#4 秘密基地とメイド
メテオシティ郊外─スタジアム10個分の広さの邸宅が、俺の家だ。
ただしそれは、あくまでカイト・クライとしての住処。
ナイトクロウの秘密基地【クロウ・ネスト】は、クライ邸の地下深くに存在している。
《SCREEECH!!》
俺は超高速のクロウモービルを勢いよく停止させ、基地に降り立った。
「帰ったぞ、イブ」
「おかえりなさいませ、カイト様」
帰還した俺に声をかける、ショートカットの青いホログラムのメイド─イブだ。
彼女はこのように、ホログラムの姿で実体化することができる。
「おえぇ…」クロウガール─ルナが、ふらふらになりながら助手席から降りてきた。
今度から、クロウモービルに酔い止めを常備しておくか。
「…スーパーヒーローなのに、交通ルールを守ろうって気はないの?」
「ヒーローが法定速度を守ってたら、悪党に追いつけないだろ」
「…さっきから驚きの連続なんだけど」
少し落ち着いたのか、ルナがしゃべり出す。
「私が憧れてたナイトクロウの正体は、高校生にして世界一の大企業の社長、億万長者のカイト・クライで、お屋敷の地下には秘密基地まであって、しかもそこにはホログラムのメイドさんまでいるってこと?」
「ただのメイドではありません。カイト様に悪い虫がつかないようにするのも、大事な仕事の一つです」
完全に、彼女に対する不信感を抑えきれていないイブの口調。
AIなのに人間味がありすぎる。
「なんだか私、今まで軽々しく接しすぎたかも…敬語使います」
「今更いい…同い年なんだし」
「じゃあ、これからは遠慮なくカイトって呼ぶね!」
…適応力の高いやつだ。
クロウ・ネストに帰還するまでの間に、俺たちは簡単にお互いについて話し合った。
俺の正体。ジャスティス・ギルドを追放されたこと。
あいつらに平和を任せておけないと思い、“復讐”を誓った俺の力になることを、ルナは約束してくれた。
もっとも、俺の方は【クロウガール活躍日誌~ナイトクロウの真の相棒の物語~】のおかげで、ルナのことはだいたいわかっていたが。
「読者だったの!?」という彼女からの問いかけには、全力で首を振って否定した。
「…とりあえず、お互いについては知れたな。次は、この基地について知ってもらう」
「憧れのナイトクロウの秘密基地ツアーね!ブログにアップしてもいい?」
「ダメに決まってるだろ!撮影禁止だ」
どうも調子が狂う。ひょっとすると、今まで戦ってきたどんなヴィランよりも手ごわいかもしれない。
「…まぁいい。まず、イブとはさっき話したな。彼女は俺をサポートしてくれる、頼れるAIのアシスタントだ。基地のコンピューターやスーツ、俺が開発したあらゆるガジェットにつながっている」
「…ホログラムでもドヤ顔ってできるんだ…」
俺の紹介を聞いて胸を張るイブに対して、ルナがつぶやく。
俺は基地の中心部、巨大なコンピューターを指差した。
「これが、メインコンピューターだ。街中のあらゆる犯罪をキャッチできる。過去の戦いのデータも、残らず記録してある」
「ここまでの設備を作るのは大変だったんじゃない?」
「まぁな。両親が遺してくれた財産と、会社の技術力のおかげだ」
「カイト様の頭脳のおかげでもあります」
イブのフォローだ。「私を作ってくださったのも、カイト様ですからね」
両親を犯罪で亡くした俺は、もう二度と誰かを失いたくなかった。
だから“絶対に死ぬことがない家族”として、イブを設計した。
イブは俺にとって唯一の家族だったが、自分が作ったAIが自分の親代わりというのは、変な気分だったな。
俺はふと、ルナを見る。
AIでも超人でもない彼女は、犯罪との戦いで傷つき、命を失う可能性もある。
…それでも今の俺には仲間が必要だ。
本当の“仲間”が。
「俺の相棒になるからには、しっかり活躍してもらうぞ。色々と厳しいルールもある」
