#14 “天才”の敗北
ヘルゲート刑務所、プロフェッサーの研究室。
室内にいた凶悪ヴィラン、フレイムセイビアとシラヌイの2人は、思いもよらない行動に出た。
プロフェッサーがたった一言“命令”しただけで…その場に即座にひざまずいたのだ。
「…これは、一体どういうことだ?こいつらになにをしたんだ」
ロックは呆気にとられ、銃を下ろす。
「だから、無害だと言ったでしょう?…おい、お客様にコーヒーをお出ししろ」
「「はい、プロフェッサー」」
フレイムセイビアが、スーパーパワーでポットを炎に包む。
《BOOM!》
…中の水は一瞬で沸騰しただろうな。
「うそでしょ、ヴィランが私たちのためにコーヒー入れてる…」
ルナも混乱しているが、…なるほどな。
ただ一人、俺だけは瞬時に状況を理解していた。
「マインドコントロール、か」
「さすがはクライ産業の社長!理解が早くて助かります」
プロフェッサーが随分なドヤ顔を見せつけてくる。
「正確には、少し異なりますがね。私のスーパーパワーは、相手の感情に働きかけ、自由に操る“感情操作能力”。普段はこれを、囚人の更生プログラムに利用しています。罪悪感や後悔、責任感といった感情を増幅させることで、彼らに罪を償わせているのです」
俺たちの前に、紙コップを載せたトレーを持ったシラヌイがやってくる。
「…ミルクとお砂糖は?」
まさか、最強の暗殺者の口から、そんな言葉を聞くことになるとはな。
感情を抑制された、平坦な話し方だ。
「しかし、私はこのパワーをもっと有効活用できないかと考えました。そして研究を続け…ついに、能力を応用して、ヴィラン自体を操ることに成功したのです」
異様な空気が漂う中、プロフェッサーだけが、一人得意げに話し続けている。
「私に対する“恐れ”や“服従”の感情を増幅させることで、凶悪なヴィランを命令に従わせています。これにより、囚人たち同士を監視させて刑務所の治安を維持したり、ゆくゆくは、どんな命令にも従うヴィラン部隊として、政府への売り込みも計画しています。彼らをコントロールできるのは、能力を持つ私、ただ1人だけ。少々、脳に負荷がかかるのが厄介ですがね…」
「もう限界だ!」
彼の話を遮ったのは、ロックだった。
「プロフェッサー、私は前々からあなたのやり方に反対だった。こんなことは間違ってる!囚人たちの感情を操作する?あなたはそうやって、何人ものヴィランを“更生”させて刑務所から追い出していった。だが結果はどうだ、あいつらはすぐに戻ってくる。いつでもだ!」
だが、プロフェッサーは顔色一つ変えずに続ける。
「はぁー…スーパーパワーを持たない君たち看守のためにも言っているんだぞ?この刑務所では、強力なスーパーヴィランによる暴動は日常茶飯事。毎月、何人もの看守が病院送りじゃないか。ヴィランたちを服従させて、看守の代わりにすれば効率的だ」
「…いいか、プロフェッサー。パワーがあろうとなかろうと」
ロックがプロフェッサーに詰め寄る。
「俺たちは、俺たち自身の手で職務を全うするだけだ」
その場にいた看守たち全員がプロフェッサーをにらみつけたが、彼は小馬鹿にしたように鼻を鳴らしただけだった。
「まぁいい。…さぁ、カイト社長。どうですか?ぜひとも私のこの素晴らしい計画に援助を…」
「申し訳ないがプロフェッサー。ヘルゲートの新しい運用者として、その計画には賛成できません」
俺の答えは、話を聞く前からすでに決まっていた。
「あなたはただ単に、囚人たちをスーパーパワーで無理やり服従させているだけだ。力で彼らを押さえつければ、いずれ反発される危険がある。あなた1人の能力頼みというのも不安だ」
ここまで黙ってプロフェッサーの話を聞いてきたが、実はロックと同様、彼のことも事前に調査済みだ。
シアン・リー教授、通称【プロフェッサーXI】。感情操作能力を持つ、マッドサイエンティスト。
ヘルゲート専属の犯罪心理学者の職権を濫用し、囚人の人権を一切無視した極秘の人体実験を行っているとも聞く。
「そもそも、現行の更生プログラム自体を見直す必要がありそうだ。あなたが行っていることは、囚人たちを犯した罪と向き合わせて償わせることではなく、自身の能力で無理やり感情を捻じ曲げた、その場しのぎの対策でしかない。ヘルゲートの再犯率が高いことが、なによりの証拠です。ロック隊長の言うとおりだ」
…自分が絶対に認められる自信があったんだろうな。
プロフェッサーの体が小刻みに震えている。
「…そ、そんな!カイト社長、私はあなたのような人物なら、この天才的な計画を理解してくれると信じていたんですよ!?私が持つ素晴らしいパワーと、社会のゴミ共、ヴィランの有効活用じゃないか!このような研究にこそ、投資すべきではないですか!」
結局はこれか。承認欲求と─金。
「…他人の感情を操作できるあなたのパワーは強力だ。だからこそ、間違った使い方はできない。残念ながら、我々は今日は別の用件で来ています。この件については、後ほど話し合いましょう」
「…そんな。私の考えは100パーセント正しいはずだ、こんなことはありえない…」
なにやらぶつぶつ言っているようだが、これ以上時間を食うわけにもいかない。
悪いが、もう行こう。
「あのー…コーヒー、ごちそうさまでしたー…」
俺が飲まなかった分のコーヒーをちゃっかり手に持って部屋を出るルナ。
煽っているように聞こえなければいいが。
もちろん、本人にそのつもりは全くないはずだが。
◇◇◇◇◇
「…正直、すっきりしましたよ」
部屋から出ると、ロックが俺に声をかけてきた。
「プロフェッサーはいつも、パワーを持たない我々看守のことを見下していましたから」
「…スーパーパワーがなくても戦うあなたたちのような人々がいることで、平和が守られていることを忘れてはいけませんからね」
俺の脳裏に、ジャスティス・ギルドの連中が浮かぶ。
独房エリアへと向かう一歩一歩は、あいつらへの“復讐”への歩みでもある。
さて…ようやく、チームメイトとの顔合わせだ。
◇◇◇◇◇
プロフェッサーの研究室…カイトたちが立ち去り、室内には、3人の人物が残された。
打ちのめされた自称“天才”プロフェッサーと、2人の凶悪ヴィラン、フレイムセイビアとシラヌイだ。
「…カイト・クライめ。なにが社長だ、世界一の大富豪だ。天才である私の計画を理解しないばかりか、恥をかかせるとは…」
一人つぶやいたプロフェッサーは、次の命令を待つかのようにじっとたたずむ、フレイムセイビアとシラヌイに視線を移した。
「…あいつだけは、絶対に許さない!」
第1ラウンド、カイトの完全勝利!
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