エフィミア探検隊の出立
柔らかい風に包まれるような心地よさの中で目を覚ました。
はふ、と、欠伸をひとつつきながら、大きく伸びをする。
なんだかあたたかいと思ったら、私のお腹のうえにおたまじゃくにに似た大きな何かがのっていた。
「……あれ?」
イグノアさんだ。
イグノアさんだけれど――なんだか、心なしか大きくなっている気がする。
昨日は両手でぎゅっと抱きしめるのにちょうどいいサイズだったのに、今はもう少し大きい。
おたまじゃくしみたいな丸い体に、小さな手足がはえている。
「成長している……!」
「エフィ、おはよう」
「シス様、おはようございます。とてもいい朝ですね。女神様も私たちの旅路を祝福しているようです」
「おはよう、エフィ」
「おはようございます」
私よりも先に目覚めていたシルヴィウス様は、指先で私の額をつついた。
女神様の話を朝からしてしまったから、ご機嫌を悪くしてしまったのかしら。
私は額をおさえながら、もう一度挨拶をする。
「よろしい。エフィ、朝から女神の話はしなくていいよ」
「で、でも、朝のお祈りは日課で……」
「じゃあ心の中で適当に祈っておいて」
シルヴィウス様の女神様嫌いは筋金入りだ。
わざわざ不愉快にさせるのもよくないので、私は胸の前で両手をあわせると、心の中で女神様への感謝を捧げた。
それから、未だに丸まって寝ているイグノアさんを抱き上げると、シルヴィウス様に見せる。
「見てください、シス様! イグノアさんが成長していますよ……! 足と手がはえています、小さいですけど……!」
「本当だ。気持ち悪い」
「可愛いですよ、シス様。よくみてください、とても可愛いです」
「どこが? 剣も不気味だけれど、動物? の形になっても不気味だよね。おたまじゃくしみたいで」
「おたまじゃくし、可愛いですよ」
「そのうち、魔物も可愛いとか言い始めるよ、エフィ」
「人を襲わなければ、魔物だって可愛らしいですよ」
「そう……よかったね」
私の手の中で、イグノアさんが小さな手足をぱたぱた動かした。
シルヴィウス様はすっかり身支度を調えていて、寝台に座ると持っていた林檎をナイフでシャリシャリと剥いてくれる。
「川に降りて、水浴びをしてきた。ついでに、果物をとってきたよ。それは、汲んできた水。林檎、食べる?」
「は、はい。いただきます。ありがとうございます、シス様。まるで、お姫様になった気分です」
「水と、林檎で?」
「水と林檎。寝て起きたら用意していただいているなんて、お姫様です」
私はにこにこしながら、シルヴィウス様にお礼を言った。
シルヴィウス様は「君も血筋は姫なんだけれどねぇ」と嘆息しながら、私の口に切った林檎を突っ込んだ。
「むぐ」
「水は汲んだだけ。林檎は君が生やしたもの。食糧難も大飢饉も一発で解消できるほどに実ってるよ」
「……ジャムを作って、パンにつけて食べたいですね」
「樹海を抜けたら街ぐらいはあるかな。不毛の大地だけれど、人が全くいないというわけではないだろうしね」
「美味しいものをたくさん食べましょうね、シス様。お金、持っていないですけれど、私」
「俺も金は持ってないんだよねぇ。暴れるたびに給料から罰金を引かれていたし、エフィとの旅の支度で大体使ったから。まぁ、これでも聖騎士だし、人を騙すのは簡単だよ」
「えっ」
「エフィミア、君の罪を許しましょう。聖騎士シルヴィウスの名の元に。女神様は全てを見てくださっていますよ」
シルヴィウス様は一口大の林檎をイグノアさんの口にぽいぽい放り込みながら言う。
私の口にも入れてくれるので、私はむぐむぐ食べながら、シルヴィウス様の綺麗な微笑みをぼんやりと眺めた。
「わぁ……シス様、素晴らしいですね。シス様の赦しの言葉は、きっと悩める人々を救いますよ」
「本気で言ってないよ? こうして騙せば、信徒が金をくれる。いい金稼ぎになるってわけ」
「心掛けがどうであれ、シス様の微笑みと言葉で救われる人々はいるのですよ。ですから、感謝のお金を受け取るのはけして悪いことでは……」
「わかった。わかったよ。人を騙すのはいけないことですよ! って怒られるかと思ったのにな」
シルヴィウス様は肩をすくめて、立ち上がった。
林檎を食べて、水筒に汲まれた水を飲んだ私も、衣服を整えながら立ち上がる。
イグノアさんは私の傍にふわふわと浮いた。特に羽もないのに浮かんでいるが不思議だ。
「そろそろ行こうか。エフィも水浴びをしたい?」
「いえ、私は……なんとなく、温泉が私を待っているような気がするので、大丈夫です」
「温泉の気配を感じるの?」
「女神様のお導きがあると信じています」
「君の信じる女神は、温泉も掘り当てられるのだねぇ」
やれやれと、シルヴィウス様は嘆息した。
私たちは樹海の奥へと進んでいった。シルヴィウス様が地図を見て、コンパスを確認してくれる。
すっかり気が緩んでしまった私が一歩歩くと、そこからは草花がはえて、果樹がはえて、きのこやお野菜がはえた。
シルヴィウス様の前では力をおさえなくても大丈夫。
それはわかっているけれど、さすがに聖女の力を漏らしすぎだと思って、私は気を引き締める。
シルヴィウス様は特に怯える様子も嫌がる様子もなく、「他人を騙さなくても、果物やら野菜を売ればいい金になるね」と感心したように呟いていた。
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