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 陽暈は触式を頼りに京鹿の攻撃を引きつけつつ捌く。

 その間、零士が距離を取り、京鹿が脳波を読み取れない位置を探り、隙を見て十手を投げるか、拳銃を撃つ。

 打ち合わせなど必要なく、陽暈はそのつもりで動いた。


 しかし京鹿は陽暈を無視し、零士に狙いを絞って攻撃を仕掛けるばかりであった。


「そんなに俺のことが……好きなのかいっ……!」


 凄まじい攻撃の雨を、零士が躱しながら苦い顔をしていた。

 そんな二人の死角から、陽暈が踏み込み、京鹿の虚を突こうと試みるが、背中に目がついているのかと疑うほど的確に、ことごとく回避されてしまう。

 近距離の人間の脳波が読み取れるのだ。当然そうなる。


「クソッ! 無視してんじゃねえぞ京鹿あ゛!」


 苛立ち、陽暈が叫びながら攻撃を繰り出す。が、当たり前のように避けられ、カウンターも来ない。

 まるで子供のいたずらをいなす母親のようだった。

 それならばと、陽暈は距離を取る──未来視の範囲外まで行き、銃を構える。


「速すぎんだろ……」


 感嘆せざるを得なかった。

 京鹿も零士も、常軌を逸した次元で攻防を繰り返している。常に場所は入れ替わり、両者その場にとどまるタイミングなどない。

 いざ、第三者の視点で見てみると、自分が恐ろしい状況に身を置いていたということを痛感した。同時に、自身の成長も感じられた。


 だがそんなことを考えている場合ではない。

 狙いを定め、撃つのだ。

 おそらく京鹿もその意図は理解しているはずだ。しかしいつ迫るか分からない弾丸など、避けようがない。

 よく考えてみれば、零士には視式がある。彼の視界におさまる角度から撃てば、少なくとも流れ弾が当たることはないだろう。


 そうして零士の視式を信じ、引き金を引いた。乾いた音が鳴り、弾丸が空気を切るように進む。

 タイミングは完璧だった。零士が避けられるよう、彼がこちらを向いており、かつ京鹿が背を向けているその瞬間を縫った。


 しかし、弾丸が京鹿を捉えかけたその刹那──彼はふっと身を沈め、空気を滑るように回避した。


「なっ……!?」


 陽暈の口から、驚愕が漏れる。零士もまた、険しい焦りの色を顔に浮かべた。

 直後、京鹿の蹴りが弧を描き、零士の腹部に突き刺さる。


「ガッ……!」


 遅れた反応。鋭い痛みに呻きながら、零士の身体が吹き飛ぶ。背中から畳を擦り、空気を切り裂いて転がる。しかし、彼は受け身を取り、回転の勢いを殺すようにして即座に立ち上がった。


