シルヴィウス・エチュアードという男
美しい男性は、聖騎士の服装をしている。
正確には、鎧を着ている聖騎士たちよりもやや軽装で、どちらかというと神官のような服だ。
胸に、十字を星に変形させたような紋様が縫い付けられている。
聖騎士団の証である。
男たちの仲間が来たのだ。
今日は、私も巡礼の旅に出る日で。
人々の役に立てる喜ばしい役割を与えられて、ユリエラ様にも励ましていただいた、とてもいい日のはずなのに。
笑っていなくてはいけないのに、恐怖に背筋が凍えた。
「シルヴィウス、なぜここに!?」
「懲罰室で謹慎中だったはずだ」
「そう。そうだったんだけど、謹慎が解かれたんだ。喜んでくれ、二人とも」
「お前のような男を外に出すとは」
「上は何を考えているのか」
「喜んでくれないの。これでまた心置きなく、クズどもを殴れるってのに」
私を拘束している男の一人が、宙に浮いた。
浮いたと思ったら吹き飛んで、路地に積まれていた木箱へと思い切り突っ込んだ。
ガラガラ、ガシャン! と何かの割れる音がする。
木箱の中には瓶が入っていたようで、ガラスの破片が地面に散乱した。
唖然としていると、もう一人の男も同じように軽々と宙を飛ぶ。
まるで、投げられたボールのように飛ばされて、壁に叩きつけられた。
壁からずるずると地面に落ちて、男は動かなくなった。
「あーあ。何が聖騎士だ。全く、手応えのない。弱い女に暴力を振るうことしか脳のないクズどもが。目障りだから、死んでくれる?」
私を襲おうとした男たちは、二人とも殴られて吹き飛ばされて、意識を失っているように見えるのに。
シルヴィウスと呼ばれた男性は、私の横をまるで私にはなんの興味もないように通り過ぎて、倒れる男の前に立った。
美しい顔の形のよい唇を笑みの形に歪めながら、シルヴィウスは思い切り男の腹を蹴りあげる。
男は再び軽々と空に浮かびあがって、私が路地に投げ飛ばされた時のように、ベシャリと地面に落ちて呻き声をあげた。
シルヴィウスは笑いながら腰の剣を抜いて、男に向かい振り上げようとする。
呆然としていて動けなかった私はそこでやっと、目の前で起ころうとしていることをきちんと認識することができた。
もう意識を失って、動くこともできないような人に──やりすぎだ。
慌ててシルヴィウスに駆け寄ると、その腕を掴む。
シルヴィウスは私を一瞥して、小さく息をついた。
「何、どういうつもり? せっかく俺が助けてあげたのに」
「そ、それについてはありがとうございます! でも、やりすぎかなと思いまして……!」
「どこが? 自分の姿を見てみたらいい。蹴られて、踏まれて、殴られそうになった挙句に、犯されかけたんだろう」
「それは、その……」
「俺はね、聖女様。人間ってのは腐ってるから大嫌いなんだ。正義を語る騎士団が、無理やり女に乱暴しようとするなんてね。今、指を全部切り落としてやろうと思って。指がなければ、ろくでもないことはできないだろう? 手首から先を切り落とすのでもいいね。どっちがいいかな。でも、流石に死ぬかな」
「待ってください、待って! もういいですから、私は大丈夫ですし、無事ですから!」
この人は、私のために怒ってくれているのだろうか。
ありがたいことだと思いながら、シルヴィウスの腕を引っ張る。
シルヴィウスは心底呆れたように目を細めた。
「助けたといえば助けたけど、別に君のためってわけでもないよ。ただ、腹が立ったからさぁ。ねぇ、離してくれない? これじゃあ、指を切り落とせない」
「も、もう、いいですから! もう十分です。お願いです、これ以上はもうやめてください」
冗談を言っているのかと思った。
けれど、シルヴィウスの美しい空色の瞳には、ひとつも嘘がない。
つまりは本気で、男の指を切ろうとしているのだ。
私は震えながらお願いをした。
本当にもう十分だ。
助けてくれたのはありがたいけれど、これ以上は、もう。
「クズをどれだけ痛めつけようが、心なんて痛まないだろう?」
「そんなことは、ありません。話し合えば分かり合えるはずです。元はと言えば、私が悪いといえば悪いのですし」
「……ふぅん。お優しいことですね、エフィミア様」
シルヴィウスは突然男から興味を失ったように剣を鞘におさめると、砕けた口調を丁寧なものへと変えた。
優しい微笑み。
それから、穏やかな口調。
まるで、別人みたいだ。
「さぁ、お迎えにあがりましたよ、エフィミア様。私があなたの護衛、シルヴィウス・エチュアードと申します」
「シルヴィウス、様……」
この人が、護衛。
笑いながら人を殴り、蹴り、指を切り落とそうとした人が。
でも、それはこの男性たちが私を殴ろうとしていたからで。
護衛として、私を守ってくてたのだから、感謝をするべきだ。
「た、助けてくださってありがとうございます、シルヴィウス様」
「ここは、空気が悪いですね。もう昼時、出立の時間です。裏門に参りましょうか」
「はい」
路地に倒れる男たちを残して、私たちは裏門へと向かった。
流石に、倒れている男たちを助ける気にはならなかった。
息があるので、命は無事だ。そのうち気づいて、自分で起きあがるだろう。
もしくは通りかかった誰かが、彼らを助けてくれるだろう。