15
「えーっと、お嬢ちゃん、どうしてこんなところにいるのかな? 迷子?」
陽暈はゆっくりと中腰になり、目の前の少女と視線を合わせる。彼の唇には、無理なく自然に浮かぶ優しい微笑があった。
入局が決まってから数日後、陽暈は月乃と共に特執を訪れていた。スーツやスマートフォンなどの備品が配られると聞き、先に指定された会議室に入るように言われていたのだ。
しかし、扉を開けた先にいたのは、身長が140センチほどの少女だった。
「あなたが天若さんですね」
後ろで茶髪を束ねたポニーテールが揺れ、その声は迷子とはとても思えないほど冷静だった。
「どうして俺の名前を……」
「私はあなたのお目付け役です」
一見、小柄な体躯とあどけなさの残る輪郭は、どう見ても十歳前後。しかし、身に纏ったダークグリーンのスリーピーススーツは仕立てよく、その胸元には月光のように鈍く光るゴールドのループタイが品よく添えられている。
静かに言葉を紡ぐ口調、揺るぎのない物腰には、陽暈を軽く凌ぐほどの冷静さと威厳が──。
とは思いつつも、陽暈はひとつの可能性を手繰り寄せた。
「あ、分かった! 誰かの子供なんでしょ! 零士さんの子供とか?」
「はい。そうです」
「なんだあの人、子供いたのか」
「いえ、嘘です」
表情ひとつ変えずに明かした少女が、無性に不気味だと感じた陽暈は、声をひそめて聞き返す。
「え……それどんな嘘…………?」
「先ほども申し上げましたが、私はあなたの教育係です」
「いや、そう言われましても……」
「そうですか。では」
少女は無表情のまま壁際に立てかけていた細長いアタッシュケースを手に取ると、二度パチンと音を立てて留め金具を解錠。中から姿を現したのは、立派な凶器だった。
「に、日本刀……!? 危ないよお嬢ちゃん!」
陽暈は慌てて一歩踏み出すが、その瞬間、首筋に凍りつくような冷たさが走った。
「ちょっ……」
抜刀の速さはまるで風のようで、気付けば刃の峰が陽暈の首にぴたりと押し当てられていた。恐怖と戸惑いが交錯し、陽暈は両手をゆっくりと上げ、降伏の意志を示す。
「ちょっとお!? なにしてるんですか!」
遅ればせながら到着した月乃が、いまにも介錯されそうな陽暈を見て声を荒げた。
「朝顔さん大丈夫です。峰打ちですから」
「なにがあったのか知りませんけど、とにかく納めてください! 怖いです!」
「失礼しました」
少女は冷静そのものの声音で答え、付着した血を払うように刀を振り──納刀。その動作は儀式の終わりを告げるかのように滞りなく、そして淡々としていた。
「天若さんが、ずいぶん失礼な物言いだったので」
依然として、眉ひとつ動かさない少女。どうやら苛立っていたらしい。
「す、すみませんでした……」
陽暈は力なく崩れ落ち、神罰を受ける罪人のように跪いた。冷や汗が背中を伝い、肺が音を立てて空気を吸い込んだ。
「いえ、よくあることなので怒りはありません。ただ、次に同じ対応をした時は首を跳ねます。いままで何人もそうしてきましたから」
「マ、マジすか……」
「いえ、嘘です」
「さっきからなんなんすかその嘘……」
掴み所のない少女に翻弄されつつも、陽暈は自身の首を撫でて切られていないことを再確認した。
「陽暈くん。この人は新人の教育係、真壁華澄さんだよ。いつもああやって真顔で嘘つくの」
「なんだそれ。笑えねぇ……」
「さて、では早速」
真壁はそう前置くと、ドーナツ形のテーブルに整然と並べられた貸与品の数々を陽暈に手渡し始めた。
特殊素材を織り込んだ防弾仕様のダークブラウンのスリーピーススーツとネイビーのネクタイ。スーツの色味は月乃の趣味らしく、勝手に指定されていた。
