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骨休め

作者: 村崎羯諦

「ちょうど今骨休め期間でして、左腕の上腕骨から左手の指の骨まで全員バカンスに行ってるんです。本当は私も一緒に休めたらよかったんですけど、どうしても片付けないといけない仕事が残ってて……」


 左腕をだらんと垂らした状態で出社してきた伊野くんは少しだけ恥ずかしそうな表情で答えた。同期の笹原さんは骨が抜けた左腕を興味深そうに突きながら、眉をしかめる。


「骨休め期間中なんだから、休んだらいいのに。片腕だけだと、仕事捗らなくない?」

「それはそうですけど、骨休めしてるのは利き腕じゃないので、まだなんとかなると思います。それに部長からもこの仕事は僕にしか頼めないって言ってくださってるし」

「無理なときは無理だって言ったほうがいいよ。まあでも、今更言っても仕方ないし……困ったときは手伝うからなんでも言ってね」


 笹原さんの言葉に周りの人間も頷き、伊野くんは申し訳なさそうな顔でお礼を言った。そして、仕事が始まったものの、やはり片腕が使えない伊野くんはいつもと勝手が違うせいか苦労しているようだった。それでも周りに迷惑をかけたくないからか、なんでも自分でやろうとしており、見かねた笹原さんがサポートしてあげる。その繰り返しだった。


 それでも半日も経つと伊野くんも片腕だけの生活に慣れていった。まだ笹原さんや他の人のサポートを受けつつではあるが、少しずつ自分の仕事をこなせるようになっていく。気にしないでね、骨休み期間が終わるまでの間だけだから。献身的に手伝いをしてくれる笹原さんに伊野くんが申し訳ありませんと謝ると、笹原さんは笑いながらそう言ってくれた。


 伊野くんの骨が休みから復帰するまでの短い間だけ。伊野くんも、笹原さんも、周りのみんなもそう思っていた。しかし、骨のバカンスがそろそろ終わろうとしていたある日のこと、出勤してきた伊野くんはいつものように左腕をだらんと伸ばし、真っ青な表情を浮かべていた。


「僕の骨たちが……旅行先で出会った女性の骨と一緒に暮らすと言って帰ってこようとしないんです。長年連れ添ってきた僕より、どこの馬の骨ともわからない相手を選ぶなんて……信じられません」


 伊野くんの骨に関するスキャンダルに部署内がざわつく。骨は持ち主に似ると言われているのに、あの真面目な伊野くんの骨がそんなことするなんて。同僚が他人事のように囃し立てる中、笹原さんだけは今にも泣きそうな伊野くんの左腕を強く握って、信じられませんなんて言ってる場合じゃないでしょと叱咤する。


「このまま一生骨のない生活を送るつもりなの? とにかく今は相手方の骨の持ち主に連絡を取って、話し合いを行うのが先でしょ!?」

「でも……相手の骨の持ち主なんてわからないし」

「ああー! そんなうじうじしないの! 私が手伝ってあげるから、早くしないと本当に手遅れになるよ!」


 そこから笹原さんの行動は早かった。伊野くんの骨たちが宿泊していた旅館に連絡を取り、まずは伊野くんの骨が何という名前の女性の骨であるのかを確認した後、すぐさまその骨の持ち主とコンタクトを取った。相手も相手で同じように自分の骨が知らない誰かの骨と一緒になると主張していることに困惑していたため、話は早かった。旅館を出て、行方知らずになっていた骨たちの捜索届けを出し、警察の協力のもと彼らの居場所を特定。人間の歯車にはならない。本当の愛に命を捧げたい。なんて、一丁前なことを言う骨を説得し、それでも言うことを聞かない骨に対しては、真っ二つにおるぞと脅迫したりした。


 笹原さんは、決して穏便とは言えない話し合いの場に行きたがらない伊野くんの背中を押し、彼の左腕の骨が元に戻るようにサポートをしてあげた。結局、話し合いの中で、相手の女性の骨が違う骨ともそういう関係を持っていることがバレたりして、結果的には伊野くんの左腕の骨たちは、帰るべき場所へと帰ることになった。


 後日。伊野くんは最大の恩人である笹原さんを、お礼を言いたいと食事へと誘った。美味しいお酒を嗜み、二人は楽しい時間を過ごした。そして、酔いが回って少しだけ気分が大きくなった伊野くんは、帰り道に笹原さんに自分の思いを伝えた。


「笹原さんの優しさに触れ、いつのまにか骨ぬきにされてしまいました。好きです。付き合ってください」


 それに対して、笹原さんが一言こう言った。


「ごめんなさい。私……もっと気骨のある人がタイプなの」

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