キングサーモンの調理方法
出会ってからずっとお世話になっているシルヴィウス様のために、快適な野営地を作らなくてはと、私はせっせと野営地を整えた。
夜になるとあたたかく光る、ラッパみたいな形をしたランタン草の量を増やしたり、雨が凌げるように蔓性植物で作られた屋根を広げたりしてみる。
こんなに、思うままに聖女の力を使えるのははじめてだ。
いつも、やりすぎないように力を抑えつけていた。
それはまるで、頭を真後ろから押さえつけられて、ずっと水の中に顔をつけているように苦しいことだった。
今はそれが、ない。
いつもよりも呼吸がしやすいような気がする。
地面に手をかざすと、そこから芽が伸びて、瞬く間に成長して、たわわに果実が実った葡萄の木ができる。
トマトやピーマンやアスパラなどもにょきにょき生えてくる。
「……こうしてできたお野菜や果物は、呪われている」
神殿で言われたことを口にする。植物とは土を耕し、種をまき、水をやり育てられるもの。
瞬く間に育つ植物など不気味でしかない。自然の理に反することだ。
聖女の力が発現した時に、神殿を植物で汚染してしまった罰で、私は懲罰房に入れられた。
そして──。
「呪われてなんていないよ、エフィ。もし女神が本当にいるんなら、その力ではやした植物はご利益みたいなものがあるんじゃない? 信仰心があるものはありがたがって、こぞって奪いにきそうなものだけどね」
声が聞こえたので顔をあげると、そこにはシルヴィウス様がすぐ近くに立っていた。
シルヴィウス様は、私の顔と同じぐらいありそうな大きなキングサーモンを手にしている。
「もしやと思って、崖から川に降りてみたんだ。魔素汚染された土地からは、動物や魚は消えていくものだけど、エフィの浄化は、広範囲に及んでいるようだね。魚、多かったよ。まぁ、食べる分しか必要ないから、大きめなやつを一匹とるだけにしておいたけど」
「崖から川に降りたのですか!?」
「そうだよ。どうしたの、そんなに驚いて」
「崖下までは、すごく距離がありました」
「俺、運動神経がいいから」
なんでもないことのように、シルヴィウス様は言う。
運動神経がいい──で済まされることなのだろうか。
シルヴィウス様はその話はもう終わったような顔で、きょろきょろと野営地を眺めた。
「そんなことよりも、これ、エフィが?」
「はい。シルヴィウス様は、私の力を嫌がらなかったので……つい、甘えてしまいました。快適な野営地に! と、気合を入れたのですが……よくなかったでしょうか」
「ふ……あはは! とてもいいよ。ありがとう、エフィ。屋根があるね。ベッドも。野営と思えないぐらいに快適な夜を過ごせそうだ。これは、ランタン草?」
「は、はい。明るいほうがいいかなと、思って」
「炎や灯りには獣が寄ってこないから、とても正しいよ、エフィ」
シルヴィウス様はキングサーモンを、もう片方の手に持っていた大きな葉の上に置いた。
私は咎められなかったことに胸をなでおろしながら、キングサーモンを覗き込む。
「一応、食料は持ってきたけれど、どれも保存食だからね。味は、あまりよくない。新鮮な野菜も果物もあるし、肉か魚を捕まえてこようと思って。川の水で先に内臓や鱗を落としてきたから、あとは煮るか焼くかするだけ……なんだけど、どうやって食べたい?」
「すごい。シルヴィウス様はなんでもできるのですね」
「魚の内臓と鱗ぐらいは誰にでもとれると思うんだけど。まぁ、手がね、生臭くなるけれどね」
シルヴィウス様は眉を寄せて、手をひらひらさせる。
「そのことなら! ここに、泡草があります。こちらを手に擦り付けて、それからここには、水分がとても多い水筒草があります。茎を切ると、水がじゃばじゃば出ますよ」
「詳しいね」
「正式な名前は、わからないのですけれど……私が勝手に名付けました。草むしりの時に、どうしても色々とはえてきてしまうので、抜きながら覚えたのですよ」
褒めてもらえることが、認めてもらえることが、話を聞いてもらえることが、嬉しい。
思わず興奮気味に捲し立ててしまって、私は両手で口を押さえた。
「ごめんなさい。私、あまり余計なことを言わないようにといつも気をつけていたはずなのに。言葉を、話せるのが嬉しくて、会話ができるのが、嬉しくて」
「気にしなくていい。俺は君の声が聞きたい。エフィ、俺は君の騎士だ。だから、遠慮はしないで。俺も、君に遠慮をしていないから」
「はい……ありがとうございます」
「こんなことで、礼を言わなくてもいいよ。君の口を塞いだ神官たちを半殺しにできなかったのは残念だけれど」
「暴力は、いけませんよ」
「そう?」
シルヴィウス様は、腰から禍々しい剣を抜き出した。
それは確か、魔剣だと言っていた。
魔剣とは何のことなのか、私は知らない。
ただ、何かしらの恐ろしさを感じる。
「それで、エフィ。どうやって食べたい?」
「どんな食べ方でもきっと美味しいです。シルヴィウス様のお好きな調理法を教えてくだされば、私が料理をしますよ」
「そう? じゃあ、フライにして、パンに挟んで。タルタルソースと野菜も一緒に。それから、シチューにしてほしいな。きっと美味しい」
「任せてください! でも、お鍋が……」
火おこしは何とかなるだろうけれど、揚げ物用の鍋は持ってきていない。
そもそも、お鍋はないのだ。地図と包囲磁石でほとんどのお金を使い果たしてしまったのだから。
「鍋があればできるの? それはすごいね。あるよ、ここに」
シルヴィウス様の黒い炎に包まれているような禍々しい剣が、どういうわけが大きく膨らんだ。
まるで風船みたいに、ぷっくりと。
それは、剣から形を変えて──丸くて大きな黒の、おたまじゃくしみたいな動物の形になった。