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あなたは女神を信じますか



 裏門から出ると、裏門の扉がそそくさと閉められた。


 シルヴィウス様は大きく伸びをした。

 優美な顔立ちのせいであまりそうは見えないのだけれど、背が高く体格がいい。

 

 黙っていれば、優しげな聖騎士様に見えるのだけれど――。


「あー、やっと自由だ。ただ昼過ぎに裏門から出るだけなのに、ちょっと色々ありすぎじゃないの、エフィミア……エフィ」

「……色々とご迷惑をおかけしました、シルヴィウス様。助けていただき、ありがとうございました」


 猛毒姫と呼ばれることは多いけれど、エフィと呼ばれるのははじめてだ。

 私はあらためてシルヴィウス様にお礼を言った。


 その口調も、表情も――さっきまで人の耳を切り落とそうとしていたようには、やっぱり見えない。

 優しく気安いお兄さん、という感じがするのだけれど。


「別に、君のためってわけじゃない。気に入らないクズを殴るのが好きなんだよ、俺は」

「でも、私は助けられました。本当は自分で何とかしなくてはいけなかったのに」

「助けるのは当然だよ。俺は君の護衛騎士なんだから」


「私なんかの護衛をしてくださり、ありがとうございます」

「あの、性悪な大聖女様の護衛よりもずっといい」


「ユリエラ様は、素晴らしい方ですよ……!」


 シルヴィウス様は呆れたように首を振って、私の額を指でつついた。

 思いのほか強い力でつつかれて、私は痛みに額を押える。

 額に穴が開きそうだ。


「い、いた……っ」


「人を信じすぎるお馬鹿さんだね、エフィ。人間なんて屑ばかりだ。俺も含めてね」


「そ、そんなことはありません。そうでした、シルヴィウス様。自己紹介がまだでしたね」


 私は慌てて居住まいを正した。

 なんだか、なし崩しに一緒にいるような感じになってしまっているけれど、シルヴィウス様は私の護衛をしてくれる騎士様だ。

 きちんと、挨拶をしなくてはいけない。


「私は、エフィミアと申します。ご存じかと思いますが、母は傾国の悪女と呼ばれていて――」


「知っているよ。エフィはエフィだろう。母親のことまでは言わなくていい」


「は、はい。……でも、母のことを言わないとなると、私には語るべきことがなにもないのです」


「王都のラケル神殿に預けられて、皆からは猛毒姫と呼ばれている。聖女として浄化のためにこき使われていたのに、皆からは誤解をされている。この度、ユリエラのスペアとして巡礼の旅に出るという名目で、王都から追放された聖女。それが君」


「まぁ……! シルヴィウス様は私よりも私のことを理解してくださっているのですね」


 私にとっては、よくわからないまま日々が過ぎていき、気づいたらここにいた――という感じだ。

 皆は私をろくでなしだと思っている。

 けれどシルヴィウス様は、何の説明をしなくても、それが誤解だと分かってくれている。


 それがとても――ありがたくて、私は微笑んだ。


「ありがとうございます。助けてくださったことも含めて、本当に感謝しています」


「エフィ、副団長の言っていたことは本当だよ。あぁ、自己紹介だね。俺は、シルヴィウス・エチュアード。二十三歳独身。聖騎士団に所属していて、ついさっきまで懲罰室に閉じ込められていた」


「どうして閉じ込められていたのですか?」


「うーん。どうしてだろう。あぁ、そういえば、ユリエラが巡礼の旅に出ると聞いて、団長を馬鹿にしたからかな。あんな嘘つき女の巡礼についていくなんて時間の無駄だって言ったんだった」


「なんてことを……!」


 ユリエラ様を罵るなんて、女神様を罵るのと同じだ。


「実際そうだろう? これでも聖騎士なんてものをやっていたから、君のことは知っていた。王都近郊の浄化を全て行ってくれているのは君で、ユリエラは大神殿から姿を出すことはない。その力を使用しているところも、誰も見たことがない。本当に聖女かどうか、あやしいものだ」


「それは、ユリエラ様が偉大な聖女様だからです。その存在は尊いもので、危険な仕事をするのは私のような、末端の者でいいのです」


「おめでたい頭だね、エフィ」


「はい、ありがとうございます! 前向きなのが私のいいところだと、思っていて……」


 シルヴィウス様はやれやれと首を振って、歩き出した。

 私たちの眼前には、深い森がある。

 その先は崖になっていて、崖の下には更、グラスヒルの樹海と言われる森が広がっている。


 樹海を進むような人はいない。それなので、裏門から出た場合、街道に行くためには王都外周をぐるりとまわり、表門に戻らなくてはいけないのだ。


 シルヴィウス様は表門に向っているようだった。

 私もその後ろを、小走りで追いかけた。


「ユリエラは、表門でわざと君の名を呼んで、君を目立たせた。自分が、心優しい聖女だと、群衆にアピールするためだ」


「シルヴィウス様、見ていたのですか?」


「俺は君の護衛だからね。というのは嘘で、ユリエラの顔を見てやろうと思って表門に行ったら、偶然兵士たちに連れて行かれる君を見た、というわけだ。俺がこれから守らなきゃいけない聖女様が、路地裏で男に襲われそうになってるんだから、驚いたよ」


「ごめんなさい」


「別にいいけど。ああなると分かっていて、ユリエラはわざと君を目立たせたんだ」


「そ、そんなことはありません! ユリエラ様は優しく声をかけてくださいました」


「まさか。優しさなわけがないだろう?」


「シルヴィウス様、それは疑いすぎというものです。私の評判が悪いせいでああなってしまいましたが、善意というものはあるのです。ユリエラ様は女神の化身。優しい方です」


「女神なんていないよ」


「そんなことを言ってはいけません。女神様は私たちをいつでも見てくださっています」


 シルヴィウス様は聖騎士なのに、女神様を信じていないのだろうか。

 もしかしたら、心の寂しい方なのかもしれない。



 

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