#2 路地裏の戦い
追放されたジャスティス・ギルド基地を後にした俺は、メテオシティ上空を飛行していた。
なんのスーパーパワーも持たない俺は、もちろん自力で飛行することはできない。
スーツの背中のウィングを展開することで、空を飛んでいるのだ。
スーパーパワーを持たない俺がヒーロー活動を行うために開発したこのスーツには、様々な機能が搭載されている。例えば…
「先ほどのお話は、全て聞いていました」
マスクに搭載したインカムから、女性の電子音声が聞こえてきた。
「大丈夫ですか?カイト様」
彼女の名前は、イブ。俺をサポートしてくれる女性型AIで、俺が唯一“家族”と呼べる存在だ。
そして、カイトというのが俺の本名だ。
カイト・クライ。年齢は18歳。高校生にして、世界一の大企業【クライ産業】社長の億万長者。
それが俺の、“表の顔”。
クライ産業の本社ビルは、ジャスティス・ギルド基地と対をなすように、メテオシティにそびえたっている。
社長といっても、会社の経営はほとんどイブと役員たちに任せている。
あまり興味がないし、なによりヒーロー活動が忙しい。
『…待望の新作、超大作ヒーロー映画【ジャスティス・ギルド4】近日公開!』
『エネルギー、交通、通信、医療、テクノロジーからエンターテイメントまで…クライ産業が創るのは、あなたの生活です』
大型ビジョンで、ジャスティス・ギルド新作映画の予告と、クライ産業のCMが立て続けに流れた。
「ありがとう、イブ。ただ少し、考え事をしていてな」
今までのことを振り返らずにはいられない。
両親を犯罪に奪われ、ヒーロー活動をしようと決意した、幼い日のこと。
突如継ぐことになった、大企業の社長という立場。
遺された財産と企業の技術力、自分の頭脳を活かして開発したこのスーツ。
スーパーヒーローたちを集めてジャスティス・ギルドを設立し、今日まで“仲間”と共に戦ってきたはずだった。
「…あいつらは、本当の仲間じゃなかった」
「私も同感です。ここまでチームに貢献してきたカイト様を、あんな風に追い出すとは。第一、チームの基地やシステムはカイト様が用意したものです。彼らにそれを使う権利はないのでは?」
俺のつぶやきに対して、AIであるイブの口調は、あくまで冷静だ。
しかしそこには、主人である俺への気遣いと、ギルドの連中に対する“怒り”を感じ取ることができた。
確かに、ジャスティス・ギルド基地は、俺が用意したものだった。
犯罪を事前に予測できるスーパーコンピューター。
鉄壁のセキュリティシステム。
スーパーノヴァの故郷、惑星オリハルコンの隕石や、スターシューターの宇宙船、マダムミストの魔導書などが保管してある地下倉庫。
“世界最強のヒーローチーム”にふさわしい基地を作ったつもりだった。
「別にいいさ、あれぐらいくれてやる。俺は、俺のやり方であいつらに復讐する」
「…ということは、既に計画を立てているのですね。さすがカイト様」
「あぁ。早速だが、手始めに明日の…」
俺が口を開いたのとほぼ同時に…
《BEEPBEEPBEEPBEEP!!》
インカムから警告音が鳴り響く。
どうやら、レーダーが犯罪の発生を感知したらしい。
「問題発生か?」
「はい。23番街で強盗事件発生。犯人は3人組の男性。武装しているようですが、現時点でけが人はいません。現在、ダウンタウン方面へ逃走中との情報が入りました」
イブは警察無線を傍受し、すぐに情報をまとめて俺に伝えてくれる。本当に優秀なアシスタントだ。
ダウンタウンか、ここから遠くない。
「イブ、目標地点をマッピングしてくれ。現場に急行する」
「かしこまりました、カイト様」
◇◇◇◇◇
メテオシティ、とある路地裏。大きなカバンを抱えた、3人組の男たちが走っていく。
かなり焦っているようだな。
「おい、もっと早く走れ!サツに追いつかれちまうぞ!」
3人のうちの一人、サングラスをかけた男が叫んだ。
「でもよう、カバンが重くて…これ、捨てていってもいいかな?」
3人中一番体が大きな男が、愚痴をこぼす。
「馬鹿野郎!その中には盗んだ金が入ってるんだぞ、捨てていったら意味ねぇだろうが!」
最後の一人、スキンヘッドの男が答えた。
俺はゴーグルのズーム機能を使い、その様子を少し離れた建物の上から観察していた。
見たところ、三流の犯罪者だ。警察に任せることもできるが、武装しているなら、逃走を続けるうちに市民に被害を出す危険性がある。
手短に片づけるか…
建物から飛び立った俺は、素早く男たちの前に降り立つ。あとは、少しどすの利いた声で脅せばいい。
「…止まれ。今すぐ逃走をやめて、警察に投降しろ。無駄な犠牲を出す前にな」
突然の出来事に、男たちが混乱しているのが伝わってくる。
「お、おい。こいつ、ナイトクロウじゃないか」
サングラスの男が震えながら言った。
「まずいぞ」
「ま、待てよ。スーパーノヴァなら勝ち目はないけど、ナイトクロウなら俺たちにも倒せるかもしれないぜ」
スキンヘッドが答える。
「そうだ、やっちまえ!」
そう叫ぶと、サングラスとスキンヘッドは、懐から拳銃を取り出し、構えた。
2つの銃口が、まっすぐ俺を狙っている。
男たちとの距離は、8メートルくらいか…だが。
「…問題なし」
俺はそうつぶやくと、素早く距離を詰めた。
《BLAMBLAMBLAM!!》
銃声がして、弾丸が俺に直撃するが、スーツには傷一つつかない。
無駄だ。このスーツは、戦車の砲弾の直撃にも耐えられるよう設計してある。
焦る男たちの懐に飛び込むと、サングラスの男に素早く回し蹴りを喰らわせる。
《SMAAAASH!!》
男は勢いよく吹っ飛び、建物の壁に激突して、動かなくなった。
「この野郎!」
今度は、スキンヘッドが拳を固めた。
腕っぷしに自信があるのか、接近戦に持ち込もうと考えたのだろう。だが…
大きく振りかぶった拳。チンピラ特有の、隙がありすぎるスタイル。
一瞬のうちに、俺は逆にスキンヘッドの顔面にパンチを叩き込む。
《SMAAAASH!!》
男は倒れた。
スーツのグローブには腕力を強化する機能が備わっているが、それを使うまでもない。
手加減はしたが、鼻の骨は折れているかもしれない。警察病院で診てもらうんだな。
「…さて、あとはお前だけだが」
俺は残った一人、少し離れたところにいた大男に声をかけた。
一瞬のうちに仲間2人が倒された大男は、慌ててカバンからショットガンを取り出した。
「…俺はムショには戻らねえぞ!」
自暴自棄か。おとなしくしていれば、無傷で警察に引き渡せたのだが…
ため息をつき、拳を固めた次の瞬間。
「待ちなさい!」
信じられないことが起きた。
突然、物陰から飛び出した人影が、手に持ったバットで、思い切り大男に殴りかかったのだ。
《POW!》
「まさか…」
やれやれ、また彼女か。しかも、最悪のタイミングで…
「クロウガール、参上!」
突然現れた少女は高らかに、そう名乗った。
路地裏での戦いはお約束
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