ほかにもスマートフォン、無線機、イヤホン、そして拳銃とホルスター。入退局に使用する無記名のカードキーなど。
「銃を撃ったことは?」
一通りの配布を終え、真壁から問われる。
「ゲームでならある」
「あとで戦闘訓練を行いますので、その際にお教えします」
くだらない嘘をつくくせに、他人のジョークにはスルーをかます真壁。
しかし食らっていないふうを装い、陽暈は指先で拳銃を持ち上げた。想像を超えるずっしりとした重みが掌から肘へ、そして肩へとじわじわと染み渡る。金属の冷たさの奥に、人を撃つという行為の凄みがひそんでいるように思えた。
「そしてこちらが、ニューラルインヒビターです」
真壁は片手で薄さ一センチほどのカード型デバイスを掬い上げた。クレジットカードを思わせるその四角い本体は、鮮やかな黄色を帯びている。
「なんすかそれ?」
「ニュークを拘束する際、手錠程度では心許ないので、この機器を使います。このボタンを押すと──」
そう言うと、真壁は機器の側面にある小さな突起を指で押し込んだ。すると花弁が開くように、四隅から湾曲した針が滑らかに飛び出す。
「この針が出ます。こちらを捕らえたニュークの首の裏に刺します。多少、チクリとしますが、たいした痛みではありません。あとは予め設定したPINコードを入力すると──」
彼女の指が数字のボタンを順に押すと、機器右上の赤いランプが緑へと変わった。
「作動します。こうなれば、装着者の脳から体に送られる信号を遮断し、身動きが取れなくなります」
すぐにまたPINコードを入力すると、緑の光は赤に戻り、針は静かに本体へと引っ込んだ。そうして何事もなかったかのように元の薄いカードの姿に。
「おぉ……なんかすげぇ」
陽暈は目を輝かせ、驚嘆の声を漏らした。
「貸与物は以上です。ご不明点はありますか?」
「はいはーい! 真壁さんは、いくつなんすか?」
高校では滅多に挙げない手を掲げ、高らかに問うと、即答された。
「四十五です」
真顔。だが、さすがに嘘が下手すぎる。
見た目も肌の艶も、二十代。あり得たとしても三十代前半と言ったところだろう。
「はい嘘だね~。もう騙されねぇっつーの」
「いえ、これは本当です」
チッチッチッと、人差し指を揺らしながら信じようとしない陽暈に対し、より一層真顔になった真壁。
「マジ!?」
陽暈が半信半疑で月乃の顔を見やると、彼女は呆れ顔で首を横に振った。
「二十七歳だよ」
「マジでワッツすぎるって」
「では、戦闘訓練に移ります。早速スーツに着替えてください」
真壁は、騙し通したことに対して、勝ち誇った素振りひとつ見せなかった。ただ淡々と、次の段階へと進めるように促すのみだった。
そのペースに飲まれたまま、陽暈は静かに更衣室へと向かう。
配られたスーツに袖を通す。重みのある深い茶色の生地が身体を包み込み、新たな鎧を纏ったかのように心が引き締まる。
「か……いい感じだね。陽暈くん!」
スーツ姿の陽暈を見た月乃が、やけに凝視してくる。孫にも衣装とでも言いたいのだろう。
「なんか息苦しいけど」
ネクタイの締め過ぎを感じて、思わず手を伸ばして緩める。
「まぁ悪くはないか」
もちろん、月乃も同じくスーツに身を包んでいた。艶を抑えたバーガンディのスリーピースが彼女のしなやかな体躯にしっくりと馴染み、喉元には深紅のループタイが一輪の花のように添えられている。
まだ高校二年とはいえ、二人が並べば不思議と様になっていた。とくに陽暈は、すでに大人びた体格を備えており、スーツに包まれた姿からは、年齢以上の貫禄が漂っている。




