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異端な聖騎士



 裏門の前には、立派な身なりの神官と思しき男性と、護衛の方々が数人待っていた。


 道中さして会話も交わすこともなく裏門に到着した私とシルヴィウス様を確認すると、苛立たしげに眉を寄せる。


「遅い。一体何をしていたのだ、エフィミア」


「申し訳ありません!」


「これはこれは、ユーゲン殿。そう、お怒りになるのはおやめください。色々と、あったのですよ」


 身なりのよい男性に叱られて頭を下げる私の前に、シルヴィウス様はすすみ出る。


 路地裏での子うさぎを前にした肉食獣のような凶悪な姿など、嘘のような穏やかさで言った。


 ユーゲン様とは確か、聖騎士団の副団長だ。

 裏門を兵士たちが開けてくれている。

 その指揮をしにきたのだろう。


「シルヴィウス。貴様、勝手に懲罰室を抜け出しおって。鍵を開いた瞬間に、その場の兵士を殴り倒して出ていくなど、貴様は獣か!」


「まさか。僕が、そんなことをするわけがないでしょう? ユーゲン殿の教育が悪いのですよ。先に手を出してきたのはあちらです」


「それは貴様が、誰彼構わず殴るからだ。骨を折られ、怪我をさせられたものたちは、貴様に恨みを」


「女神を信仰する聖騎士が、報復や復讐をするのですか? 僕は理由もなく人を殴りません。殴られたのだとしたら、虫唾が走るほどにクズだったのでしょう、きっと」


 ユーゲン様は忌々しげにシルヴィウス様を睨み、シルヴィウス様はにこやかに微笑みながら、穏やかではないことを言う。


 私は慌てながら、二人の間に割って入った。


「遅れてしまったことは謝ります、ですからもうおやめください。門が開きましたので、私は出立しますから……!」


「全くだ。本当なら私も、ユリエラ様のお姿を拝見したかったのだ。それを、猛毒姫の面倒など。全く、不愉快だ」


「申し訳ありません。ご足労をおかけしました」


「猛毒姫と異端児であれば、お似合いだがな。せいぜい、ユリエラ様の邪魔をしないようにすることだ」


「はい、それはもちろん」


「……よく見たら、服が乱れているな。なるほど、さすがは噂に違わない男好きだ。遅いと思ったら、そういうことか。出立前に情夫といたというわけか」


 じろじろと、不躾な視線が注がれる。

 今まで、聞こえよがしに悪口を言われることは多かったけれど、その都度否定に行ったりはしていなかった。

 私が話しかけられているわけではないものを、わざわざ否定に行くのはおかしいと思っていたし、気にしなければいいのだと考えていた。


 お母様のことを思えば、そんな噂がたっても仕方ないのだろうと。

 けれど、勘違いをされて先ほどのような目にあうのだとしたら、否定をしてこなかった私の落ち度だろう。


 ここは、出立前に誤解を解いておくべきだ。

 そうしないと、私を護衛してくれるシルヴィウス様にも失礼だろう。


「ユーゲン様。それは違います。私は何もしていません。男性と手を繋いだこともなければ、個人的に言葉を交わしたことだってほとんどないぐらいで……」


「今更何を言っている。服を土で汚し、髪を乱れさせておいて。情夫でなければ道端で客でも取っていたのだろう。お前はそうやって金を稼いでいるのだと知っているぞ。ずいぶん、溜め込んだのだろう。何が聖女だ、穢らわしい」


「誤解です!」


「ぐえ……!」


 私が声をあげるのと、ユーゲン様の体が宙を舞うのはほぼ同時だった。

 

 シルヴィウス様が、拳を握りしめている。

 そして握りしめた拳を満足げに、ぶんぶん振っていた。


「シルヴィウス様! なんてことを!」


「王都を出立する前に、気に入らない貴族丸出しのその顔を殴っておきたかったんだよ。上が腐れば部下も腐る。当然の帰結だね」


「し、シルヴィウス、貴様……!」


「ユーゲン殿、弱いね。それで副団長とか、笑える。うちの聖女様が違うって言ってんだろ、その耳は、飾り? 飾りならいらないよねぇ。切り落とす? 耳が一つ無くなっても、不自由はないだろ。人の話を聞けない耳ならいらないね」


「シルヴィウス様! いきましょう、ね! あまり遅くなると、日暮までに次の街に辿り着かなくなりますから……!」


 剣を抜こうとするシルヴィウス様の腕を、私は引っ張った。

 シルヴィウス様は綺麗な顔をしていて、神の御使いのような姿なのに。

 なんて、喧嘩早いのだろう。


「あのねぇ、聖女様。馬鹿にされてるんだよ、君は。わかっている? こういう連中は、思い知らせなきゃ」


「言葉で罵られただけで、体が傷つくわけではありません。命が奪われるわけではありません! シルヴィウス様、私たちには大切な使命があるのです。行きましょう!」


「はいはい」


 まるで太い神殿の柱に捕まっているみたいだ。

 私がいくら引っ張っても、シルヴィウス様の体は微動だにしなかった。

 私の説得に応じて──くれたかどうかはわからないけれど。


 シルヴィウス様は門に向かって歩き出してくれる。


「猛毒姫! そいつはな、犯罪者を捕まえれば半殺しにし、魔物と戦わせれば仲間までを半殺しにし、酒場で暴れてその場にいた客全員を半殺しにするような頭のおかしなやつなんだ。お前たちが行くのは巡礼の旅なんかじゃない。巡礼の旅という名の、追放だよ!」


 ユーゲン様が、部下の方々に抱えられながら怒鳴っている。

 私は振り向くと、「お見送りありがとうございます!」と言ってお辞儀をした。


 私の隣でシルヴィウス様が呆れたように肩をすくめていた。



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