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おまけの聖女は巡礼の旅に出る〜猛毒姫と呼ばれた私と、沸点低めの狂犬聖騎士様は王国のお荷物であるそうで〜  作者: 束原ミヤコ


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はじめての野営



 ──寒いなぁ。


 すごく、寒い。


 痛い。


 それが、私の一番古い記憶だ。

 

『どくむし』


 と、呼ばれていた。


 小さい頃はそれがなんのことかがわからなかった。

 ある程度、ものがわかるようになると、神殿に預けられている他の子供たちが、庭の草の上にある毛がいっぱいはえている虫を指さして、毒虫と呼んでいたので、それが何かがわかった。


 神殿での私の部屋は、小さな物置小屋だった。

 物置小屋に、毛布が一枚。暖かさを求めるようにそれにくるまっていた。


 木の板は寒くて、体は痛かった。

 寒さと痛みについて気づいたとき、なんだかとても悲しくて、うずくまって両手で口を押さえて泣いたことを覚えている。


『あなたの母は、とても償いきれない罪を犯しました。母の罪は子の罪。よって、あなたも罪人です』

『生かされているだけありがたいと思いなさい、毒虫』

『仮にも、元王族。毒虫は失礼でしょう』

『猛毒姫』

『猛毒姫』

『祈りなさい、猛毒姫。女神様はあなたの罪を許してくれます。償いなさい、猛毒姫。働かないものに与えられる食事や寝床はありません』


 神官様たちのおっしゃることはもっともだ。

 私はどうやら生まれながらの罪人らしい。

 朝起きたら水を汲んで、芋の皮を剥いて、皿を洗って、洗濯をして。神殿の掃除と、草むしりと。

 ともかくやることはたくさんあった。


 それでも、辛いとか苦しいだとかは、あまり思わなかった。

 神殿の礼拝堂にはとても美しい女神レキサンヌ様の黄金の像がある。


 窓から差し込む光に照らされた神々しい、慈愛の笑みを浮かべたそれはそれは美しい女性の姿をした像である。

 女神レキサンヌ様が私を見ていてくださっている。

 私の罪を、許してくださる。


 そう思うだけで、私の心は満たされた。


 それでも──。


『近寄らないで、猛毒姫!』

『何故お前なんかに聖女の力があるのだ!』

『薄気味悪い……! 今すぐこの植物を消しなさい! 神聖な神殿を、お前のような罪人が汚すなどあってはならないことです!』

『レキサンヌ様がお前に力を与えたのは、何かの間違いに決まっている』


 ふと思い出した記憶に、私の意識は吸い込まれていく。

 現実と記憶が混濁する。

 聖女の力が発現したすぐあと。

 マルムリスを浄化した私は、力の制御ができずに、庭から、神殿の外壁から屋根に至るまでを、森のようにしてしまった。

 

 様々な草花や木々が絡み合い、ひしめき合って、花が咲き果物が実った。


 神官様たちはお怒りになり、叫び声を上げながら私を責めた。

 私はその場に立ちすくんだまま、ただ「申し訳ありません」と謝ることしかできなかったのだ。


 あの時ほど、この世界でひとりぼっちだと感じたことはなかった。

 それでも私はすぐに、立ち直ったのだけれど。


 聖女の力はレキサンヌ様から与えられたもの。私の罪を、レキサンヌ様が許してくださっている。

 私を認めてくださっている。

 見ていてくださっている。


 だからもっと、頑張らなくてはと思ったのだ。


「エフィ、落ち着いた?」

「ご、ごめなさい。昔のことを、少し思い出してしまいました。私のことを嫌がらずに、こんなふうにしてくださる人ははじめてなものですから。つい、感傷に浸ってしまって」


 涼やかで低い声に我にかえる。

 そういえばここは、樹海の中で、私はシルヴィウス様と二人で女神の神殿を目指しているところだった。

 シルヴィウス様は私の髪を撫でていた手を離して、目尻の涙を指先で拭ってくれる。


「では、俺は君のはじめての男だね。それは光栄」

「はい。ありがとうございます、シルヴィウス様。私は、あなたと出会えた幸運に感謝しなくては」

「誰に感謝するの?」

「レキサンヌ様に……」

「女神なんていないよ」


 シルヴィウス様は肩をすくめる。

 それから景色を眺めて、小さく頷いた。


「結構進んだし、もうすぐ日が暮れる。君の浄化のおかげで、このあたり一体には魔物は近づかないだろう。ここで、野営の支度をするよ」

「わかりました。今日中には、女神の神殿には辿り着けないでしょうか」

「地図を見ると、今は半分といったところかな。ここは、この川……ユグス川のある崖を越えたところ。結構進んだよ、エフィ。君が健脚で助かった」

「体力には自信があります。褒めてくださって、ありがとうございます」


 野営というものを、私はしたことがない。

 王都近郊に出現した魔物の浄化に向かった時も、浄化が終われば神殿に帰されていた。

 聖騎士団の方々と一緒に夜を過ごしたことはない。


「シルヴィウス様、何を準備すればいいのか、指示をしてください。私、なんでもします」

「そう。ありがとう。じゃあ、エフィは火を起こす用の薪を集めて。俺は食糧を集めてくるから」

「はい!」


 役割を与えられたことが嬉しくて、私は元気よく返事をした。

 シルヴィウス様にはそういえば聞きたいことがたくさんあるのだけれど、とりあえず、薪を集めることにする。


 私が草木をはやしてしまったせいで、枯れ枝は折り重なる生き生きとした草の中へと埋まってしまっていた。

 できるだけ乾いている枝を集めて、それから枯れ葉や乾燥している木の実なども集める。


 風除けになりそうな倒木の前に集めてまとめると、私は両手を伸ばした。

 

 シルヴィウス様は私を怖がらない。

 だからここでは、自由に、好きなように、力を使っていい。


「女神レキサンヌ様のご慈悲を、ここに」


 祈りの言葉と共に、足元から森の生命力が私の体に浸透し、充満し、いっぱいになる。

 指先から、皮膚から、全身から、聖なる力があふれていく。


 蔓と花を組み合わせたようなベッド。キノコの椅子。ランタン草に、蔓植物の屋根が出来上がる。

 

 野営というものがどんなものなのか詳しく知らないけれど、ある程度の準備を整えて、私はシルヴィウス様の帰りを待った。





 

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