シルヴィウス様の出自
食事の用意ができると、蔓のベッドで眠っていたイグノアさんが起き出して、ふわふわとこちらに向かってくる。
「イグノアさんも、食べるのですか?」
『食べるとは?』
「食べるとは、口に入れることですけれど……シルヴィウス様、イグノアさんはご飯を食べないのですか?」
「魔剣だからねぇ」
私はいまいち、魔剣が何なのか、イグノアさんとは何なのかが分かっていない。
けれど、会話を交わせる生き物ではあるのだから、ご飯は食べたほうがいい。
犬もウサギも小鳥も、ご飯は食べるものね。
私は、私の分を半分にして、イグノアさんの前にさしだした。
「イグノアさんの分もありますよ。はい、どうぞ。シルヴィウス様も、よろしければ召し上がってくださいね」
「もちろんよろしいから、いただくよ」
「ふふ……」
「イグノアも、せっかくだから食べてみたらいい。口に入れて飲み込めばいいだけだ」
『ふぅん』
お鍋も食器類も、コップも、イグノアさんが出してくれる。
野営とは思えないぐらいに、私の神殿のお部屋よりもずっと、華やかで豪華なお食事だった。
私は女神様に祈りを捧げる。シルヴィウス様は特にご挨拶もせずに、キングサーモンサンドを手にしてばくっと食べた。
シルヴィウス様は美しい容姿をしているけれど、食べ方はかなり男らしい。
ぼたぼたとタルタルソースがたれても気にせずに、指についたソースをぺろりと舐めとった。
「おいしい」
「ありがとうございます……!」
料理を褒められたこともなかったから、なんだか胸がいっぱいになる。
イグノアさんもシルヴィウス様の様子を眺めたあとに、ばくっとキングサーモンサンドを口の中にいれる。
『なるほど。これが、食べる』
「はい、食べる、です」
『美味しい。エフィミア。これは、美味しい』
「褒めてくださって、ありがとうございます」
私よりも先に食事を終えたシルヴィウス様が、葡萄酒を飲みながらじっと私を眺めた。
夜の闇に支配された森には、風の音と、遠くに動物の声が響いている。
「ねぇ、エフィ。聞かないの、色々」
「色々……」
「そう。俺のこと、気にならない?」
「シルヴィウス様のことはもちろん、気になります。気になりますけれど……聞いてもいいのですか?」
「いいよ。なんでも答えてあげる。ただし、俺のことはシスって呼んで」
そういえば、イグノアさんはシルヴィウス様を『シス』と呼んでいた。
ルヴィと呼ぶよりは、しっくりくる気もする。
「シス様?」
「うん」
「……嫌なことは、答えないでくださいね?」
「そうだね」
「で、では。シス様は……ご家族はいらっしゃるのですか?」
「っ、あはは……!」
一番気になっていたことを尋ねると、シルヴィウス様は大きな声で笑い出した。
私の質問はそんなにおかしかったかしら。
でも、大切なことだわ。
だって、王都に家族がいるのだとしたら、きっとシルヴィウス様のことを心配しているもの。
「イグノアのことを聞かれると思ったのに、俺の家族が気になる? 二十三歳独身だと言った筈だけれど、恋人の有無を聞いている? 大丈夫、いないよ。エフィは心配をしなくてもいい」
「そうなのですね。恋人はいらっしゃらない……それでしたら、よかったです」
「ふふ、そう。よかったね」
「はい。ご両親などはどうでしょうか。あまり帰りが遅いと、心配をされるのでは」
「エフィ。君は、人の話を聞いている?」
シルヴィウス様は私の額をつついた。
私は額を押さえる。でも、そんなには痛くなかった。
「追放されたんだと言っただろうに。心配してくれるような家族がいたら、追放されるような行動をとったりしない」
「……つまり、シス様も私と同じ?」
「少し違うね。別に隠すことでもないから言うけれど、俺はアルベド・エルヴィルの腹違いの弟だよ。いわゆる、婚外子だね」
「神官長様の……? 婚外子……」
一瞬理解に苦しんで、私は目をしばたかせた。
アルベド・エルヴィル様は、私に巡礼の旅を命じた神官長様である。
「そう。前神官長ディールムントが娼婦にうませた子が、俺」
「しょう、ふ……」
「男に体を売る女のことだね」
「……そ、そのような言い方をしてはいけません」
「ではどのように言ったらいいのですか、聖女様」
「大変ご苦労をなさっている女性たち……です」
「なんでもいいけど。ほら、王都に歓楽街があるだろう? そういった女性たちがたくさんいる、歓楽街ソドム」
「ええ、はい……」
「そこの、高級娼館アシッドメアリーの娼婦クラリッサが、俺の母。もう亡くなったけれどね」
にこにこ笑いながら、シルヴィウス様は言った。
私はアルベド様の顔を思い出す。
シルヴィウス様とはあまり似ていないような気もする。前神官長ディールムント様のお顔は、私は知らない。
シルヴィウス様の綺麗な面差しは、お母様に似たのかもしれない。