体へと引っ込んだ。そうして何事もなかったかのように元の薄いカードの姿に。


「おぉ……なんかすげぇ」


 陽暈は目を輝かせ、驚嘆の声を漏らした。


「貸与物は以上です。ご不明点はありますか?」


「はいはーい! 真壁さんは、いくつなんすか?」


 高校では滅多に挙げない手を掲げ、高らかに問うと、即答された。


「四十五です」


 真顔。だが、さすがに嘘が下手すぎる。

 見た目も肌の艶も、二十代。あり得たとしても三十代前半と言ったところだろう。


「はい嘘だね~。もう騙されねぇっつーの」


「いえ、これは本当です」


 チッチッチッと、人差し指を揺らしながら信じようとしない陽暈に対し、より一層真顔になった真壁。


「マジ!?」


 陽暈が半信半疑で月乃の顔を見やると、彼女は呆れ顔で首を横に振った。


「二十七歳だよ」


「マジでワッツすぎるって」


「では、戦闘訓練に移ります。早速スーツに着替えてください」


 真壁は、騙し通したことに対して、勝ち誇った素振りひとつ見せなかった。ただ淡々と、次の段階へと進めるように促すのみだった。


 そのペースに飲まれたまま、陽暈は静かに更衣室へと向かう。


 配られたスーツに袖を通す。重みのある深い茶色の生地が身体を包み込み、新たな鎧を纏ったかのように心が引き締まる。


「か……いい感じだね。陽暈くん!」


 スーツ姿の陽暈を見た月乃が、やけに凝視してくる。孫にも衣装とでも言いたいのだろう。


「なんか息苦しいけど」


 ネクタイの締め過ぎを感じて、思わず手を伸ばして緩める。


「まぁ悪くはないか」


 もちろん、月乃も同じくスーツに身を包んでいた。艶を抑えたバーガンディのスリーピースが彼女のしなやかな体躯にしっくりと馴染み、喉元には深紅のループタイが一輪の花のように添えられている。

 まだ高校二年とはいえ、二人が並べば不思議と様になっていた。とくに陽暈は、すでに大人びた体格を備えており、スーツに包まれた姿からは、年齢以上の貫禄が漂っている。

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