 陽暈が駆け寄る。


「大丈夫っすか!」


「うん。大丈夫じゃない」


 冗談めかした言葉とは裏腹に、零士の口の端から赤い線が滴っていた。


「大丈夫そうでなによりっす」


 零士の腹に滲んだ赤から察するに、かなり深い傷を負っていることは分かっていた。しかし陽暈は、倒れてほしくないという願望を込めて言った。

 すると零士は、わずかに口角を上げた。


「アハハ。手厳しいね」


「それよりどうして避けられたんすかね……」


 陽暈の問いに零士が首を傾げると、構えを解いた京鹿が代わりに回答した。


「零士の視式が教えてくれるのだよ。迫る危機を」


「なるほどね……当たり前すぎて盲点だったわ」


 零士が唸った。もちろん陽暈にはなんのことやらさっぱりだった。


「どゆこと」


「きっと、俺が弾丸を視認した時の脳波を読まれたんだ。タイミングさえ分かれば、弾丸くらい避けられるってところだろうね」


「なるほど……じゃ、俺の脊髄反射と掛け合わせないと、さっきみたいに十手を当てることはできないってことっすね」


「そゆこと。御門はそれに気づいてたから、俺ばかりを狙ってたんだろうね」


「そういうことだ。さぁ、次の手はどうする。二人同時に来ても構わないぞ」


 悠然と構える京鹿の声音には、余裕というより嘲笑に近い色があった。その態度が陽暈の神経を逆撫でにする。しかし──陽暈の脳裏には、一つの閃きが生まれていた。


「零士さん。ちょっといいっすか」


「ん?」


 零士の耳を借り、意図を伝える。


「ほうほう。悪くないんじゃないの」


「うっす!」


「作戦会議は終わりか」


「待たせて悪いね。そんじゃ陽暈くん、行くよ!」


 力強く頷いた陽暈は、零士の背に続き、京鹿との距離を一気に詰める。


 しかし依然として、二人の連携ですら京鹿には届かなかった。

 一般人の数押し程度なら、未来視があれば容易く回避できて当然だろうが、特執でも指折りの強さである二人の猛攻でも敵わないのは異常。

 陽暈には触式が、零士には視式が、その能力のおかげで、京鹿のカウンターもかろうじて回避できていることが唯一の救い。


 むろん、そこまでは予想の範疇。陽暈の狙いは別にあった。

 台風のごとき攻防のなか、陽暈の左肩付近の頸椎に京鹿の手刀が触れる──時の遅延発生。脊髄反射に身を任せ、合気道の型に以降する。

 入り身投げ──即座に京鹿の右側に踏み込みながら、掴んだ腕を引き込む。その勢いを殺さぬよう力を反転させ、今度は後ろの襟を掴み、投げる。

 前のめりに倒れるかと思いきや、陽暈によって反りかえらされた京鹿は宙を舞い、背から畳に堕ちる。


 いや、その瞬間こそ──零士の出番。

 わずかに宙へ浮かぶ京鹿をめがけ、大きく振りかぶっていた十手をフルスイング──。


「飛べぇぇええエエアアアア゛ア゛ッ!」


 打球角度三十度。会心の一振り。

 ミシリという痛々しい音を伴い、零士の振るった黒鉄の棒は、京鹿の右脇辺りにめり込んだ。


 初めて呻き声を漏らした京鹿は、遠慮を知らない零士の一撃で吹き飛んだ。天井と壁の繋ぎ目を豪快にぶち破り、場外へ。まるでホームランを祝うかのように、ポッカリと空いた穴から月光が差し込んだ。


