行先の相談をする
ざくざくと、枯れ葉や枝や背の高い草を踏み締めて、森の中を進んでいく。
湿った土の匂いがする。むせ返るような生命の匂いだ。
木漏れ日が、穴の空いた床板から照らされた地下室のように、暗い森にさしこんでいる。
その光がスポットライトのようにシルヴィウス様を照らしている。
苔むした木々と縦横無尽にはえる枝葉の中に佇むシルヴィウス様は、女神様の贈り物のように美しかった。
「どんな場所でも、まっすぐ歩いていたらいつか終わりがくるものだけど、樹海はどれぐらい歩いたら抜けられるものだろうね」
「巡礼の旅に出る下準備として、コンパスと地図を購入してきました。あとは、食料が少しと着替えと」
「金、あったの?」
「はい! 出立の支度金として、アルベド様より一万ゴールドいただきました。ありがたいことです。こんなに大金をいただいてしまって、どうしようかと思いました。自分のお金を持ったのははじめてです。お金は、皆さんの神殿への心づけからいただくものですから、大切にしないと……」
「少な……」
ボソリと、シルヴィウス様が言う。
一万ゴールドは大金である。今まで私が持ったことのあるお金というのは、せいぜいお使いの時に渡される千ゴールド程度。
この千ゴールドで、神殿の皆さんの一日の食事を全て賄うのは、結構大変だった。
「アルベドから、直接渡された?」
「いいえ。私の神殿の神官様から」
「搾取の匂いしかしないな」
「さくしゅ?」
「中抜き、されてる。どうせ」
「中抜きとは?」
「……エフィちゃんてさぁ、馬鹿なの?」
「そうなのでしょうか。ごめんなさい」
きちんと教育を受けさせてもらっているわけではないから、馬鹿なのかといわれたら多分そうなのだろう。
文字も、あんまり読めないもの。
でも、数字は読める。簡単な計算ならできる。
神殿での食事を、朝と昼過ぎと二食つくっていたし、買い物もしていたから。そのおかげだ。
「いや。責めたいわけじゃないんだ。君のいた神殿を、燃やしたいなぁとは思っているけど」
「も、もや……!? いけませんよ、シルヴィウス様。神殿を燃やすなど」
「燃やさないよ」
シルヴィウス様は木漏れ日が落ちる、枝葉で覆われた空を見あげた。
「俺は君の騎士だから、君が困らないようにと思って三日分の食料を持ってきたけれど……三日で次の街につくかな」
「きっと大丈夫です。女神様の加護が、私たちにはありますから」
「神頼みほど、信頼できないものはないけれどね」
やれやれと、シルヴィウス様は首を振った。
それから足を止めて、私に手を差し出した。
「荷物、持ってあげようか、エフィ」
「大丈夫ですよ。それよりもシルヴィウス様」
「なぁに?」
私よりも少し先を歩いているシルヴィウス様が足を止める。
以前よりも矯正されたという話し方は、まるで幼い子供に語りかけるようでもある。
私は肩掛けの鞄の中から地図とコンパスを取り出した。
「樹海の中には、女神の神殿が一つあります。昔、建てられて、現在は放置されているものです。樹海を抜ける前に、こちらに寄らなくてはいけません」
「女神の神殿に立ち寄って、何になる? それよりもさっさと、樹海から出たほうがいい」
「それはいけません。私は巡礼の旅を行っているのです。各地の女神の神殿で、祈りを捧げて浄化を行うのが私の役割です」
「あー……はいはい。わかったよ、エフィ。君がそういうのなら、樹海の神殿を目指そうか」
「はい! ありがとうございます、シルヴィウス様。ご迷惑をおかけします」
「迷惑なんて思っていないよ。俺も君も、共に王都から追い出された身だ。運命共同体みたいなものだから、気にしないで」
「はい……!」
私は両手を胸の前で組むと、深くお辞儀をした。
シルヴィウス様は「俺に祈っても何もならないよ。行こう」と言って、私の手から地図とコンパスを抜き取った。
私の代わりに、地図を読んでくれる。
「ありがとうございます。地図、買ったはいいのですが読み方がよくわからなくて」
「どこで買ったの?」
「道具屋さんです」
「いくら?」
「コンパスと合わせて、八千ゴールドですよ」
「エフィ。今度から、買い物をするときは俺に相談しなさい。わかったね? 地図とコンパスの相場は、合わせて千ゴールド程度。八倍の値段で買わされてるんだよ、君は」
「それだけ、とてもいいものかもしれませんね」
「……まぁ、いいけれど」
私の前に地図を差し出すと、長い指で何か文字が書かれた場所を示した。
「ここが、王都。で、ここから入って、歩いて一時間程度だから、今はこの辺りかな。北東に進むと、樹海の神殿があるね。ラーマ神殿と書かれている」
「ラーマ様とは、女神様の御使の一人です。各地の女神の神殿は、女神様の御使の名前が付けられているのですよ」
「ふぅん」
「シルヴィウス様がいてくださって、よかったです。文字を読むのは、得意ではなくて……」
「そう。じゃあ、読んで? これは、ラーマ神殿」
「ら、う、ま、神殿、ですね」
「うん。そう。よくできました」
文字を読んで、褒められたのってはじめてかもしれない。
シルヴィウス様は、怒っていなければ──とても、いい人だ。
地図を自分の荷物の中にしまって歩き始めるシルヴィウス様の背を追いかけながら、私は口元を綻ばせた。