サービスの多い料理店
「お食事の前にこちらサービスになります。」
小粋なジャズの流れる店内で、猫背のウェイターはカウンターの上に料理を置いた。何度も見た光景だが、何回目の光景かはもう覚えていない。
「…あのう?」
僕が遠慮がちに声を掛けると、ウェイターは不思議そうな様子で振り返った。
「なんでしょうか?」
猫目のウェイターに僕は意を決して、ずっと思っていた疑問をぶつけた。
「サービスは嬉しいんですけど…、多すぎませんか?サービス。」
「店長からのほんのお礼ですから。」
「明らかにほんの、の域を超えてるからお伺いしてるんですけど。」
そう言うと、猫目のウェイターは目を細めながら、
「…うちの店長、サービス好きなんですよ。」
と答えて、厨房へと続くであろう扉の奥に消えていった。自分の食卓の上にはほとんど手をつけていない料理で溢れかえっている。
明らかにおかしい。絶対におかしい。だって、僕はこんなお礼をされるようなことをした覚えがないぞ。記憶を遡ってこの事態の原因を探ろうにもズキンと頭が刺されるような痛みで思い出せない。呑みすぎたんだろうか。
そもそも、何かがあってこの豪勢なサービスを受ける権利を僕が得ていたとしたってこんなのは絶対に変だよ。だってまだ何も頼んじゃいないのにサービスだけで机が埋まっちゃってるんだもの。机の上には、焼き鮭に、ししゃものフリッターに、鯛飯に、ムニエルに。もう満腹だってのにこんな魚ばかり食ってたらぶくぶくのデブ猫になっちまうよ。
おや、そういえばさっきから魚ばかり食べてるな。そのことに気がつくと僕ぁなんだかとてつもなく不安になって、宮沢賢治の『注文の多い料理店』の絵本の表紙がなぜだか脳裏を掠めたんだ。あの話と今の状況は全然違うようだけれども、僕には自分のいるこの部屋と注文の多い料理店が重なって見えた。つまり僕ぁ今、大量の魚料理を食わされて、それからぶくぶくに太ったところを猫どもに喰われちまうんじゃないかって思えて仕方が無くなったんだ。
いやいや、僕ぁ物語の世界の住人になったことはないぞ。物語の世界みたいだなんだと思うからそう勘違いするだけさ。でも、その考えにも自信はない。一体僕ぁ今、どちらの世界の住人なんだろうか。
奥の扉が開いて、あの猫背で猫目のウェイターがまたやってきた。一体のこのあと何が起こるのかもわからないけれど、とりあえずまだこの変な料理店の変なサービスは続くらしい。
お初にお目にかかります、波触雪帆と申します。ここまでご覧いただき誠にありがとうございました。
初投稿『サービスの多い料理店』いかがでしたでしょうか。初投稿にしてはかなりの力作になったのではないかと思っております。
本作を描こうとしたきっかけ、と言うよりこちらで活動をしようと決意したきっかけなのですが、志望大学の入学試験『2つの単語からストーリーを考える』課題の練習のためなのです。執筆時間は90分。文字数は1000文字以内。ランダムで抽出した2単語で一発勝負。そんなルールで投稿していく所存ですのでお目汚しでなければ是非応援していただけますと幸いです。
2023.7.19(水) 波触雪帆