猛毒姫は襲われる
「いたた……」
屈強な兵士の方々に両腕を掴まれて、ずるずると裏門の方角へと連れていかれた私は、人気のない路地にポイッと投げ捨てられた。
王都の人々のほとんどが、表門に集まっているのだろう。
いつもはもう少し人通りがあるのに、裏門付近の路地には私と兵士たちの他には人影がない。
裏門から出るとその先は森になっているので、裏門を使う人たちはほぼいない。
王都は魔物の侵入を防ぐために高い塀が巡らせてある。
裏門はほとんど使われることがないため、普段は閉じられている。
そのため、裏門付近は人が少なく、華やかな王都にあってもどこか薄暗い雰囲気である。
表門からは直線の距離で小一時間以上はかかるために、私が兵士たちにずるずる連れて行かれたのは裏門に向かう道のある路地だ。
べしゃっと倒れ込んだせいで打ってしまった膝や腰をさすりながら起きあがろうとすると、私を連れてきた兵士二人が冷たい目で私を見ていた。
「よくもまぁ、麗しの大聖女ユリエラ様の御出立の式典に顔を出せたものだ」
「自分の立場をまるでわかっていない。なんて弁えていない無礼な女だ。ユリエラ様に話しかけようとするとは、ユリエラ様が穢れるだろう!」
私を正面門から遠ざけるという役目を終えた兵士たちは、立ち去ることなく憎々しげに私に怒鳴る。
路地裏の砂利の上にぺたんと座ったまま、私は唖然と彼らを見上げていた。
「猛毒姫、俺たちはお前に恨みがあったんだ」
「よくも猛毒姫の分際で、こきつかってくれたな」
「え……っ」
なんのことかしらと、首を傾げる。
この兵士の方々は知り合いだっただろうか。
警備についていた、聖騎士団の方だろう。
聖騎士団フラムエルスとは、その頂に女神レキサンヌ様を奉っている神官兵の集団である。
シュテルハウゼンは宗教国家だ。誰もがレキサンヌ様を敬っている。
大神殿とはレキサンヌ様を奉っている各地神殿の大元で、各地神殿を警護していた神官兵がやがて聖騎士団となった。
今は、聖騎士団とは王家直属の騎士団のことだけれど、彼らのレキサンヌ様への信仰心はとてもあつい。
私も見習いたいぐらいだ。
それに、魔物の脅威から人々を守っている彼らを私はとても尊敬していた。
一応私も聖女という立場なので、聖騎士たちの討伐した魔物を浄化する時には顔を合わせることがあった。
礼節をもって接していたつもりではいるし、余計な会話はしていないはずだ。
だから、恨まれるようなことは何も──。
「浄化のために魔物をもっと弱らせろだの、討伐が遅いだの言っていたのだと知っているぞ!」
「何が聖女だ! 浄化だって手を抜いていたのだろう。ユリエラ様であれば一度で済むものを、お前の浄化がお粗末なせいで魔物を何度も呼び寄せやがって!」
「その度に討伐に向かう俺たちの身にもなれ。何人の仲間が怪我をしたと思ってるんだ。腕を失った者もいるんだぞ!」
「そ、それは……ごめんなさい! 確かに私の浄化は、お粗末なものです。ユリエラ様と比べるのでさえ烏滸がましいぐらいで……」
私は頭をさげた。
お怒りは、ごもっともだ。
魔物の討伐とは危険な仕事である。私の浄化が足りないせいで、魔物の出現は収まるどころか増えていく一方だ。
聖騎士団の方々が怪我をしているというのは本当だろう。
全ては、私が足りないせいだ。
「今更謝ったところで!」
「誰も守ってくれないと思い知って、やっと謝る気になったのか。もう遅いんだよ!」
兵士の一人が、私の背中を足蹴にした。
衝撃に地面にもう一度倒れる私の黒い髪を握り締めると、引っ張り上げる。
砂利に体が擦れて、じんじんと痛む。
引っ張り上げられた頭皮が痛く、ひりひりずきずきとした。
痛いけれど、これも罰だ。
私は──多くの人を死に追いやった、悪女の娘なのだから。
そう。
お母様は、その心一つで、気に入らない者を投獄し、挙句処刑までをしていたらしい。
お城の庭に処刑台を作り、それを眺めて笑っていたのだという。
実際見たわけではないけれど、私を育ててくれた神殿の神官様たちが言っていたから、そうなのだろう。
私はそんな人の娘。生まれながらに罪を背負っているのだから、これぐらいは当然の仕打ちだ。
「何を笑っているんだ、気色の悪い」
「顔と体つきだけは悪くないがな。何人もの信徒と寝て、金をもらってるんだろ? 知っているぞ」
「聖騎士団の騎士とも寝ているそうじゃないか。頼めばすぐに足を開くと評判だ」
「ちょうどいい、どうせしばらくは誰も戻ってこない」
「出立式が終わるまではまだ時間がかかるだろうからな」
「違います、何か、誤解が……」
私の噂を、信じている人たちは多い。
噂の出どころがどこなのかはわからないけれど、私は兵士たちの言うようなことをしていると、思われている。
悪女の娘は悪女に違いないのだと。
「黙れ!」
兵士の腕が、振り上げられた。
殴られるのだと察して、目を閉じる。痛いのは、苦手だ。
仕方ないのだとわかっていても、痛いものは痛い。
「楽しそうなこと、してるねぇ」
場違いに明るい声が響いたのはその時だった。
兵士たちが慌てたように、背後を振り向く。
殴られる衝撃がやってこないことに気づいて、私は薄く目を開いた。
兵士たちの間から見えたのは、お日様の光の中に立っている、少し癖のある長い金の髪と宝石のような青い瞳をした、まるで女神様の使徒のように美しい男性だった。