「…どこまでもついていくわ」
固く拳を握りしめるルナ、いい表情だ。
「よく言ったな。じゃあさっそく、ルールその1だ。【ヒーローはブログを書くな】」
「えっー!?本当に相棒になれたのに、【クロウガール活躍日誌~ナイトクロウの真の相棒の物語~】閉鎖しなきゃいけないの!?」
「当たり前だ。もしこの先、クロウガールの正体を突き止めようとするやつがブログを見つけたらどうなる。本名まで載ってるんだぞ。本当のルールその1は【ヒーローはブログを書くな】じゃない。【正体を知られるな】だ」
「…わかったわ」ルナが渋々、といった感じでうなずく。
「この先検索されることがないように、インターネット上から一切の痕跡を消しておく」
「そんなことできるの!?」
「できる。世界最大の検索エンジンを提供しているのは、クライ産業だからな。どんな黒歴史だって綺麗に消せるぞ」
「…私は別に黒歴史って思ってないんだけど…」
さて、俺自身も明日に備えて準備をしなければ。
「イブ、強盗事件の前に少し話しかけて止まっていたが」
「はい、ジャスティス・ギルド結成3周年パーティーの件でしたね」
「招待状をもらっていたな。参加しないつもりだったが、気が変わった。返事は“YES”だ。最高のスーツを用意してくれ」
「ちょ、ちょっと待って」ルナが口をはさむ。
「ナイトクロウはジャスティス・ギルドから追放されたんでしょ?パーティーにも出られないじゃない。それなのに、招待状ってどういうこと?」
「確かに、ナイトクロウはパーティーに招待されていない。だが、カイト・クライはされているんだ」
クライ産業の社長で億万長者でもある俺には、メテオシティを代表する名士として、ジャスティス・ギルドからの招待状が届いていた。
ナイトクロウとしてパーティーに参加することになれば、当然カイトとしての参加は不可能だったのだが…
「ギルドから追放された今、俺は堂々と“表の顔”でパーティーに参加できる。明日は、市民代表としてスピーチを依頼されていたんだ」
「そこでギルドの本性を暴露するの?」
「いや。そんなことをしたらナイトクロウと俺が同一人物なことがばれるし、何よりスマートじゃない」
ルナも連れて行って見せてやりたいが、あいにく招待状は俺宛の1枚しかない。
「悪いが、明日は留守番だ」
「留守番って、この家でってこと?あなたの家でしょ?」
そうか、疑問に思うのも無理はない。
俺の頭の中ではすっかり段取りが決まっていたが、肝心のルナにそれを伝えていなかった。
「言い忘れていたが、俺の相棒になったからには、今日からこの家で俺と一緒に暮らしてもらう」
「…えっ」
「相棒として同じ家に住み、クロウネストから一緒に出動できた方が都合がいい。それだけの理由だ。来客用の部屋は全部で306あるから、その中のどれでも好きなのを使ってくれ」
「306!?来客用だけで?」
…この驚き具合だと、トイレが2千以上あることを教えたら卒倒するかもな。
「あとは、学校だな。今はどこに通ってるんだ」
「…えっと、学校には通えてないわ。今はバイトしながら暮らしてて」
「ちょうどいい。これからは俺と同じハイスクールに通ってくれ。ルールその2、【相棒は常に行動を共にしろ】。金はあるし、手続きは1日でなんとかする。明後日から登校だ」
「…その決断力は社長だから?それともヒーローだから?」
困惑するルナに、イブが投げかけた。
「この程度の展開にはすぐに慣れないと、私のようにカイト様の相棒は務まりませんよ?」
…AIなのに人間と張り合うな。
次回はジャスティス・ギルド視点、外道ヒーローの本性とは?
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次回もお楽しみに!