猛毒姫は嫌われている
◇
王都の正面門では、出立するユリエラ様を見送ろうと、たくさんの人々が集まっている。
盛大な見送りの式典には、国王陛下や神官長アルベド様の顔もある。
国中の兵士たちを集めたような警備が敷かれていて、私は人波に揉まれながら、ユリエラ様を一目見ようと見送りに参加をした。
もちろん、私も旅立たなければいけないのだけれど、私の出立は裏門からだ。
まだ、顔合わせもしていない私の為の護衛兵との待ち合わせは昼過ぎなので、ユリエラ様をお見送りする時間はある。
大聖女様とは、女神様にも等しい方だ。
女神レキサンヌ様の寵愛を一身に受けている。
私などはレキサンヌ様の寵愛のおこぼれをもらっている程度にしかすぎない。
それでも、尊くありがたいことだとは思う。
門の前には、美しい金の髪に青い瞳、薔薇色の頬と唇の、女神様の祝福を具現化したような愛らしい女性がいる。
純白の聖女服がよく似合っており、数頭の馬と馬車、煌びやかな服装をした聖騎士の方々が居並んでいる。
(ユリエラ様だわ!)
なんと神々しい方なのだろう。
ご尊顔を拝見するのははじめてだ。
私はレキサンヌ様に祈りを捧げるようにして、見送りの町人の方々に押されながら両手を合わせた。
「大聖女ユリエラ、王太子ニフラム、そして聖騎士団長ルートヴェルグ。王国の民のための使命、その任は責任重大にして非常な重圧があることだろう。どうか、無事女神の聖地まで辿り着き、魔物の脅威から民を守ってくれ」
国王陛下ベルナンド様がよく通る声で厳かに言う。
私の母は十二番目の王妹だった。
そのため、国王陛下であった母の兄はもうすでに他界していて、ベルナンド様はその息子。
つまり、血筋的には私の従兄にあたる。
といってもそのお姿を見たのはこれがはじめてだ。
銀の髪に翡翠の瞳はシュテルハウゼン王家の特徴である。
私が黒髪なのは、お母様の影響らしい。
ベルナンド様と私は似ているかしらと一瞬思ったけれど、あまりにも不敬かと考えるのをやめた。
ユリエラ様には二フラム様が同行なさるようだ。
ベルナンド様のご子息である。
私とは──なんの関係もないわね。
私はただの、孤児なのだから。
二フラム様は私と同年代か、少し上に見える。
お母様とかつての国王陛下の年齢はかなり離れていたようだ。
男性とは幾つになっても子供を作れると聞いたことがあるので、そこまでおかしい話ではないのだろう。
神官様たちの噂によれば、私のお母様とは『好色な国王陛下の最後の種』らしい。
だから私のお母様は傾国の悪女になり、私は国のお荷物である猛毒姫になったのだと。
悪口なのだろう。でも、実際お母様は悪女だったし、私は行き場のないお荷物であったので、その通りだ。
それにしても──顔も見たことがなかったベルナンド様やニフラム様とほんの少しだけ同じ血が流れているというのは、どうにも奇妙な感じがした。
そんなことを考えながら煌びやかな出立式を眺めていた。
「シュテルハウゼンの名の元に、必ずや聖女ユリエラを守り、女神の聖地に辿り着くことを誓います」
「聖騎士団の名にかけて、殿下やユリエラ様をこの命に賭しても守り抜きます」
二フラム様とルートヴェルグ様の挨拶終わりと、割れんばかりの拍手と歓声が湧き起こる。
それがおさまった頃、ユリエラ様が一歩踏み出して、両手を祈りの形に組み合わせた。
「王国の人々のために、かならず使命を果たします。見送り、感謝いたします」
可憐な声が、乾いた地面に染み入る雨水のように言葉を紡いだ。
(ユリエラ様、なんて奥ゆかしい……大聖女様なのに皆様への感謝を忘れないなんて、さすがです……!)
大聖女様のお声を聞けるなんて、寿命が十年は伸びたのではないかしら。
お集まりの人々も、国王陛下や王太子殿下や聖騎士団を見たいというのはもちろんあるだろうけれど、ユリエラ様のご尊顔を拝見して、お声を聞きたかったに違いない。
先ほどよりもずっと熱狂した様子で、人々から拍手喝采があがる。
私は我先にとユリエラ様を見るために前に前にと出ようとする人々に揉まれて、集団から弾き飛ばされるようにしてよろよろと暗い路地の前へと進み出た。
そこには兵士の方々が居並んでいる。
ぎろりと睨まれて、なんでもないのだと首を振りながら愛想笑いを浮かべた。
「まぁ! あなたは、エフィミア様!」
その時である。
ユリエラ様が私の名前を呼んだ。
まさか呼ばれるとは思わずに、一瞬誰のことかわからなかった。
きょろきょろと周りを見渡す私の元へと、ユリエラ様が近づいてこようとしている。
唖然とする私の前で、ユリエラ様は二フラム様とルートヴェルグ様に守られるようにして、制止をさせられた。
人々がざわめき、ベルナンド様やニフラム様が、気味の悪い虫を見るような眼差しを私に向けている。
「猛毒姫、なぜここに」
「出立は昼過ぎ、裏門から出るようにと命令があったはずだ」
二フラム様とルートヴェルグ様が、苛立ちに満ちた声音で言う。
聖騎士団の方々の顔はほんの少しだけれど見知っている。
浄化を行うときに、お会いすることがあったからだ。
言葉を交わしたことはほとんどなかったはずだけれど、何か嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。
「エフィミア。大切な聖女の出立を、穢れた血をもつお前が汚すなどあってはならないことだ。即刻この場から立ち去れ!」
「国王陛下、お待ちください! エフィミア様も同じく、巡礼の旅に出るのだとお聞きしました。そんなふうにおっしゃっては、不憫ではありませんか」
国王陛下に、ユリエラ様が意見をしてくれる。
なんて優しい方なのだろう。まさに、聖女の中の聖女。名実ともに大聖女様だ。
私は感動のあまり、瞳を潤ませた。
「大聖女ユリエラ。なんと慈悲深いことか。だが、あなたも知っての通り猛毒姫とは、毒殺をされた魔女を母にもつ。聖女といえどもあなたとは全く違う。巡礼の旅はユリエラの使命。エフィミアに命令を出したのは、ここにいても無用の存在。国としては、早く片付けたい荷物にしか過ぎないからだ」
ユリエラ様の肩に手を置いて、ニフラム様が言う。
なるほどと、私は納得をした。
スペアとは聞いていたけれど、王太子殿下と、聖騎士団長と聖騎士の方々。
馬に馬車。
ここまでしっかりとした護衛をつけた旅路ならば女神の聖地にまで辿り着けるだろう。
大聖女様のお力で、聖地にて祈りが女神様に届けば、魔物の出現もおさまるはず。
私は、余計なのではないかと、不思議だったのだ。
要するに、王都から私を追い出したかったのだろう。
「なんてひどいことを! エフィミア様。気に病まないでくださいね。私は同じ聖女として、あなたと一緒に頑張りたいと思っております」
「ユリエラさ……っ」
なんて優しいのだろう。
私も、ユリエラ様のお力に、少しでもなりたい。
無用の命だとしたら、ほんの少しでも浄化のお手伝いをして、魔物を一匹でも多く浄化して、ユリエラ様のご負担を減らしたい。
私の言葉が終わる前に、私は兵士の一人に拘束されて、正面門の前からポイッと、ゴミでも捨てるように追い払われたのだった。