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快適な野営



 剣が変化したオタマジャクシのような何かは、空中にふわふわと浮かんでいる。


「この子は、一体……」

「これはね、魔剣イグノア」

「動物に見えますが……」

「うん。そうだね。イグノア、挨拶をしなさい」


 シルヴィウス様はイグノアさんをつつく。

 イグノアさんはくるりと一回転した。つぶらな赤い瞳に、大きな口。柔らかそうな体。

 触ってみたいけれど──。


『こんにちは、エフィミア』


 頭の中に、直接声が響いているようだった。

 それは、少年の声をしている。涼やかで、平坦で、けれどどこか楽しげな声だった。


「私の名前を?」

『知っている。シスの見ているものや記憶が、僕の記憶。だから、知っているよ。君はエフィミア』

「あなたは、イグノア」

『うん。よろしく』


 イグノアさんはそう言うと、その額に星のような赤い印を浮かびあがらせた。

 同じ印が地面に現れて、そこから立派な鍋が現れる。


「お鍋……!?」

『鍋が欲しい。そう聞いた』

「お鍋は欲しかったですけれど……これは、どういう」

「これは、鍋。どうぞ、エフィ」


 突然現れた鍋を、シルヴィウス様は拾いあげると私に渡してくれる。

 私はシルヴィウス様とイグノアさんを交互に見比べた。

 それから鍋をまじまじと見つめる。つまりこれは、揚げ物用の鍋ということだ。

 揚げ物をしたら、シチューを作る。それからパンを焼いて、タルタルソースも。


「あとは何かいるものはある? 調理器具は、適当に並べておくから使っていいよ。何が必要かわからなくてね、とりあえず色々持ってきているから、足りないものがあったら言って」

「は、はい。ありがとうございます、シルヴィウス様、イグノアさん」

「俺にも手伝えることがあれば言って」


 私が石を集めて鍋のサイズのかまどをつくりはじめると、シルヴィウス様も手伝ってくれる。

 その間、イグノアさんは丸い体を蔓植物のベッドに横たえて眠っていた。

 剣には見えない。謎の生物だ。丸いお腹が可愛い。

 かまどを組み終えると、材料の下ごしらえにとりかかった。


 キングサーモンに塩の代わりになるソルトプランツの葉を、荷物の中から取り出したナイフで細かく切って揉み込んだ。

 それからわさわさとはえている小麦を引っ張って抜く。

 小麦の実をイグノアさんが出してくれたボウルに集めて手をかざすと、それは小麦粉に変わった。


「小麦粉だ」

「はい。小麦粉です」

「すごいね」

「シルヴィウス様もすごいですよ」


 正直、どうしてこんなことができるのかはよくわからない。

 これも女神様の加護なのだろうと思うけれど。

 この力はどこでどうやって使うのだろうと不思議に思っていた。でも、シルヴィウス様の食べたいものを作れるのだと思うと、役に立っている。


 小麦粉を水でといて、もぎ取った葡萄を聖女の力でレーズンに変えたものを入れて、ソルトプランツも入れる。

 その間にお野菜を切って、もう一つお鍋に入れてシチューの準備をする。


「エフィ。どの程度、素材の変化が可能なのか教えてくれる?」

「ええと、複雑なお料理はできないんです。例えば、小麦を小麦粉に変えたり、お米を精米したり……葡萄を干し葡萄に、魚を干し魚に……なんていうことはできます。素材そのもののを変化させることができるみたいです。植物を育てて、それから枯らす、みたいに」

「なるほど。じゃあ、ここに白葡萄があるけれど。これを、葡萄酒にできる?」

「ええ。できると思います」


 私はいくつかの葡萄をもいで、ボウルに入れる。

 それから手をかざすと、葡萄の形はなくなって、そこには液体が残った。


「葡萄酒だ。エフィ、葡萄酒だよ」

「できましたか? お酒は作ったことがなくて……この力も、使わないようにしていたので、できたかどうかわからなくて」

「素晴らしいね。完璧な葡萄酒だ」

 

 シルヴィウス様は軽く指に液体をつけると、ペロリと舐める。

 嬉しそうにしながらそのボウルのお酒を、木製のカップに入れて飲みはじめた。


「美味しい。樹海での野営なんて不自由なものだと思っていたけれど、これじゃあ王都にいるときよりも快適だね。ありがとう、エフィ」

「いえ……むしろ、ありがとうございます」

「ん?」

「い、いえ」


 どうして、不気味だと言われた私の力で作ったものを、ためらいもせずに口にしてくれるのだろう。

 それが嬉しく、同時に気恥ずかしい。

 シチューの準備を終えると鍋にかけて、その間にこねた小麦粉をパンの形にしていく。


 形にしたパンを蓋つきの鍋に並べて蓋をして、ぐつぐつ煮えてきたシチューを一旦火から外すと、火にかける。

 キングサーモンのきり身を水でといた小麦粉にくぐらせて、持参してきた乾燥したパンを削ってパン粉をつける。


「タルタルソース……みたいなものでいいですか?」

「ん? あぁ、ごめんね、わがままを言って。無理ならいいよ」

「味は、同じだと思います」

「なんでもいいよ。エフィが作ってくれるものなら、なんでも」


 シチューをかき混ぜながらお酒を飲んでいるシルヴィウス様は、いつにもまして上機嫌だった。

 私は卵草をはやす。それは、卵みたいな実がはえる草だ。卵じゃない。果実である。

 でも、味が卵によく似ているので、卵の代用品として使えるのではないかと思う。


 パンが焼けたところでお鍋に油をいれる。

 これは、オリーブの実を集めて変化させたものだ。熱した油の中に、衣をつけたキングサーモンを入れる。

 カラッとあがったら焼けたパンに挟んで、レタスと、卵の実を潰して味付けをしたものも入れる。


「できましたよ、シルヴィウス様。キングサーモンサンドとシチューです」

「本当だ。すごいねエフィ。手際がいいし、なんでもできる。もうこのままここで暮らしてもいいぐらいだ」

「そ、それは困ります……」


 私はキャンプに来たわけではなくて、巡礼の旅の最中なのだから。


 お料理が終わると、すっかり日が暮れていた。ランタン草が優しく発光をしていて、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 このままここで暮らすことはできないけれど、でも、はじめての夜はなんだか楽しい気がした。



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