「ダッツゴォォォオオンヌベイベッ!」


 スケット外国人と化した零士は、十手を放り投げて一塁へ歩き出した。


「イェェェアアアッ!」


 いつしか野球観戦をしていたと錯覚するほど見入ってしまった陽暈も、思わず声を上げてしまった。


 なぜ陽暈の合気道が、いまになって通用したのか。

 理由は単純明快。入り身投げという型は、まだ京鹿にお披露目していなかったからである。

 とはいえ、あくまでも脊髄反射。自分の意思で繰り出そうとすれば、当然、京鹿のオーバーアビリティによって防がれる。

 だからこそ、陽暈は誘った。あえて無防備を装い、脛椎に攻撃を仕掛けてくるようにしたのだ。

 そしてまんまと手を出した京鹿を、無意識のうちに投げ、事前に打ち合わせていた零士が、虚を突いた。

 守りが基本となる合気道に欠けた攻撃力を、零士がカバーするという、絶妙なコンビネーションが見事に決まったのである。


「陽暈くん。御門に見せてない型ってまだあるのかな」


「残念ながらさっきので最後っす。種類自体はもっとあるんすけど……」


「似たり寄ったりな攻撃は同じ型で対応しちゃうって感じ?」


「っすね……」


「おけ。じゃあタイミングを見て、俺がフリーズを起こす。陽暈くんは御門の気を引いてくれるかい」


「たぶんいけるけど、大丈夫なんすか……?」


 フリーズを引き起こす時、脳への負担が計り知れないと、零士が言っていた。それに、そもそも凄まじい集中力が必要だとも聞く。

 深傷を負っている零士に、それが叶うのか、陽暈には疑問だった。いや、憂いていた。


「大丈夫。今日はずいぶん調子がいいんだ」


 やけに気分がよさそうに零士が微笑んだ。腹部が赤く染まっているにもかかわらず、あいかわらず化け物じみた精神力だ。


「……了解っす。つか、ほかのみんなは?」


「無事だよ。みんな帰らせたけどね」


「よかった……」


「人の心配してる余裕ないっての。さて、終わりにするよ。陽暈くん」


「うっす!」


 陽暈は力強く頷いた。

 その後、パフォーマンスで投げ捨てた十手を、零士は拾い上げた。凄く、滑稽だった。

 そして月光の差し込む破れた屋根の下をくぐり抜け、二人は庭園へと出た。吹き抜ける夜風が、戦いの熱を少しだけ鎮めてくれる。

 月に照らされる石畳の中央、膝をついた影があった。


「友人だと言うわりには、なかなかに容赦がないな」


 さすがの京鹿にも、余裕がないように思えた。


「なに言ってんだい。友だから(・・・)、手加減しないんだよ?」


「そうだな。お前はそういう男だったな」


 ゆっくりと立ち上がった京鹿は、大きく息をついた。


「再開だ」


 弱まっていた白いオーラが、その厚みを増した。圧倒的なプレッシャーに、陽暈は無意識のうちに構える。


「陽暈くん。行くよ」


 零士は頼もしい背を見せたまま、そう言った。


 そして再び、二対一の高次元の戦いが再開された。

 月光が石畳を照らす中、陽暈は京鹿の気配を正面から受け止める。重い。全身を押し潰されそうな圧に、喉が鳴った。

 だが、零士が先陣を切るように踏み込んでいく姿が目に入り、陽暈も自然と足を前に出した。


 京鹿の拳が唸りを上げて迫る。零士はそれを紙一重でいなし、十手の柄で反撃を狙う──が、京鹿は一歩下がり、間合いを外した。

 陽暈も同時に回り込み、背後から蹴りを放つが、京鹿は身をひねって避ける。そのまま足を払うようにして陽暈に反撃を仕掛けてきた。

 地を滑るような動き。未来を読む目。やはり、強い。


 だが──。

 陽暈は、ほんのわずかな違和感を感じていた。

 京鹿の回避には、かすかな迷いがあった。反応の鋭さにほんのわずか、陰りが差している。

 それは錯覚ではなかった。零士の突きも、陽暈の拳も、ほんの数回に一度だけ、かすめるようになってきている。京鹿の未来視が、確実に乱れてきていたのだ。


 一歩。二歩。

 相手の肩の動き、視線の先、わずかな体重移動。陽暈は全神経を研ぎ澄ませ、それを見切った。

 そして──踏み込む。

 身体をひねり、背中越しに拳を振るった。


「──っ!」


 ついに、京鹿は声をこぼした。

 陽暈の裏拳が、彼の顎を正確に捉えたのだ。乾いた音が夜気に弾け、京鹿の顔が大きく横を向く。


 陽暈の胸が一気に高鳴る。

 刹那、対面にいた零士は、目を閉じていた。すぐに悟った。それがフリーズの前触れであると。


 だが──。


「やはりそう来るか! 零士!」


 昂る京鹿の声が響き、視線が零士を射抜く。

 そのまま、コートの内側から拳銃を引き抜く京鹿。その流れるような動きに、陽暈の心臓が跳ね上がった。


 焦りが喉を塞ぐ。零士は目を閉じているため、何もできない。フリーズが間に合わなければ、彼は撃たれる。


「零士さんっ!」


 陽暈が叫んだ、その瞬間──京鹿の右腕が、爆ぜた。握っていた拳銃諸とも。

 音も、気配も、何もなかった。ただ、空間のどこかから放たれたなにかが、まるで時空の裂け目から現れたように飛来した。


「くっ……!?」


 顔を歪めた京鹿は後方へ体勢を崩した。


 さらにその直後──。


 数歩離れていたはずの零士が、京鹿の胸部に十手をねじ込んでいた。そして強烈な衝撃を伴って、吹き飛んだ。

 まるでトリミングされた動画のように、一瞬にして場面が転換していた。

 次いで、切り抜かれた数秒の画は、遅れて陽暈の脳内に流れ込んでくる。

 もはや状況の整理で精一杯で、呆然と立ち尽くす陽暈の鼓膜が揺れた。


『梨紗ちん。帰れって言ったっしょ』


 いつしか膝をついて側頭部を押さえていた零士が、吹き消えそうな声で言った。


『で?』


 花染の素っ気ない返答を聞き、ようやく陽暈の脳内は整頓された。


 京鹿が銃を構えた瞬間、花染の狙撃により、それは阻止された。結果、零士がフリーズを引き起こすまでの時間稼ぎとなり、結果的に時は凍りついたのだ。


「零士さん! 大丈夫っすか!?」


 明らかに疲弊している零士の傍に駆け寄り、陽暈はしゃがみこんだ。


「大丈夫。じゃないもう限界。いや嘘」


「どっちなんすか!」


「アハハ……大丈夫大丈夫」


 そう言いながら、零士はゆっくりと立ち上がり、前を見据えた。彼に倣い、陽暈も立ち上がると、前方に人影が。


「そうか……そういうことか…………」


 いつの間にか戦線に復帰していた京鹿が、地面を眺めながらこちらに歩いてきていた。


「これがフリーズ…………」


 撃ち抜かれた右腕──銃創から、多量の血を流しながらも、京鹿は不適な笑みをこぼした。


「ふはっ。ふっはっはっはっ……!」


 俯きながら、肩を揺らす京鹿。初めてだった。彼がああも感情を露わにしているのは。


「時を止める力……素晴らしい! なんたる驚異……!」


 陽暈は京鹿の不気味な様相に、胸騒ぎがした。


「京鹿! もう諦めろ!」


「諦める……? なにを言っている。これからではないか!」


「これからって──」


 京鹿の心中を理解できるはずもなかった。いや、理解したところで、間に合うことではなかった。


「私には見えたぞ! この世の理……!」


 高らかに告げた彼は、夜空を仰ぎ見た。

 そして到達する──極限の先へ。理すら屈する頂へと。

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